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センター長のつぶやき

■2019年7月18日

 6月17日に山口学研究プロジェクトの報告会を行いました。

  

 3年前にスタートした本研究プロジェクトの内、3課題は平成30年度をもって終了しました。
 研究には終わりはありません。一旦、とりまとめをお願いしました。
 報告者は皆さん笑顔で、研究を楽しんでおられる様子が見て取れました。

 テーマは、古代テクノポリスの解明、文化財の修復、山地災害、観光客の動態調査、山口県のリソースのアーカイブ化など多岐にわたりますが、山口県をフィールドとし、文理融合が特徴です。詳細は、今後出版予定の報告書をご覧いただければと思いますが、これまでにない切り口や分析の提案が盛りだくさんで、報告会はあっという間に終了しました。
 日頃見慣れている景色や現象もきちんと科学することにより、新たな付加価値を加えることができ、新しい山口県の資源としてアピールできる事が証明されました。

  

 今年度から新たに、「ハワイ移民とイノベーション」、「食文化の変遷」、「山口市街地における人の動態調査とサービス」、「SDGsによるスポーツ観光資源開発」が加わり、新たな展開が期待されます。
 研究成果は適時、公開講演会などを通じて発信していく予定です。山口大学のユニークな研究にご期待ください。

 

 

 

■2019年6月12日

 5月25日に、新しく萩市浜崎地区に設置された「山口大学サテライトラボ萩」において、初めての公開講座を開催しました。
 講義名は「香りの秘めた力と地方創生」、講師は創成科学研究科(農学)の赤壁善彦教授で、30名近い参加者がありました。その中には、萩市の藤道市長もご夫婦で参加され最前列で熱心に聴講されていました。
 
 公開講座は山口大学のリソースを一般の方々に公開し、皆様の知的好奇心を満たすとともに、学び直しにより、充実した人生100年時代を過ごしてもらうことを目的として企画したものです。講義の中には、地方創生のヒントのようなものもあり、世代を問わず、有意義な内容となっております。

 今回は香りに関する研究成果と地方創生に生かすためのヒントなどが紹介されました。赤壁先生はにおいの正体と役割、香料に関する説明、香りに着目した商品開発等について実際に香料や製品を体験しながら分かりやすく説明されました。
 先生はすでに甘味鮎、山口餃子、山大スイーツなどを開発されており、現在開発中のエクレールについても実物を持参され、食べられた受講生の感想を聞いておられました。
 香りは鼻から脳へ信号が伝わり、毎日の活力が高まるとともに、アロマテラピーやリラクゼーションに効果的とのお話でした。
 
 特に興味深かったのは、人間の脳にプリントされた香りはいつまでも記憶として残る、という話です。萩市には萩市の香り(におい)が、山口市にも同様の香りがあり、都会でそのような香りをかいだときにはふるさとを懐かしみ、帰巣本能がくすぐられると言われていました。鮭が戻ってくるのも、その川のにおいが重要であり、後背地の植生等が維持されることが重要という話を新潟県村上市で聞いたことがあります。
 確かに、私は千葉県野田市に長く住んでおりましたが、駅に降り立ったときににおう醤油の香りは忘れられません。
 

 皆さんにとってのふるさとのにおいは何でしょうか?

  

 是非、ふるさとの香り(におい)を開発して発信することにより地方創生に繋げることができると良いですね。
 今回の講義では多くのヒントがもらえたように思います。藤道市長は、萩市のにおいは夏みかんの花か萩焼粘土のにおいかもしれないとつぶやいておられました。
 
 今年度は後2回公開講座をサテライトで開催する計画です。一人でも多くの住民の方々に参加していただけることを祈念しております。

  

写真は公開講座当日の様子を撮影したものです。
3枚目の写真に写っているのが山大スイーツの「Scent(せんと)」です。

 

 

公開講座①
公開講座②
公開講座③ 

■2019年5月23日

 5月18~19日に、山口県セミナーパークにおいて、山口大学の学生が中心となって企画し開催された地域MIRAIサミット2019に参加しました。
 
 この企画は、COC+事業において、200番台の講義科目として開発されたものであり、文部科学省からの助成終了後も継続することを意識して、今回は学生が主体となって企画や当日の進行などを担当しました。
 本企画は、学生と企業で活躍されている社会人の方々が、一堂に会し、互いの経験や働くことの意味、生きがいなどについて、自由にディスカッションするものです。学生にとっては日ごろ接することのない、企業のトップや地域おこしで活躍されている方々の話が聞け、一方企業の方々には今どきの学生は何に悩み、企業に何を期待しているかなど、採用活動を行う際の戦略立案に役立つ等お互いに意味深い企画です。
 今年も山口大学を中心として50名近い県内学生に参加してもらいました。
 
 ここでは、社会人のプレゼンテーションで印象に残ったものを紹介します。
 その方は、最近山口大学を卒業し、消しゴム版画作家として活躍するとともに、現在山口市の中山間地において道の駅を中心として地域おこし協力隊で活躍中です。
 彼女は主に、自分の価値観を持つことの重要性について次のようなことを話されていました。
 ・これまでの人生を振り返ると、価値観は、多くの人との触れ合いの中で形成され、

  特に異分野の方との交流により価値観を明確にすることができた。
 ・世の中には様々な価値観があり、いろいろと議論を戦わせながら、自分はどう考え

  るのかといった自問自答を繰り返すことにより、少しずつ自分の価値観が醸成され

  てきた。
 ・その際に、社会で活躍されている方々の考え方には共鳴する点が多く、学生には

  ない感性があり、強い影響を受け、そのような人に出会えたことを幸せに思う。
 

 本企画もそのような場を提供しているといえるのではないかと思います。
 
 最近の学生は、お互いを傷つけないように育てられてきたこともあり、学生同士で真剣な議論をする姿を見なくなりました。かつて、学生運動の活発な時期には、学生同士が真剣に自分の考え方を相手にぶっつけ、時には激しく議論を戦わせたものです。
 社会人と議論することも重要ですが、隣りのひとに話しかけてみる事も大切ではないでしょうか?
 
 彼女は、発表のはじめに「常識や社会通念にとらわれないことが重要であり、人に安易に流されないようにしなければ、、」と述べられていました。
 学生運動世代にも通じるものを感じ、うれしくなってきました。
 
 今後も、この活動が続くことを祈っております。
 企画、立案、実施に携わった学生諸君に感謝するとともに、今回参加した学生諸君に新しい出会いがあったとすれば、企画は大成功だったと思います。
 
 ご苦労様でした。

 

写真は当日の様子を撮影したものです。 

 

 

地域MIRAIサミット①
地域MIRAIサミット②
地域MIRAIサミット③ 

■2019年5月21日

 気が付けば、令和元年も3週間がたってしまいました。
 異例の10連休も終わり、この間、チコちゃんに叱られそうなボーっとした日々を過ごしておりました。

 久しぶりの書き込みです。

  

 連休中は、県外に出ることなく、県内をぶらぶらしておりました。
 山口大学教職員、学生は無料という特典を生かし、山口県立萩美術館・浦上記念館で開催中の「フィンランド陶芸 芸術家たちのユートピア」に出かけました。数年前にフィンランドに旅行し、その際にマリメッコの本店に立ち寄ったこともあり、懐かしく展示を見ることができました。

  

 実は、私は20数年前に仕事の関係で、冬のフィンランドを訪れたことがあります。ヘルシンキ港は凍結しており、大型客船が港に係留されておりました。

  

 私は、片田舎の原子力発電所を訪問し、廃棄物処分場の実験施設を見学しました。その際に、現地の担当者と話す機会があり、その時のやり取りを思い出しました。当時、皇后だった現在の美智子上皇后が、ストレスのために言葉がしゃべれないような状況が続いておりました。現地の担当者から最初にそのことを聞かれ、その後どうなったかという質問を受けました。聞くと、彼らは日本や日本の皇室に深い関心があり、気にかけているとのことでした。不思議に思って、理由を尋ねた時のやり取りです。

 彼が言うには、日本もフィンランドもお互いに資源が乏しく、国の産業を興すには外国と上手に交流しながらやっていくしかない。日本は島国であり、フィンランドには山しかない。その意味では、フィンランドと日本とは似たような環境にあり、親近感を持っているとのこと。日本をお手本にがんばっており、特に学校教育に力を入れているとのことでした。

 現在マスコミなどで取り上げられている、ユニークなフィンランドの教育制度の原点はこの頃にあるのかもしれません。特に、外国と交流するためには、英語の教育が必須であり、数年前に行ったときも、市場のおばちゃんからタクシーのドライバーにいたるまでほぼ皆さん英語がしゃべれることにおどろかされました。当時「日本はいかがですか?」と質問され戸惑った記憶があります。

  

 今では、ファッションブランドとして有名なマリメッコ、陶器で有名なアラビア、携帯電話のノキアなど世界的な企業が多くあります。働き方改革も最も進んだ国のひとつといわれています。自国の地形や自然条件などを、理解し、さらに発展するための方策を教育を含めしっかりと議論を行い、他国にはない、新しい取り組みを行っています。20数年前のことですが、久しぶりにマリメッコのデザインを改めてみてみると、すべてがオリジナリティにあふれており、ほとんどが女性の手によるものです。当時、彼らは発展著しかった同じ資源に乏しい日本をお手本としていました。そのことが日本の皇室に関心を示した理由かもしれません。彼らはこの20数年間において飛躍的な発展を遂げております。

  

 現在のフィンランドでは働き方そのものが日本と違っています。北欧では父親が子供を連れて公園で散歩している姿が、あちこちに見受けられます。働くこと、生きがい、ダイバーシティといったキーワードを思い出しました。

  

 皆さんもぜひオリジナリティあふれるフィンランド文化に触れてみてはいかがでしょうか?

 20数年前にお会いしたのは、政治家でも大学教授でもない、地方の発電所の一技術者です。
 彼が熱く語っていたのを思い出します。現在の日本はどうでしょうか?

 

山口県立萩美術館・浦上記念館HP: http://www.hum.pref.yamaguchi.lg.jp/

 

 

チラシ表
チラシ裏
 

■2019年4月11日

 3月に何度か美祢市へ伺い会議や集会に参加しました。簡単に紹介したいと思います。
 
3月20日
 午後、秋吉台アカデミックセンターで企画した、スポーツを活用したツーリズムに関するセミナーのために招聘したニュージーランドのFrank Scrimgeour博士と話し合いの場を持ちました。
 博士は、ニュージーランドにおいて洞窟を利用した観光について調査、研究をされており、洞窟でのラフティング等、我々ではなかなか発想できない大胆な企画を事業化されているところは、さすがにバンジージャンプを始めた国らしいと感心しました。洞窟を観るだけにとどめず、体験型のスポーツの場として活用されようとしておられます。
 2日後の22日に開催された先述のセミナーには周辺の自治体から関係者が来られ耳を傾けられていたとのことです。
 スポーツと観光は今後有望なテーマだと思います。
 

3月20日
 夕方から、美祢市第二次総合計画協議会が開催されました。
 次の10年間の計画を審議するもので内容は多岐にわたっております。美祢市も他の市町と同様に人口減少が止まらず、特に若者の人口流出が大きな問題になっております。
 私なりに考えたキーワードは「世界ジオパーク」「教育」「観光」「6次産業化」であり、それらを「選択と集中」でメリハリをつけて計画を立てていくことが重要と感じました。合併により広くなった地域に交流拠点を複数作り、市民が当事者としての意識を持って計画、実行する必要があります。
 今後、次の世代のために何ができるか等について将来を見据えた議論が期待されます。
 

3月23日
 世界の洞窟写真家が一堂に会する国際洞窟写真家会合が、秋吉台を中心とした地域で開催されました。
 アメリカ、フランス、イギリス、ドイツなど様々な国の優れた写真家が集まって互いの技術の紹介や交流が行われました。関係者は少ないかもしれませんが、このイベントは画期的なものであり、その方面に詳しい方なら是非とも参加したくなるような会合です。
 洞窟は暗闇のために照明や撮影の構図などかなり高等なテクニックが必要のようです。当日は秋吉台周辺での活動の中で撮影された写真を映像で紹介されていました。息をのむような素晴らしい写真の数々で、いつも見慣れた景色も撮りようによってはこれほどの芸術作品になるということを教えられました。鍾乳石だけでなく、様々な構図を意識されており、感動しました。秋吉台でも、写真撮影の講習会などで観光客にもアピールできるかもしれません。
 交流会でアメリカの写真家に洞窟の活用に関して質問したところ、「今後は観るだけではなく、探検の要素も入れた体験型の観光を企画したら面白いのでは?」と言われ、納得しました。
 

3月31日
 台湾の地質公園学会と秋吉台MINEジオパークとの交流会があり、31日に情報交換と懇親会が開催されました。
 私も、台湾には10回以上調査やプライベートで出掛けており、特に私の調査した地域が地質公園に指定され関係者が同行されており、直接交流ができ、感激しました。
 昨年、明治150年記念プロジェクトとして台湾と山口県との交流についてシンポジウムを開催しました。招待した台湾の研究者が熱く台湾のすばらしさを語られましたが、今回の地質公園の関係者もそれぞれの公園のすばらしさやそこに住む人たちがそれらをいかに誇りに思っているかを熱く語られておりました。我々も山口の良さを再認識し、誇りを持って世界に紹介できるようになればと感じました。

 台湾へは、東京よりも安く手軽に行くことができます。また、台湾の人々も日本人には親切であり、台湾料理も日本人には好まれています。夜市をさまようのも良いかもしれません。自然環境は日本とよく似ており、同様のテーマで共同研究もできると思います。
 是非、Formosa(美しき島)台湾に一度行かれてはいかがでしょうか?
 山口大学も多くの学生の交換留学を行っております。今後さらに交流が広がる事を祈念します。

 
写真1 3月22日に開催されたスポーツ観光セミナーの様子
写真2 国際洞窟写真家会合における洞窟撮影の様子(日本洞窟学会の村上氏提供)
写真3 台湾地質公園学会台湾師範大学教授蘇先生(右側)とのツーショット

 

 

スポーツ観光セミナー
洞窟撮影
蘇先生 

■2019年3月27日

 3月17日に山口大学共通教育棟1番教室において、『鋳銭司・陶地区文化財総合調査事業講演会-「周防鋳銭司」を科学する-』が開催され約150名の参加者があり、熱心な議論がなされました。

  

 本講演会は、山口学研究センターが企画する山口学研究プロジェクトの1つである「古代テクノポリス山口」における平成30年度までの成果に関する報告であり、特に遺跡を近代科学の力により解き明かそうというもので、センターが目指す文理融合を目指した研究の一部を紹介するものです。

 今年度は、遺跡を面的に開削し、空間的な遺跡の状況を把握しようとするもので、巨大構造物の柱や鋳造に用いた炉や大規模な井戸の痕跡を発見することができ、遺構はかなり大規模なものであった可能性が確認されました。

 特に、井戸からは文字や鬼の顔などを書き記した木簡が1000点以上見つかるなど、お宝の山とも言うべき発見がありました。

 講演会では、鋳銭司が貨幣の鋳造をしていた平安時代初期の地理や自然環境などに関する詳細な検討結果や、X線CTを使って昨年度に発見された長年大宝を鑑定するとともに分析に至るまでの学術的な研究成果が報告されました。

 さらに、2月23日には、現地において現地説明会が開催され、多くの地元の方や考古学ファンの方々が参加され、こちらも大盛況でした。

  

 写真は井戸の遺構と、現地での様々な分野の方々による議論の状況です。自然地理学、岩石学、考古学、遺跡発掘の専門家が、現場を前にして熱心な議論をされている様子がうかがえます。異分野の専門家が同じ場所を様々な視点で研究することにより、思いがけない新たな発見が期待されます。今回のプロジェクトはまさにその目的が達成される可能性が高いと言えます。

  

 本センターでは今後も山口をフィールドとした様々な課題を文理融合の視点から進めていきたいと考えております。

  

 写真1 シンポジウムの様子
 写真2 発掘された井戸の遺跡
 写真3 現地説明会における異分野交流の様子

 

 

講演会の様子
井戸遺構
異分野交流

■2019年3月14日

 3月7日(木)に山口県立大学において、COC+事業の一環として「FD・SDワークショップ やまぐち未来創生人材(YFL)育成について考える ―YFL育成x地元定着(その3)―」が開催されました。
 
 本事業も4年目を迎え、国からの助成が来年度までという状況の下、今後の自立化が喫緊の課題となっており、これまでの事業の検証と新たな展開にむけた議論が求められております。
 
 今回のワークショップでは、県央地域の大学における具体的な取り組みの紹介の後に、グループセッションが行われました。各大学毎に様々な取り組みがなされており、自立化に向けて順調に作業が進められていることを実感しました。
 
 グループセッションの前に4人の県立大学生から、YFLプログラムを受講した感想などが紹介されました。それぞれが、どのような目的意識をもって取り組んでいるのか、また、今後どのような人生を歩みたいのか、といった興味ある話が聞けました。県内就職率を上げるためにも、かれらの思いをしっかりと受け止め、さらに伸ばしてあげる必要があります。
 印象的だったのは、進路を決めるときに、「家族の看護の様子をみていて、自分も看護師になろうと思った」、「育ててもらったふるさとのために恩返しがしたかった」、「幸せを感じたかった」といった当たり前のことかもしれませんが、しっかりとした動機付けがなされており、心に響く内容でした。

 本事業は、学生の県内就職率を上げようとするものですが、我々自身がどこまで今の学生諸君の気持ちを理解しているかどうかが重要と思います。同様に企業の思いもしっかりと受け止める必要があります。
 
 来年度いよいよYFL一期生が就職活動に挑みます。我々と一緒になって学んできたことが少しでも役に立つことを祈念しております。
 
 最後に、ワークショップを準備して頂いた加登田学長をはじめとする県立大学の皆様に心より御礼申し上げます。

 

写真1 山口県立大学 加登田学長

写真2 ワークショップ前半の各校の取組紹介の様子

写真3 ワークショップ後半のグループセッションの様子 

 

 

県大学長
取組紹介
GW

■2019年3月5日

 先週末に、所用で萩市に行きました。
 笠山の中腹にある、萩ガラス工房で友人へのプレゼントを探していたら、主人が出てきて、周布政之助、大村益次郎、高杉晋作といった幕末の志士が愛用したガラス製の酒器を博物館の許可を得て複製し販売しているとのことでした。
 また、「東洋美人」の蔵元である澄川酒造が幕末期の製法で製造した「風雲児晋作」というお酒(限定500本)を晋作グラスとセットで1万5千円で販売しているとのことでした。主人曰く、消費者は値段はもちろんだがその製品のストーリー性に惹かれるとのことです。
 他に、漆器を貼り付けたグラスも販売しており、漆器は会津塗りだそうで、戊辰戦争以降冷え切った山口と会津の関係修復を願って作ったとのことでした。確かにストーリー性は重要です。
 
 山口大学を含め、県内には「聖火」という大理石が石材として使用されています。今では、採掘禁止となっているこの大理石、何故「聖火」と呼ぶかについては、ほとんど知られておりません。実は、第二次世界大戦中に東京でオリンピックが開催予定となっていました。幻の東京オリンピックです。開催が決まったときに、命名されたのが「聖火」という大理石です。
 これほどのストーリー性はないのではないでしょうか?

 2020年にいよいよ東京オリンピックが開催されます。何とか、「聖火」をアピールできないものかと思っております。
 
 全てにおいてストーリー性は確かに重要な要素だと思います。山口県にある様々な史跡や自然環境も、それぞれが歴史を持っており、それらを学問的に明かすことにより、それぞれの付加価値を高めることが重要と考えます。そのような活動として山口学研究センターを設立しました。
 現在、第二期の山口学プロジェクトを募集中です。ふるって応募ください。山口をもっと深く掘り下げましょう。
 
写真1 清酒「風雲児晋作」と晋作愛用グラスの復刻版
写真2 会津塗りグラス
写真3 理学部玄関フロアーにある大理石「聖火」

 

 

風雲児晋作
会津塗
大理石

■2019年2月19日

 2月13日に国際総合科学部のPBL(Project Based Learning)の発表会がありました。

 
 国際総合科学部は、山口大学創基200年の記念すべき2015年に設置された山口大学では最も新しい学部であり、デザイン科学を学部教育の柱としてグローバル人材を育成する事を謳っております。

  

 この3月に一期生が卒業することとなり、今回の発表会は一般学部の卒論発表会といえる行事です。私は一部しか聞くことができませんでしたが、デザイン科学という新しい考え方がおぼろげながら見えて、有意義な発表会でした。

  

 印象に残った発表として、秋川牧園とコラボした課題研究で、香港に焼き鳥を輸出して販売しようというグループの発表を紹介します。市場調査を現地で行うとともに、留学生に実際に食べてもらい感想を聞くなどして、レシピを試行錯誤で考えたその経緯と彼らの試行錯誤が報告されました。一度販売したが売り上げがあまり伸びなかったということから、前提としては、香港の消費者に受け入れられることが第一であり、そのためには香港の人の味覚に合い、適切な価格設定で、パッケージも興味を引くようにするといったコンセプトに従って検討がなされています。朝ドラのラーメンづくりで美味しく、安く、保存ができるといったものを作るために奮闘している主人公とダブるところがあります。まさに課題解決型の学習といえるものと思いました。

  

 与えられた課題を解決するには技術的な側面、経済的な側面、流通の側面、消費者の心理的な側面等様々な要素があります。それらを整理し、順序立てて解決していくこと、これがデザイン科学ではないかと理解しました。

 決して彼らは食品のプロになる訳ではないと思います。課題解決のためのプロセスを学んでいるのだと思います。

  

 COC+事業の教育プログラムにおいて、履修生は3年次にPBI(Project Based Internship)を受講することになっています。これは、それぞれが企業や行政と一緒になって課題を解決するというもので、PBLに近いものがあります。

 PBLはグループでの活動ですが、皆で知恵を出し合いながら課題解決を進めましたという彼らの晴れやかな笑顔が忘れられません。

■2019年2月15日

 少し前の話ですが、サッカーのアジアカップで日本はカタールについで準優勝となりました。私も毎日夜遅くまで応援しておりました。
 
 予選リーグから日本は苦戦の連続で、全て1点差というきわどい試合をやっていました。準決勝では、それまで無失点のイランを大差で破ることとなりました。おそらく、日本は失点の度に、何が原因で失点したのか、何故点がとれないのかを猛烈に反省し、次の試合に生かそうとしたのではないかと思います。失点することによって、弱いところや課題が見えてくるのだと思います。
 勝ち続けていると、無意識に同じことを続けていれば、また勝てるという思いが強くなり、いつかは失敗することになると思います。イランはそうだったのかもしれません。

  

 かつて、中国で後に漢を起こすことになる劉邦と項羽の戦いが例として挙げられます。劉邦は項羽には負け続けており、そのたびに彼は課題を見つけそれを克服し、戦略を立て直すことによって最後の戦いで項羽を打ち破ることになります。逆に項羽は連戦連勝で、自分の軍の問題点が見えなくなり、最後に大敗し死ぬことになります。

  

 人は失敗することによって、問題点を見つけそれを解決することにより、次の段階へ進むことができると思います。人生はそれの繰り返しではないでしょうか?特に、我々を取り巻く環境変化のスピードは早くなっています。常に反省をし、新たな戦略を立てる。PDCAとは本来そのようなものと思います。

  

 地方創生についても同じ事が言えると思います。これまで多くの先人がチャレンジしてきた歴史があります。けっして、手をこまねいていたわけでは無いと思います。何故上手くいかなかったのかという反省をおこない、新たな戦略を立案し、それを実行に移すべきと考えます。もし、制度や規制がそこで邪魔をするのであれば、それを変えていく勇気も必要と思います。

  

 先日、内閣府から大学に来られた担当の方が、国としてもそのような制度改革は今後、進めていく予定であるのでどんどん提案して欲しいと言われておりました。

  

 決勝戦で日本は敗れましたが、準決勝が快勝だったことと無関係ではないかもしれませんね。

■2019年2月5日

 NHKの朝ドラのファンです。いつも、出勤前にBSで観ています。
 現在放映中のドラマ「まんぷく」も、いつも楽しみにしております。

 
 ドラマは、チキンラーメンを開発した技術者の、ものづくりのお話です。番組はまさに今、チキンラーメンを作るために四苦八苦しているところです。

 主人公は、まず美味しくて、簡単にできて、安いというコンセプトを掲げ、そのためにスープや麺の開発を行っています。何度も失敗を繰り返しながら、そのたびに改良を加え、少しずつですが、目指したラーメンに近づいていく様子が描かれています。

  

 私は、主人公が悩み、少しずつゴールに近づくプロセスにものづくりの原点をみているように感じます。

 課題を設定し、そのための材料の選定や調理法などを体系的に検討する、これはまさにトップダウン的研究手法であり、効率的かつ集中的にゴールへ向かおうとする姿勢は参考になります。

 コンセプトがしっかりしているので、作業は発散しません。確実にゴールへ向かって作業を進める事ができます。
 少しでも良い結果が出たときの、達成感やわくわく感などは研究が上手くいったときの高揚感に通じるものがあります。

  

 どのようなきっかけでチキンラーメンができるのか、今から楽しみです。

■2019年2月1日

 産・学・公の新年交流会の続編です。

  

 基調講演で三菱総研の松田さんは、地方創生に関する用語には「少子高齢化」「限界集落」「独居老人」などネガティブな言葉が多い、と言われています。
 シニアの皆さんも年賀状に健康のことや介護のことなどを書いている場合が多く、明るい話がなかなか聞けない。
たとえば、
 ・今度、日本画を始めました。
 ・大学の公開講座で日本史を学んでおり、充実した時間を過ごしている。
 ・焼き物を始めました。土の感触は素晴らしいです。
 ・市民講座に通い、見聞を広めています。
といったような、前向きに、人生を楽しむ生活がしたいものです。

  

 人生100年時代を迎えます。元気なうちから、何か始めませんか?
 

 人ごとではありません。私の父は、退職した後、ふるさとの歴史を発掘するようになりました。得られた成果は、冊子にとりまとめ、還暦の祝いに送ったワープロを使って文章化し、自費出版しておりました。また、近所のシニアを引率して、近隣の古跡巡りをしていました。口癖は、「周囲から期待され、声をかけられているあいだは自分にできる事をやる」でした。

 私も、来年の年賀状に、前向きなコメントが書けるように、がんばってみたいと思います。

■2019年1月31日

 年が明けてすでに1ヶ月経とうとしております。遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。
 

 1月25日に、恒例の産・学・公の新年交流会がありました。今年度の基調講演は、三菱総研の松田さんによる「新たな人の流れを作る地方創生-逆参勤交代構想と日本版CCRCの可能性-」と題したもので、生涯活躍の町構想を進めることによって、少子高齢化の進む地方における現代の問題の解決を考えようというものでした。地方から江戸へ参勤交代で行くことにより中央での貢献を求められる時代から、逆に中央から地方へ移住や派遣されることにより地方中心の産業、生活モデルをつくろうという斬新なご提案でした。都会から地方へ移住する人にどのような担い手になって欲しいかにより、
 (1) 新規事業を興すプロジェクトチーム型
 (2) 健康経営を目指すリフレッシュ型
 (3) 人材育成を目指す武者修行型
 (4) 出身者のUターンによる育児・介護型
 (5) 人生二期作・二毛作を目指すセカンドキャリア型
の5つのケースに分けられるという、分かりやすい説明がありました。

  

 以前、萩で開催された歴史学者の磯田さんの講演会で、何故長州藩では高杉晋作をはじめ多くの20代の若者が中心となって明治維新がなされたかについてお話がありました。江戸時代の武士は15才になると元服し、親の後をついて城に上がり実務に携わるようになり、20才を越えると父親は隠居し、子供が実質的に藩の業務を担うのが一般的であったそうです。故に、20代の若者が第一線で活躍するのは、決して不思議ではなく当然のことだったと言われていました。では、隠居した親は何をしたかというと、私塾、寺子屋などで近所の子供達を集めて次の世代の若者を育成したようです。松下村塾も設立当時はそのようなものであったと聞いております。幕末当時において、山口県の寺子屋や私塾が全国でも江戸に次いで2番目という高い学問水準にあったのも、このような仕組みがあったことが原因かもしれません。当時の長州藩の識字率の高さは、全国的にも極めて高い水準にあったようで、四境戦争を控えた時期に藩内に配布された長防臣民合議書に書かれた「何故、長州が幕府軍と戦わなければならないか」という檄文をほとんどの民が理解し、行動したことにもあらわれています。

  

 リタイアしたシニアの皆さんに、次の世代を育てるという、重要な役割を担って頂いても良いのではないかと思います。先述の5つのケースでいえば、(3)人材育成を目指す武者修行型に当てはまるかもしれません。また、(2)健康経営を目指すリフレッシュ型等も関係するかもしれません。

 幸いにも山口県の全ての小中学校にコミュニティスクールが開設されています。塾に行くよりもっと人間として生きていくための貴重なお話が聞けることと思います。そのためには、ソフトとハードの両面からの整備が必要と感じました。県立大学では、このような活動を中心となって担ってもらえるコーディネーターを育成するための人材育成プログラムを、2年間実施されたとの話題提供がありました。

  

 彼らに活躍の場を与えることが重要と考えます。

 

 写真は、2枚とも産・学・公新年交流会の基調講演の様子です。 

 

 

基調講演1
基調講演2

■2018年12月10日

 11月初旬の日曜日、天気が良かったので亀山公園界隈を散歩しました。

 
 山口県立山口博物館の裏山に、山口県に分布する岩石を山口県の地図にはめ込んだロックマップがあることをご存じでしょうか?
 はめ込んだ岩石は、実際に現地で採取された岩石です。
 山口県には、いかに多くの種類と時代の岩石が分布していることかと驚かれると思います。
 まさに「地質の玉手箱」と言えます。

 このような屋外展示を企画された山口県立山口博物館に敬意を表します。
 先日、行われた「山口学研究プロジェクト~明治150年から見える山口県の未来~シンポジウム」において、脇田先生、今岡先生が紹介された、山口県における地質学の歩みと関係しているのかもしれません。

  

 写真は山口県の地質図、ロックマップ、周辺の紅葉の様子です。

  

 是非一度、訪ねられることをおすすめします。

 

 

地質図
ロックマップ
紅葉

■2018年11月29日

 11月25日に、吉田キャンパスにある大学会館において、山口学研究プロジェクト「明治150年から見える山口県の未来」シンポジウムを開催しました。
 今年は明治改元150年の年に当たり、山口県をはじめとして、各市町では様々な企画が催されています。
 特に幕末から明治維新に活躍した人材の発掘やその記録などに関する企画が目白押しです。
 
 山口大学は、2015年に創基200年を迎え、明治以降の150年はまさに山口大学の歴史そのものといえます。
 本シンポジウムは、山口大学の様々な分野の教員や地域の方々と協力して、明治以降の150年間を振り返るとともに、その歴史の中から読み取れること、引き継ぐべきこと、反省すべきこと、将来に向けて行動すべきこと等に関する研究の成果を報告するものです。
 日本統治下の台湾で活躍した山口県人、ハワイ移民150年の歴史や移民としてのハワイにおける人々の暮らし、山口県における地質学の歩みと我が国の地質学の発展への寄与、さらにこれからの教育のあり方、幕末のイギリス提督への饗応料理の紹介と山口県の食文化の変遷、山口県のコンビナートの発展の背景と将来の展望など、5つの分野の専門家に熱く語っていただきました。
 前半の台湾、ハワイと山口県との交流に関する発表では、人間のアイデンティティが取り上げられ、台湾人の台湾を誇りに思うアイデンティティや、アイデンティティに関してハワイ移民が血縁関係や自分のルーツに強い関心を持っていることが印象的でした。アイデンティティとは何かについて、杉井先生のハワイ移民に関する講演で語られた「自分は何者であり、どこで、何をしようとしているのかを自身に問いかける」ことの様に感じました。
 幕末に活躍した高杉晋作なども当時、自分のアイデンティティをどこに求めたのか興味があります。
 一方、後半の3つの発表では、自然科学に関する研究と食文化、産業の発展などが山口県の地形や自然地理、地質と深く関わっていることが紹介され印象的でした。
 特に、様々な時代の化石を含む多様な地質や大正時代から地質学会をあげての大論争を引き起こした秋吉台の石灰岩、三方を海に囲まれ温暖な気候に育まれた食材を利用した食文化、瀬戸内海の海底地形や河川の分布などを背景としたコンビナートの立地と発展や水素を用いた新たな産業の創生など、なるほどと納得する様なプレゼンでした。
 山口県人のアイデンティティもひょっとしたら、地形、地理、地質、気候などの自然条件によって形成された可能性があります。
 また、明治時代に我が国初めての広域地質図を作成した高島北海をはじめとして、その後も何度となく地質図を改訂し続けたことを顧みると、「足元に何があるのか?」を明らかにしたいという、理屈では説明できないDNAのようなものが山口県人の中にあるのかもしれません。
 多くの講演者が言われていたように、山口県人はとにかく「膨大な記録をとり、保存する」県民なのだという点も山口県民のDNAかもしれません。
 
 今回のシンポジウムは、これまでの150年を振り返り、次の150年を考えるというシンポジウムでした。
 参加者に少しでもヒントを見つけて頂いたのであれば幸いです。
 12月22日(土)には、山口大学で「ハワイ移民史150年と今後の150年」をテーマとしてシンポジウムを企画しております。是非ご参加ください。

 

 当日の発表テーマと発表者は次のとおりです。(写真も含めて発表順に掲載。)

 (1)台湾の近代化に注いだ長州人たちの熱情を未来につなぐ

    福屋 利信 (国際総合科学部特命教授)

 (2)ハワイ移民史150年と今後の150年

     ~「移民の歴史」では語れない「移民者の軌跡」~

    杉井 学(国際総合科学部准教授)

 (3)山口のフィールドジオロジーが明治から平成の日本を変えた。

     そして今、山口のフィールド教育が新たに世界を変えていく。

    脇田 浩二(大学院創成科学研究科教授)、今岡 照喜(山口大学名誉教授)

 (4)日英饗応料理から現在に至る食文化の変遷

    五島 淑子(教育学部教授)

 (5)山口県工業の発展史-周南、岩国・和木、宇部-

    稲葉 和也(大学院技術経営研究科教授)

 

 

福屋先生
杉井先生
脇田先生
今岡先生
五島先生

稲葉先生                                                                                                                        

■2018年11月19日

 山口大学は現在、山口県と7つの市町と包括連携協定を結んでおります。
 本協定は、山口大学と県内の行政機関とが教育、研究、地域創生などの幅広い分野において協力・協働して様々な事業を展開していこうとするものです。
 先日、協定を結んでいる行政の担当者と山口大学とで情報交換会を行いました。会議ではできる限り一方向ではなく、両方向でウィンウィンの関係となるような企画を進める事を目指そうという意見が強く出されました。

 ここでは、当日、紹介された山口大学と美祢市とのウィンウィンの関係について紹介します。

  

 美祢市と山口大学とは教育、研究、医療、観光など幅広い分野で協働しており、特に最近はMINE秋吉台ジオパークの国内認定、さらには世界ジオパークを目指した活動において、緊密な連携を行っております。
 昨年3月には美祢市立秋吉台科学博物館の一角に山口大学秋吉台アカデミックセンターを設置し、美祢地域における研究、教育活動の拠点として、また地域連携のハブとして活用しております。
 今年3月には世界5カ国のジオパークの専門家を秋吉台に招聘し、ジオパーク活動に関する意見交換を、研究者のみならず地元の住民を交えて行いました。
 8月には、本学図書館の1階フロアーにおいて美祢市を紹介するコーナーを設け、観光ポスターやMINE秋吉台ジオパークの資料などを展示しました。その後、最近リニューアルされた美祢市於福の「道の駅おふく」において、山口大学農場で生産された酒米を用いて醸造された「長州学舎」など大学グッズや紹介ポスターなどの展示、販売が始まりました。
 このように、お互いがそれぞれをアピールして、ともに、認知度を高めることにより、新しい出会いや研究のきっかけとなればと思います。
 我々はそのような縁を多く作りたいと考えております。
 
 山口大学の学生は、大学から半径2kmの範囲で衣食住が足りるといった、ある意味では幸せな生活環境にあります。
 しかし、それでは社会との接点は持てません。卒業すれば、直ちに社会へ出て行く学生が大半だと思います。
 

 これを機会に、山口県、旅してみませんか?
 きっと新しい発見があると思います。

  

 写真1:図書館での美祢市関連の展示の様子
 写真2:美祢市道の駅おふくにおける山大グッズの展示の様子

 

 

図書館展示
道の駅おふく

■2018年10月25日

 10月21日に山口大学で「山口学研究プロジェクト~明治150年から見える山口県の未来~」シンポジウム、「台湾の近代化に注いだ長州人達の熱情を未来につなぐ~」が開催されました。

 100名を超える参加者があり、最後まで専門家による講演や学生によるパネルディスカッションに耳を傾けていました。

  

 シンポジウムでは、まず、山口県出身で台湾総督を務めた児玉源太郎、上山満之進をはじめとする多くの長州出身の人々が、明治、大正、昭和の台湾において果たした役割と、彼らに対する台湾の人々の評価などに関して、児玉源太郎顕彰会の西﨑事務局長、KRYの竹村取締役、映画監督の酒井充子さんから紹介があり、特に、「私」を捨て、「公」に徹して台湾統治を行った児玉源太郎の行動に対する紹介が印象的でした。

 高雄師範大学の劉教授からは、Formosa(美しい島)である台湾の自然のすばらしさについて紹介がありました。
 さらに、台湾の歴史から見える台湾における様々な民族間の軋轢や葛藤、日本統治時代における台湾人の生き様などに関して当事者としての意見が述べられました。

 本学からも国際総合科学部の福屋先生からは台湾の歴史について、同学部の小川先生からは哲学という観点から台湾の歴史をどのように捉えるかといった点に関して、講演がありました。

  

 その後、台湾、中国へ留学した国際総合科学部の学生や、現在山口大学へ留学中の台湾、中国の学生諸君によるパネルディスカッションが小川先生の進行で開催されました。
 主なテーマは国家、民族、地域や個人のアイデンティティに関するもので、日本人としての、台湾人としての、中国人としての、山口県に住まいする者としての、アイデンティティについて熱心に議論されました。あまり日頃考える機会の無い、学生諸君が一生懸命、留学時の記憶をたどりながら自分なりの考え方を紹介してくれました。
 国ごとに、地域ごとに人はそれぞれに異なったアイデンティティを持っていること、お互いを理解するには事実を正しく知ることが重要であること、個人レベルでは互いに考え方の違いは乗り越える事ができること、留学先では多くの現地の方々にお世話になり、もう一度帰りたいと思っていることなど、熱く語ってくれました。

 人間の行動の根本にはいつもそのようなものがあるように思います。
 明治維新に係わった人たちはどのようなアイデンティティを胸に、あの時代を駆け抜けたのでしょうか?
 

 平成が終わろうとする今、地方創生が叫ばれていますが、山口県人としてのアイデンティを考えることで、地域の将来進むべき未来も見えてくるのではないかと思います。
 学生諸君の議論を聞いていて、我々大人も彼らに負けないように、自分の、山口県人としてのアイデンティティをもう一度考えてみたいと思いました。

  

 今回のシンポジウムを通じて、多くの台湾人が親日家である事の背景には様々な過去があり、皆さんはそれらを飲み込み、乗り越えて現在の関係を作ってこられたことを改めて知ることができました。

 まずは個人レベルから、そして大学間、地域コミュニティ間へと交流を進める事が大切と思います。
 そこには、障害はありません。

 

 

西﨑事務局長
劉先生
学生

■2018年10月4日

 9月29日、大殿地区、竪小路に十朋亭維新館が開館しました。
 

 以前からこの場所は江戸時代に栄えた醤油問屋萬代家の住居であり、明治維新に活躍した高杉晋作や久坂玄瑞などが出入りしていたとされます。今回、萬代家の所蔵する様々な歴史資料などが展示された資料館も併設されるとともに、母屋の中も見られるようになりました。
 資料館では明治維新に関する様々な資料を見る事ができ、特に、山口市の地形にプロジェクションマッピングで明治維新の様子を分かりやすく投影したパーフォーマンスは素晴らしいものです。
 一の坂川や大内義隆の菩提寺である龍福寺、八坂神社、山口大学創基の地の山口講堂跡などにも近く、周辺を散策する拠点として活用できます。
 

 10月7日(日)は周辺でアートふる山口が開催され、様々なアートに触れることができます。
 台風が心配ですが、是非でかけてみられてはいかがですか?
 

 山口市には多くの歴史遺産があります。
 我々の知らない、山口の文化に触れてみませんか?

  

 写真1 十朋亭維新館を中から見たもの
 写真2 プロジェクションマッピング
 写真3 高杉晋作らが寝泊まりした部屋
 写真4 一の坂川の彼岸花

 

 

維新館内部
プロジェクションマッピング
寝泊まりした部屋

一の坂川                                                                                                                        

■2018年10月2日

 10月1日を迎え、テレビ局では番組改編時期を迎えました。毎朝観ていた「半分、青い。」などはロスになってしまいそうです。その中で「義母と娘のブルース」の最終回が私には印象的でした。
 義母と娘はそれぞれの未来に向かって歩き始めるところで番組は終了するのですが、娘が義母と別れた後に「・・曲がらなかった曲がり角を曲がると、歩かなかったはずの道がある、そこには無かったはずの明日がある、その先には出会わなかったはずの小さな奇跡がある・・」と語りがはいります。
 
 新しい出会い、経験、奇跡のような未来、それらはちょっとした勇気と決断によりかなうものと思います。少し、人生をはみ出して横道にそれることも大切と思います。
 私は横道ばかり歩いてきましたが、それぞれが新鮮で新しい出会いがあり、新しい人生が待ってくれたりするものです。
 山口大学に縁あって入学した学生諸君、山口県を散歩してみませんか?また、いつもと違う道を歩いてみませんか?
 新しい出会いや新しい世界が待っているかもしれません。
 
 昨晩、日本人26人目のノーベル賞の受賞が発表されました。
 受賞された本庶先生に心よりお祝いと、基礎学問にも光を当てて頂いたことに対し御礼申し上げます。
 先生の研究も少し寄り道したところに新しい発見があったのかもしれません。
 災害が相次いで発生していますが、久しぶりに明るい話題に、晴れやかな朝を迎えることができました。

■2018年10月1日

 9月22日に亀山公園の改修を記念した、イベントがありました。
 
 山口大学は山口講習堂の亀山の麓への移転以来、長きにわたり、亀山公園の山麓をキャンパスとし、昭和40年代の移転まで公園は多くの学生達の憩いの場として使われてきました。隣接する山口サビエル記念聖堂周辺も、デートコースとして、当時学生時代を過ごした卒業生にとっては忘れられない場所と言えます。
 私が入学した当時は、サークルの部室が旧教育学部にあり、2年生の時に亀山キャンパスから平川キャンパスに移転することとなり、荷物を運んだ記憶があります。
 亀山キャンパスでは、ほぼ毎日亀山公園周辺を1.5周ランニングの後、長い階段を10往復し、焼失する前の記念聖堂前の広場でソフトボールの練習をしていました。時々神父さんが現れて解散を指示されていましたが、姿が見えなくなるとまた練習を続けるといった、いたちごっこをしたことを懐かしく思い出します。練習後は米屋町の伝説のおでん屋「一八」で盛り上がったものです。
 
 山口市にとってはかけがえのない観光地であり、今回周辺の樹木が伐採され、大内氏の遺構が良く見えるようになりました。車も頂上まで行けるようになり便利になりました。
 ただ、記念聖堂へ向かう坂道の途中にあった小さなドウダンツツジが伐採されていました。記念聖堂をバックにツツジを見るのを楽しみにしておりましたので残念でたまりません。
 改修はされましたが、公園周辺は相変わらず静かで、山口大学のルーツを振り返りながら物思いにふけるには最高のロケーションです。
 
 是非、一度訪れてみられてはいかがでしょうか?

 

 写真1枚目は、公園からの風景です。中央よりやや右寄りに瑠璃光寺の五重塔があります。

 写真2枚目は、かつて毎日のように10往復していた階段です。 

 

 

公園からの景色
階段

■2018年9月21日

 9月20日に萩ジオパークが日本ジオパークに認定されました。
 一度、見送りとなった後に、様々な努力をされた結果であり、関係者の方々には心よりお慶び申し上げます。
 
 萩ジオパークは、火山マグマの活動が作った多様な地形と、それらを上手に生かして地域に住む人々の生業や産業活動など、見所が満載です。マグマは、萩において明治維新を成し遂げた多くの先人の熱い志とも共通するところがあるのかもしれません。私も、教え子が萩単成火山群の研究で、アメリカで博士号を取得しており、現地にも何度も足を運びました。また、亡き父が校長として初めて赴任したのも、ジオサイトとなっている畳ヶ淵の近くの小学校であり、不思議な縁を感じます。

  

 ジオパークは地球の営みを体感するとともに、それを研究、教育に生かすことはもちろんのこと、その自然を人の活動と結びつけて産業等に生かすことによる地域創生も重要な視点となっております。今回は地元の方々の活発な活動も評価されたようです。ジオパークは認定されれば終わりではなく、今後の活動もチェックされます。ジオパーク活動は地方における文化活動と考えられます。先行するMINE秋吉台ジオパークでは認定後、市民の皆様の意識が大きく変わってきており、特に、年齢を問わず、地域に対する当事者意識が高まっているように感じます。
 
 今回、認定された萩市、阿武町、山口市阿東地域が今後益々元気になることを祈念するとともに、山口大学としても地方の基幹大学としてできる限りの支援を行いたいと思います。

  

 日本ジオパークネットワークのプレスリリース: http://geopark.jp/jgn/news/2018/pdf/20180920.pdf

 萩ジオパーク構想推進協議会ホームページ: http://www.city.hagi.lg.jp/site/hagigeo/

 

 

ジオパーク決定
ジオ活動

■2018年9月20日

 9月15日に、山口市大内千坊にある山口日産(株)のポルシェセンター山口で開催された石田成香さんのピアノ演奏会に出かけました。彼女は、現在ウイーン国立音楽大学で学ぶ、新進の若手ピアニストです。山大付属小、付属中、山口中央高校を卒業され身近な存在ですが、その演奏はダイナミックで素人の私にもそのすばらしさを感じることができました。演奏には特別に搬入されたカワイピアノSK-EXが使用され、ピアノから音符があふれ出てくるように感じ、幸せな時を過ごすことができました。すでに演奏会は9回目を数え、山口日産(株)の会長である末冨喜昭氏が彼女を支援するために、帰国の度にこのような企画をされておられます。以前にも、著名な声楽家のコンサートにお招き頂いたことがあります。山口のような地方においても一流の芸術に触れることができる事は、素晴らしいことだと思います。それも、都会の大きなホールでは無く、息づかいが感じられるようなコンパクトな空間での演奏に、都会では味わえないような充実感を得ることができたように思います。
 
 学生に聞くと、山口には娯楽が無いと言いますが、末冨さんの様に地元出身のアーティストを支援したり、一流の演奏を聴く機会を作っておられる方々がおられることを忘れてはいけないと思います。
 
 山口県立美術館は、学生や教職員は無料で入館できます。企画展は工夫がなされており、いつも感心しております。前回の毛利敬親展に引き続き、「驚異の超絶技巧-明治工芸から現代アートへ-」が開催中です。あっと驚くような精緻な工芸品の数々に驚かれることでしょう。(ホームページhttp://www.yma-web.jp/

  

 地方にあっても、いろんな機会を使うことにより、一流に触れることができます。
 是非、キャンパスから飛び出してみませんか?

■2018年9月11日

 9月9日に防府市の桑華苑で、日英饗応料理「維新之宴」が振る舞われました。
 献立は、教育学部の五島教授が、当時の資料を参考にしながら地元の方々と相談して作られたとのことです。
 すでに、3月に一度紹介させていただきましたが、今回は明治維新150年と銘打ち、秋の食材も使って復元されたものです。
 
 大重箱の中身についてご紹介します。
 カステラ、きくらげでんぶ、細工かまぼこ、ふじはんぺん、くるまえび、蓮根、あひぎよふ(鮎料理)、いりこ(干しなまこ)、きみおろしかけ(大根おろしに卵黄を加えたもの)、アワビ四角切、竹の子、全て山口県産だそうです。
 他にも栗ご飯、茶碗蒸しやデザートなど全27品が出され、素朴で奥深い味を楽しむ事ができました。
 
 五島先生は、このような料理を復元できた理由として、長州人が筆まめであり、全て記録に残っている点を挙げられていました。
 
 下関で戦った2年後に長州藩主とイギリス国提督がどのような会話をしたかを想像することもでき、明治維新150年記念と銘打ったすばらしい催しであったと思います。
 
 準備された五島先生と地元の皆様に感謝!
 
 写真はいろいろな食材が詰まった大重箱です。

 

 

大重箱

■2018年9月10日

 9月6日早朝に北海道で起こった北海道胆振東部地震は、これまでほとんど記録の無かった北海道内陸部に震源を持つ大きな地震であり、山肌が崩れ落ちた写真はショッキングでした。驚きを持って被害状況が明らかになるのを見守りました。
 亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
 
 以前、地球の温暖化の中で述べたように、北海道は現在、経験したことのない降雨や地震に見舞われており、これまでの安定な自然環境の中で作られた斜面などの地形は、今回のような降雨後の短周期の地震動には耐えられず、表層斜面の崩壊が多発する事が実証されたように思います。火山灰や軽石など軟弱層が各所に分布しており、今後も災害が多発する可能性があります。
 似たような景色は1891年濃尾地震、1999年台湾集集地震の際に撮影された写真で見た経験があります。
 地球環境の変化により、これまでの常識が通用しなくなっているのかもしれません。
 
 予測する事では無く、想像することの重要性を我々に示しているように思います。
 いつどこで災害が発生するのかでは無く、もし起こったら被害を小さくするためにどのように行動するかといったことが重要になっているように思います。
 
 山口県にも多くの活断層が存在します。他人事では無いと思います。
 もっと、自分の身の回りを見直しませんか?
 それがこれまで多くの犠牲を払ってきた我が国において、残された者に対する教訓と思います。
 
 北海道の一日も早い復興を祈ります。

■2018年9月3日

 9月になりました。朝夕は急に涼しくなったように感じます。
 明日は、巨大台風が本州に上陸するとのことです。被害が出ないことを祈るばかりです。

 

メキシコ その2 観光立国
 

 メキシコは、アメリカの下請け工場のようなところがありますが、トランプの国内重視の政策により苦戦しているようです。
 その中で、観光産業は重要な基幹産業であり、国を挙げて取り組んでいます。
 マヤ文明の遺跡であるピラミッドなどは全て世界遺産に登録されており、登録された現地の日本人が現地説明を行う場合でも、必ずメキシコ人スタッフがつかず離れずに同行するシステムとなっています。
 
 遺跡の周りには、数多くの土産物売り場が並んでいます。不思議なことに売っている商品はほとんど同じで、黒曜石の加工品、ドクロの置物(マヤ文明では、人は死後みんな同じドクロになるという考え方があります)、ジャガーの笛(良く意味がわかりませんが、あちこちで子供達が吹いています)、銀製品、Tシャツ、バッグ、テキーラなどです。徹底しています。観光地もティオティワカン、チェチェンイッツア等、各名所に特化した土産であり、あれもこれもというわけではありません。私の好きなマグネットも、部屋中、天井まで展示しているお店もありました。
 値段は交渉次第で安くなります。子供達が路上で売りに来ることもあります。住民は老いも若きも皆で観光を担っているように感じました。マヤ族の末裔も、その暮らしぶりを見てもらうツアーに協力しています。 

  

 土産で買ったTシャツは、息子が着て山口を歩いており、ただでメキシコの観光広報をやっています(?)。土産=広報活動という発想も必要と思いました。

  

 山口県も、インバウンドで多くの観光客を受け入れようとしています。
 メキシコを見てきて、それなりの覚悟が必要と思いました。

  

写真1 マヤ族の末裔の部落でトウモロコシを使った料理を調理中
写真2 ティオティワカンの太陽のピラミッド
写真3 アステカ文明の遺跡から出土した暦

 

 

作業風景
ピラミッド

暦                                                                                                                        

■2018年8月31日

 夏休みで、ブログは休眠状態でした。再開します。
 8月の夏休みを利用して、メキシコへ行きました。初めての訪問地で、いろいろと考えてきました。順次紹介したいと思います。

  

その1 働き方改革
 

 メキシコは今でも人口が増えているとのことで、盛んに仕事を創出しています。ホテルのプールサイドでは、芝を刈る人、水をまく人、それらを監視する人等様々な「仕事」が見られます。
 また、町には多くの警官が配置されており、これもワークシェアリングの一環かと思いました。決して給料は高くないと想像されますが、我が国のようにIoTやAIにより人員を減らし、いかに効率的に仕事を行うかといった流れの全く対局にいるようです。

 メキシコ人は、大変親切で、道に迷ったら丁寧に教えてくれます。また、横断歩道でも必ず車は止まってくれます。
 かつて我が国でも盛んに言われていた「おもてなし」の心に触れた気がします。

  

 帰りの羽田空港で荷物を預ける際、カウンターにスタッフはいません。
 ゲージの中に荷物を入れ、Eチケットをかざすと、重さを測定し、タグが自動的に印刷され、それを荷物に巻き付け、終了ボタンを押すと受け取り証が出てきます。
 それを受け取ると自動的にゲージが閉まり、荷物はレーンの上を運ばれていきます。そういえば、チェックインも全て自動で行われており、スタッフの姿は見られません。

  

 先日、将来の銀行の窓口の様子が新聞に掲載されていました。
 基本的には窓口は無人となり、そのうちATMも無くなる可能性があるそうです。
 いずれは全てキャッシュレスの時代がやってくるとのことです。
 先日、株式会社山口フィナンシャルグループの吉村社長が、YFLの特別講義で言われていた将来の銀行像と重なって見えます。

  

 我が国は今後も働き世代の人口が減ると予想されており、働き方改革が叫ばれています。
 今後も人口増加が予想されるメキシコの働き方改革はどうなるのでしょうか?
 どんなに効率化が進んでも、「おもてなし」の心は無くして欲しくありませんね。

 
写真1 チェチェンイッツアのピラミッド
写真2 セノーテ(石灰岩中に陥没した空洞)

 

 

ピラミッド
セノーテ

■2018年8月3日

 7月28日に吉田キャンパスで吉田遺跡現地説明会が開催されました。
 当日は35℃近くまで気温が上昇し、大変暑い中での開催となりましたが、多くの市民の方々や大学関係者が参加されました。
 
 吉田キャンパスは敷地全体が遺跡の上に作られたと言って良いほど、これまでも多くの遺物や遺構が発見されています。
 今回は、図書館の前の広場に学生や教職員のための厚生施設を建設するための発掘調査です。
 発掘に当たった埋蔵文化財資料館のスタッフの方々から説明を受けました。
 昔から当地域は、居住地域として活用されており、旧石器時代から近世までの様々な遺跡、遺物が見つかっています。
 今回の調査では、古墳時代中期(5世紀)の竪穴式住居跡が4つみつかり、土師器や須恵器等も発掘されました。
 特に古墳時代中期の須恵器高坏の発見は県内では珍しいとのことです。
 今後、総合的な解析により、吉田地域における居住域の移動やその原因なども明らかとされる可能性があります。
 
 現在、山口市鋳銭司において人文学部田中晋作教授を中心としたグループが、山口市教育委員会と協働で古代に銅銭を鋳造していた鋳銭司の発掘を山口学研究プロジェクトとして行っております。
 すでに、鋳造に使用した坩堝、鞴(ふいご)や銅銭に関連した遺物も発見されています。
 
 同じ時期に吉田キャンパスでも集落があり、ひょっとしたら鋳造所の技術者の食料を生産していたかもしれませんね。
 遺跡を周辺の情報と合わせて考えるといろんな事が見えてくるようです。
 産業、流通、海運など想像するだけで楽しくなります。
 ゴミ捨て場やトイレが見つかると、当時の食生活を知ることができ、さらに楽しい研究ができそうですね。
 
 今年も、鋳銭司の発掘が8月末から行われます。
 発掘を体験してみませんか?
 
 写真1、2 説明会参加者と遺跡
 写真3   4号竪穴式住居跡

 

 

写真①
写真②

写真③                                                                                                                        

■2018年7月13日

 先日の集中豪雨では多くの犠牲者がでる大惨事となり、平成になって最大の豪雨災害となりました。

 線状降水帯が長期にわたり佐賀、福岡、山口、広島、岡山、愛媛、岐阜といった地域に居座り、1000mmを越える猛烈な雨を長期にわたり降らせた50年に一度の降雨が原因とされております。

  

 最近、50年や100年に一度の降雨という言葉をよく聞きます。

  

 これも、地球の温暖化と関係があるのでしょうか?

  

 地球の温暖化と言えば、地球の気温が上昇する事による海面上昇で南方の島々が水没すると大変といったイメージですが、本当に注意すべきは、地球環境の変化だと言われています。最近、台風のコースが以前と異なったり、北海道にも梅雨が見られたり、雨季と乾季がはっきりと感じられたりすることがあります。地球のシステムがおかしくなっているのではないでしょうか?日本の四季も変化しているように思います。

  

 北海道は降水量が少ない地域です。その少ない降水によって地形が形作られ、斜面の安定性が保たれています。もし、これまでにない多量の降水があれば、今の斜面はとうてい維持できず、斜面崩壊が多発することになります。

  

 過去数万年間の湖の堆積物の堆積速度を測った研究例があります。場所は違うものの、いずれの箇所においても、およそ6000年前に大量の土砂が湖に流れ込んだことが判りました。当時は縄文時代であり、暖かい時期とされています。当時は降水量が多かったことが想定され、各所で斜面崩壊が起こったものと考えられております。北海道サロマ湖においても同様です。

  

 現在、山口学研究プロジェクトで創成科学研究科の鈴木教授のグループが、土砂災害の歴史と環境変化との関係を研究されています。成果を楽しみに待ちたいと思います。

  

 地球温暖化が我々にもたらすものを、しっかりと見極め、長期的な視点からの防災対策を今から立案する必要があるのではないでしょうか?

  

 最後に、亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、災害に遭われた全ての方々にたいし、お見舞いを申し上げます。

  

 図面は縦軸が年代値、横軸が堆積速度を示します。
 左から有明海、中海、八郎潟、サロマ湖での検討結果です。
 伊藤(1996)電中研報告、U96012 より引用。

 

 

資料

■2018年7月6日

 6月23日、24日、30日にYFLプログラムの「やまぐちの行政・経済を学ぶ(経済と法3)」が開講されました。
 
 外部講師として、村岡山口県知事、ヤマネ鉄工建設(株)山根社長、中国警備保障(株)豊島社長、長州産業(株)岡本社長、(株)山口フィナンシャルグループ吉村社長をお招きしました。いずれの方も県内でがんばっておられる、そうそうたる企業のトップリーダーです。めったに会うことは無いと思われる方々ですが、皆さん、時には熱く、時には語りかけるように講演頂きました。
 
 村岡知事には昨年度も講演をお願いしましたが、昨年から内容を大きく変更され、県内の優良企業について設立から現在に至るまでの歴史とそこで起業者がどのような努力をされたかについて分かりやすく説明され、学生には元気のある県内企業を知る良い機会になったように思います。
 
 山根社長からは、
・自社製造の鉄骨が、東京スカイツリーをはじめとする我が国の主要な建物に使われていること
・経営戦略をいかに立てるか、そのためには世界経済をしっかり把握することや、きちんとした経営哲学を持つことが重要
・利益は社会に還元する
等をお話しいただき、そのために社長は日々書籍を読むとともに、世界経済にもアンテナを張り勉強されているとのことでした。
 
 豊島社長からは、
・下りのエスカレータに乗らないよう、昨日と同じ事をやっていてはだめ、常に新しいことにチャレンジする事が重要
・世の中には正解はない、優先順位があるだけであり、選択肢を複数持っていることが重要
・自律と自立を対比され、自分自身の規範を内に持ち、ルールに従い判断し行動する事が重要
・考え方×能力×熱意が成果を導く
等に関して、分かりやすく語っていただきました。
 
 岡本社長からは、
・設立当初のボイラー会社から現在のような半導体、太陽光パネル等の分野へ、どのようなプロセスで業務を展開したのか
・背景としてエネルギーの最適利用という大きな企業哲学を持っていること
・そのために時代を切り拓く事業を開拓したい
等を語っていただきました。
 
 吉村社長からは、
・創立140年を迎える山口銀行の将来像
・今が大きな転換期にあり、地域の企業をもっと元気にさせることが、結果として銀行の発展につながること
・そのために銀行も積極的にベンチャー企業の育成や産学連携に関与する
等に関して、グループ会社全体で取り組んでいる事をボードを使って分かりやすく説明頂きました。従来の銀行に対するイメージが大きく変わりつつある事を実感するとともに、そのためにトップリーダーがいかに決断し実行する事が重要か等について学びました。
 
 講演を通して講師の方々は、
・止まっていてはだめ、常に前進をすることが大事
・そのためには揺るぎのない企業哲学を持つことが重要
・チャンスは誰にでもやってくる、それをつかむかどうかは各自の直感と準備
と言われていました。
 また、私を含めて3人の方が、吉田松陰先生の言葉「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に成功なし、故に夢なき者に成功なし」を引用されており、夢(目標)を持つことの重要性を問いかけられていました。
 
 いずれの講演に対しても、学生から的確な質問があり、最後にはグループ討論を踏まえて各自が1分程度のプレゼンテーションを行いました。皆さんともに、講演をしっかり受け止め、将来に向けて何をなすべきかについてきちんと発表する姿から、今回の講義が自分自身を見つめ大学生活をどのように過ごすべきかについて考える良いきっかけになったものと確信します。
 講演頂いた講師の方々、地域連携課の皆さんに厚く御礼申し上げます。
 
 写真では、講演の様子を紹介します。あっという間の90分だったように思います。

 

 

村岡知事
講演全景

吉村社長                                                                                                                        

■2018年7月3日

 6月9日から10日の2日間、山口県セミナーパークにおいてCOC+事業の一環として実施されたYFLプログラム「地域MIRAIサミット」に参加しました。
 

 本サミットは、学生4人が実行委員として企画、実施したものであり、学生らしい視点が各所に見られ、素晴らしい企画となりました。テーマは「地域をつくるカッコいい大人と語り合える2日間」、目的を「次代を担う若者と地域のプレイヤーによる人財交流と地域の未来に貢献する人財育成ネットワークの構築」とし、県内の高等教育機関の学生47名と、地域の様々な分野のリーダー12名が参加しました。
 

 初日の分科会では、地域リーダーから、働くということの意味、地域で働く意義、自身の経験談などが紹介され、学生との間で熱い議論がなされました。講演者は県外から山口へ移住した方が多く、県内に住んでいるものには気づかない山口の良さを語っておられました。印象的だったのは、皆さんが表現は違っても異口同音に、「立ち止まっていてはだめだ。一歩前に足を踏み出すことが重要。」と言われていたことです。また「失敗を恐れてはいけない。成功は失敗の中から生まれる。」とも言われていました。
 

 最近の学生は、人生や将来の夢などを語り合える友人が少ないように感じます。サミットでは普通は照れて中々言えないような話題について、熱く語っていました。グループ参加が少なく、相手が初めて会う学生や社会人だったのも良かったのかもしれません。
 

 先日、あさひ製菓に勤務されている参加者の方とお話しする機会があり、彼女は当日を思い出しながら、「家に帰った時、ディズニーランドから帰ってきたような興奮を覚えた。」と言われていました。夢のような時間だったとも言われていました。
 学生諸君にとっても夢のような時間を共有できたのではないかと思います。自分自身から逃げないで正面から将来を見つめること、社会の先輩や同時代の学生などと交流することの意義等、多くを知る機会になったのではないでしょうか?
 

 パソコン、スマホの時代において人と語り合うという濃密な2日間は、決して忘れることのできない貴重な経験だったのではないでしょうか。
 皆さんのこれからの活躍を期待したいと思います。

  

 

 写真はサミットを企画、運営された4人の学生さんです。
 彼らの貢献なくしてサミットは成功しませんでした。
 後列左から、道源さん、山下コーディネーター、須藤さん、前列左から坂倉さん、竹添さんです。

 

 

スタッフ写真

■2018年6月4日

 4月11日未明に発生した大分県中津市耶馬溪の斜面崩壊現場の調査をする機会があり、周辺地域を踏査しました。
 

 現場では、まだ復旧活動が行われており、平行して災害原因の調査もなされているようでした。そばまでは近寄れませんでしたが、周辺の地質や地形を観察することにより、その原因について考察することができました。
 

 耶馬溪地域には、基盤岩である火山岩類の上位に約90万年前に形成された火砕流堆積物と思われる溶結凝灰岩が厚く堆積しており、尾根部は平坦な地形を形成しています。今回の崩壊はその溶結凝灰岩の基底部付近で発生したものと思われます。

 溶結凝灰岩は硬く、縦割れ目が発達し、本来侵食されるはずの基盤岩を覆うように分布するため、浸透した地下水により基盤岩が風化、軟質化し、上位の溶結凝灰岩のブロックを載せたまま、すでに崩壊していた落石も取り込みながら斜面崩壊した可能性があります。キャップロック型地すべりといわれるものではないかと思われます。これから詳細な調査がなされることと思われます。その実態が明らかになることを期待したいと思います。

 

 地形図を見ると周辺にも同様の地形が広く分布しており、当地域の特徴的な地質構造と思われます。今回の災害は起こるべくして起こったように思います。行政の果たすべき役割について考えさせられました。

 

 地域には地域独特の地形、地質の特徴があり、それらがあるときには災害に、またあるときにすばらしい景観を作り出すことがあります。

 山口県には広く分布する花崗岩が風化した地域に土石流が多発しており、その予測と対策が重大な課題となっております。
 現在、創成科学研究科の鈴木教授を中心としたグループは、山口学研究プロジェクトとして防府市における土石流の発生原因と時代変遷を考古学的資料と照合し、過去に学びながら減災に向けて何をなすべきかなどに関する研究を進めています。

  

 大分県の斜面崩壊と同様、山口県においては頻繁に発生する土石流に対する研究が求められております。鈴木教授らの研究の成果を期待したいと思います。

 

 最後に土砂災害で犠牲になられた方々に対し哀悼の意を表します。

 


 写真は崩壊現場、硬質の溶結凝灰岩の露頭です。

 

 

耶馬溪写真①

耶馬溪写真②                                                                                                                        

■2018年5月30日

 5月27日に、秋吉台国際芸術村に滞在中だった、ニューヨーク生まれでスコットランドグラスゴーにお住まいの芸術家のイラナさんと、アバディーンにお住まいのメイボンさんを、島根県木部谷温泉にお連れしました。

 

 イラナさんは地質学に興味があり、これまでに別府温泉でも作品を作られています。

 別府温泉での作品は、温泉プールの中に木の根っこを投入し、木の表面に鉱物を沈殿させたものであり、長期にわたる石灰岩や大理石の形成に見られる地質学的時間における現象と、短期間における人工的な鉱物の晶出に関する現象を対比させ、それをアートに仕上げたものです。

 また、根っこ以外にも、イギリスの砂岩の表面に鉱物を沈殿させることにより、イギリスと日本との両方の素材を使ってアートを表現するといった試みもされています。

 別府では鉱物の沈殿に3ヶ月かかったのに対し、木部谷温泉では温泉水に様々な物を浸すと数週間で表面に鉱物が沈殿すると聞いて、驚かれ、25分おきに起こる間欠泉にも感激されていました。

 サイエンスとアートの融合といったユニークな活動は、注目を集めそうです。

 現在、秋吉台の洞窟などを利用した新しいプロジェクトを始めようとされており、少しでも参考になったのであれば、お連れした甲斐があったと思います。

 

 秋吉台アカデミックセンターでは、秋吉台を中心とした地域における、地質学、生物学、考古学、観光、産業、医療福祉など幅広い分野を対象に研究を進めております。
 イラナさんが進める芸術などに関しても新たな活動を拡げる事ができればと思います。

 

 いろり山賊で昼食を食べました。山賊焼きや山賊おにぎりに感激され、何度もシャッターを切っておられました。

 

 このような機会を作って頂いた、教育学部の中野教授に感謝します。


 写真1枚目の中央がイラナさん、左がメイボンさんです。右側は温泉の女将です。
 写真2枚目は木部谷温泉で作成された鉱物を沈殿させた木の根っこです。
 写真3枚目は木部谷温泉の間欠泉の様子です。

 

 

イラナさんとメイボンさん

木の根                                                                                                                        

木部谷温泉間欠泉                                                                                                                        

■2018年5月15日

 前回に引き続き、訃報です。
 山口大学教育学部のOBであり、2015年5月31日に挙行した山口大学創基200周年記念事業の記念式典で基調講演をしていただいた直木賞作家の古川薫先生が、去る5月5日にお亡くなりになられました。享年92才でした。
 先生の明治150年にかける思いについて、今年1月9日のブログの中で紹介させていただいたばかりです。
 残念でなりません。

  

 先生には創基200周年事業担当者として何度かお目にかかりました。
 当時、下関市の田中絹代ぶんか館の名誉館長をされており、そちらでいろんなお話を聞かせていただきました。
 偶然、先生は亡き父と同じ大正14年生まれであり、父が教育学部の前身である師範学校のOBという縁もあり、親しくお話をさせていただきました。

  

 先述のとおり記念式典は2015年5月31日に挙行しましたが、先生はその直前まで沖縄方面に取材旅行に行かれており、日程の調整で大変ご迷惑をおかけしました。
 先生は自分のことを卒業生としてこれまで気にかけてもらえることをうれしく思われ、是非とも出席すると強い意志をお示しになり、前日帰宅され、あの感動的なご講演が実現しました。

  

 講演直前の取材旅行は、当時の先生にとって最後の小説として執筆の予定だった「君死に給うことなかれ」に関するものであり、そこには先生の強い思い入れがあることなどを淡々と語られていました。
 すでに多くの方が知るところですが、先生は戦時中に特攻機の製作に係わられており、その事が最後まで先生の心の中での葛藤になったとのことでした。
 そのため、先生はなんとしても2度とあのような戦争をやってはいけないという強い信念から是非とも自分の戦時中の体験を小説にしたいと思われたようです。
  1月のブログにも書きましたように、先生は、現在の国際状況に戦争へ向かう兆候が見られることを憂えておられました。
 昨年末の新聞への寄稿は、平成世代が決してそのような目に遭わないようにと願っておられたように感じます。

  

 現在、山口大学図書館で先生の追悼展示をやっております。是非、足を運んでいただけると幸いです。
 私の部屋には先生からいただいた色紙が掛けてあります。色紙には先生の座右の銘でもある「無能にしてこの一筋につながる」と書かれています。しっかりと、かみしめたいと思います。

  

 心より、ご冥福をお祈りします。

 

 

色紙

                                                                                                                        

■2018年5月7日

 先日、去る2月18日に亡くなられた元山口銀行頭取福田浩一さんのお別れの会に出席してきました。
 海峡メッセに入りきらないほど多くの参列者をみて、福田さんの偉大さを改めて感じることとなりました。

 

 福田さんは、山口大学の教育研究評議会、学長選考会議の委員を歴任され、大学運営において大変お世話になりました。
 私が知り合った初めての財界人であり、福田さんからは多くのことを学ばせて頂きました。
 私は研究者の出身であり、社会のことに疎いところがあります。
 福田さんからは、組織を動かすためには何が大切かを教えて頂いたように思います。

 

 特に地元を大切にされた方で、地方創生に大きな貢献をされております。
 銀行の有り様を大きく変えられた方のようにも思います。

 

 現在の山口フィナンシャルグループの吉村社長は、「御礼の言葉」の中で、「現状維持は後退の始まり。新しいものに挑戦していこう。」という福田さんの言葉を紹介されています。
 心にとどめたいと思います。

 

 心よりご冥福をお祈りします。

■2018年4月27日

 4月21日に周南市大道理地区の芝桜を見に行きました。

  

 新南陽から山に向かって行くと川上ダムが有り、その貯水池沿いを走ると、突然、景色が開け、多くの観光客で賑わっていました。

  

 こんな所に人家があるのか不安になってくるくらいの、典型的な中山間地です。
 棚田の斜面には赤、白、紫などの芝桜が見事に咲いており、素晴らしい景色となっていました。

 多くの自家用車や観光バスが、小学校の校庭などに駐車し、鑑賞のために列をなしていました。

  

 聞くと、過疎化の進む地区を何とか活用しようと、地元の方々が知恵をだしあい、山の斜面やたんぼの畦に芝桜を植えたとのこと。
 多くの地元の方々の汗を感じる事ができました。
 桜の手入れも大変だったように思います。

  

 遠く九州からも、観光客が来ており、住民の皆様の「地域を何とかしたい」という熱い思いは、間違いなく伝わってきました。
 地域創生というのは、やはり住民が当事者意識を持つことと改めて感じました。

  

 連休でもまだ間に合います。

  

 是非、行ってみてください。

 

 

芝桜①

芝桜②                                                                                                                        

■2018年4月25日

 毎週、日曜日の朝日新聞山口版に「山口の底力」というコーナーが連載されています。
 県内の優良企業を毎回1社取り上げて、その設立から現在に至るまでの経緯と、「実はすごい会社なんです!」といった内容が分かりやすく紹介してあります。

 

 4月15日は、JRCSという、発電機やエンジンの制御システムを供給する会社について紹介がされています。
 様々な改良を加え、国内シェア30%、その製品は世界中の多くの船舶で使われているそうです。
 最初はバラック小屋から始まり、5人だった従業員も現在は445人へ、売上高は約100億円へと発展しています。

 

 現在、山口大学を責任校として、地(知)の拠点大学による地方創生事業(COC+)を展開中です。
 事業では学生諸君に山口の優良企業を知ってもらい、山口を好きになってもらい、山口で働いてもらおうというコンセプトで、企業の紹介やフェアー等を開催しております。

 

 この新聞企画はまさに我々の意図と合致するものであり、このような活動をオール山口で拡げて行けることを願っています。

 

 まだまだ優良企業は沢山あります。

■2018年4月24日

 今日はあいにくの雨ですが、連休を前にして急に春めいてきました。

 春と言うより初夏かもしれません。
 

 夜明けも早くなり、久しぶりに朝の散歩を始めました。一の坂川周辺を徘徊しております。

 ここは、春は桜、今はツツジやサツキ、もう少しすると蛍といったように、1年中我々を楽しませてくれます。
 

 山口の宝です。
  

 道路を見ながら歩いていると、マンホールの蓋に様々な絵柄がある事に気がつきました。
 

 ここではとりあえず、3種類載せました。

 

 このような、遊び心、大好きです。
 市内には、提灯祭りの図柄もあったように思います。

 

 ちょっとした、気遣い、うれしいですね。
 足も軽くなったような気がします。

 

 

ツツジ

マンホール①                                                                                                                        

マンホール②                                                                                                                        

マンホール③

■2018年4月19日

 新学期となり、賑やかな声がキャンパスからも聞こえてきます。
 つい先日まで高校生だった子供達が、思い思いのファッションでキャンパスを闊歩しています。

 大学に勤めていると、このような景色で季節感を感じることができます。

 

 今年は明治150年を迎え様々な企画が立てられており、一部はすでに実施されています。
 明治の志士の行動に学ぶといったものから彼らの活躍した場所を巡るツアー等の企画があります。

 また、秋には山口ゆめ花博も予定されています。

 山口大学は200年の歴史を持ち、150年はまさに大学の歴史の一部と言っても過言では無いと思います。

 山口学研究センターでは、この機会に、明治以降の山口県の様々な分野における歴史を振り返るとともに、次の150年に向かっての提言をすることとしました。

 

 現在の山口県の未来は必ずしも、明るいものではないかもしれません。
 人口減少に歯止めはかからず、特に若者の県外流出が止まらず、山口県の抱える大きな社会問題となっております。

 地場産業の衰退も気がかりなところです。

 明治以降の150年には近代産業革命、日清、日露、太平洋戦争を経験し、戦後のバブルやリーマンショックなど浮き沈みの激しい時代が続きました。

 

 その様な時代の流れの中でこの自然豊かな山口県で人は何を考え、どのように行動したかを振り返るとともに、ひきつぐべきもの、反省すべきもの、あらたに始めるべきものなどについて考え、将来に向けて今、何をなすべきかについて、総合大学である山口大学の英知を結集して考えようとするものです。

 分野は特に限定しません。
 様々な視点から山口県の明治150年を振り返りたいと思います。
 昨年12月31日の古川薫先生の朝日新聞への寄稿もこのような企画を考えたきっかけの一つです。

 

 4月27日まで申請をお受けします。よろしくお願いします。

■2018年3月23日

 3月9日(金)、10日(土)に秋吉台周辺で国際シンポジウムおよびワークショップ「カルスト台地の科学とジオパーク」を開催しました。


 本シンポジウムは、山口大学秋吉台アカデミックセンターの設置1周年を記念して美祢市との共同開催となりました。テーマは秋吉台を対象とした様々な研究(地質、洞窟、コウモリ、土壌、観光政策、博物館の役割など)の現状と世界ジオパークはいかなるものであり、MINE秋吉台ジオパークが世界ジオパークを目指すために、アピールすべき点や課題などを、専門家と一緒に考えるといったものです。

 ドイツ、タイ、ベトナム、韓国、台湾や我が国の専門家を招聘し、それぞれの国におけるジオパ-ク活動について紹介してもらうとともに、一緒にMINE秋吉台ジオパークの複数のジオサイトを巡検し、現地で様々なコメントやアドバイスを頂きました。

 

 2日目は、美祢市の一般の方々と招待した専門家とでワークショップを行い、素朴な質問から専門的な内容まで多彩な議論ができました。このようなワークショップは経験が無く、非常に有意義なものになりました。外国の専門家との議論は楽しく、内容はジオパークにとどまらず、それぞれの国の文化や歴史観にまでおよび、思わぬ発見があり、素晴らしい時を過ごさせて頂きました。

 

 例えば、韓国では山は信仰の対象であり、トンネルを掘ることは神に対する冒涜である事から、自身は洞窟に入るのは好きではない。しかし、神様は男性なので日本のように、女性がトンネルに入ることは問題ない(日本では山の神は女性なので、女性が入ると嫉妬するため、女性はトンネルに入ることを禁止している業界がある)といった話しや、何故、日本海軍は太平洋戦争で負けたのか?と言った話しで大いに盛り上がりました。海外の方々は日本のことをよく知っておられることにびっくりします。


 台湾の専門家は、時間を見つけてわざわざ長門市の元の隅稲荷神社を訪れたとのことです。(ちなみに、私は行ったことがありません!)

 

 全体的に、秋吉台のジオパークについては高評価であり、もっとそれぞれのジオサイトの地質学的価値をアピールすべきといったアドバイスを頂きました。これだけ著名な先生方が一同に集まる機会は、もしかしたら、最初で最後かもしれない程、この度のシンポジウムが実現できたことは奇跡だと思っております。

 

 あっという間の2日間でしたが、充実した時間を過ごせました。得た経験は今後の活動に是非生かしたいと思います。全体をコーディネートして頂いた理学部の脇田教授や地域連携課の職員の皆様、現地で大変お世話になった、美祢市の多くの関係者に心より感謝いたします。

 

 

                                                                                                                        

開会の辞をするセンター長

                                                                                                                        

シンポジウムの様子

■2018年3月19日

 3月5日(月)に「平成29年度FD・SDワークショップ~やまぐち未来創生人材(YFL)育成について考える~」を山口東京理科大学で開催しました。

 

 今回は、山陽小野田市に場所を移して、「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」において、育てる人材育成プログラムについて各大学の取り組みの現状や、教育プログラムのあり方など広範に渡って議論いたしました。山口東京理科大学をはじめ宇部高専、宇部フロンティア大学、東亜大学など県内東部の高等教育機関から多くの教職員の参加がありました。

 

 開会にあたり山口東京理科大学の森田学長から、「学生に県内就職を強制してはいけない」というメッセージが出されました。学生の就職に対しては自由であるべきで、我々は山口県や県内の企業の魅力をいかに学生に判ってもらえるかが重要との発言でした。


 今回のセミナーはこの問題提起をスタートに議論がなされたように思います。山口の企業に目を向けてもらうには、大学の果たす役割とともに、企業側においても、会社のブランディングに力を入れるとともに地域へ発信することも重要との意見も多く出されました。

 

 最近、直接消費者に関係のない企業のテレビコマーシャルが流れています。少しずつですが、そのような意識が県内企業にも広まって来たように思います。参加者から県内企業に就職する事の動機付けとして、「地縁、社縁、人縁」が指摘されました。地元との縁、会社との縁、人との縁を大切にしようという事だと理解します。山口の地で4年間を生活し、地域の人と交流し、遊び、悩み、恋をし、旅をし、学んだことは何よりの山口との縁だと思います。特に人との縁は自分自身もそうですが、人を成長させてくれるものと思います。「出会った人の数だけ人は成長できる」ではないでしょうか。

 

 本事業も4月から3年目に入り、教育プログラムが完成年度を迎えます。
 今回のセミナーで出された意見を参考として着実に前進したいと考えます。

 

 セミナーの開催に尽力頂いた山口東京理科大学の皆様に厚く御礼申し上げます。

 

 

 

                                                                                                                        

会場の様子その1

                                                                                                                        

会場の様子その2

■2018年2月2日

 1月31日(水)に防府市の桑幸苑で日英饗応料理「維新之宴」発表会が開催され、私もお招きを受けました。

 

 この料理は、防府市明治維新150年記念事業の一環として、地元の方々と山口大学教育学部の五島淑子先生が1866年12月29日に長州藩主がイギリス総督を饗応したときの献立を参考に創作されたものです。


 饗応は、防府の貞永邸において行われました。
 同年12月30日にはイギリス軍艦にて返礼の宴会が催されました。29日は、英国側はキング総督一行、長州藩側は毛利敬親、元徳、吉川経幹がテーブルに着き、側近の木戸孝允、柏村和馬が陪席しました。


 また、イギリス帰りの長州ファイブでもある井上馨と遠藤謹助が通訳として同席していました。料理はできる限り、当時の食材や調味料を使い、素朴で当時としては豪華なものとなっています。特に、リンゴの形に整え、しそで色づけした「りんこ玉子」、はんぺんを富士山に見立てた「富士はんぺん」、「ヒラメの昆布締め(煎り酒をかけて食す)」、温州みかんのルーツである「九年母」など、ユニークな料理があり、当時の殿様が食したであろう食卓が再現されております。


 アワビや鴨など高級食材もありますが、全体に素朴で、懐かしい味がしました。
 おそらくアルコールも出たと思いますが、記録が残っておりません。

 日英饗応の2年前の1964年には、下関戦争でアメリカ・イギリス等の連合艦隊に長州は壊滅的打撃を受けました。その後、1866年の4月~8月には四境戦争において、高杉晋作や大村益次郎などの活躍により各所で長州軍は大勝利をおさめます。

 

 イギリスは幕府側につくフランスなどの動きを察し、維新後の主導権を持つためには、長州と和解した方が得策と考え、直接、毛利敬親、元徳親子に会うことを求めたものです。敬親公は病を押して参加されたとのことです。

 

 はたして、会食では双方からどのような話が出たのか?
 かつての敵を前に何を話したのか?
 これからの日本についてどのような事を語り合ったのか?
 興味は尽きません。想像するだけでわくわくします。

 

 また、長州ファイブの二人はどのような通訳をしたのか、それにも興味があります。

 このような、当時の歴史的背景を理解した上で、この饗応料理を楽しむ事は、意義深いものがあると思います。出席者である毛利敬親、元徳親子の墓がある山口市の香山公園、敬親公の銅像のある亀山公園、木戸孝允の旧宅や木戸神社、井上馨の生家跡や遭難した袖解橋、山口大学構内の長州ファイブのレリーフなどを見学した後に、食事を楽しむというツアーなどの企画はいかがでしょうか?

 

 今年は明治150年という記念すべき年を迎えます。
 是非、この饗応料理(歴食と呼ばれています)を多くの方々に楽しんでいただき、当時を振り返るとともに、将来のためにトップリーダーがどのように行動したかに思いを巡らしてみませんか?!料理を企画・創作された五島先生と料理を作られた地元の皆様のご尽力に心より敬意を表したいと思います。

 

 写真は当日の試食会の様子と出された料理です。

 

 

 

                                                                                                                        

会食の様子

                                                                                                                        

日英饗応料理

■2018年1月24日

 1月20日(土)に、(株)Archisの松浦奈津子社長から、起業に至るプロセスや松浦さんの起業に寄せる熱い思いなどを聞く機会がありました。
 
 松浦さんは、岩国市の旧錦町広瀬という過疎地域で幼年期を過ごされ、グローバルなことに強い関心を持ち、地元では数少ない大学進学の後に山口の地で起業された方で、香港やドバイにおいて高額で扱われている日本酒「夢雀」の企画販売で著名な方です。この「夢雀」は、ドバイでは60万円もするようです。
 
 起業家としての松浦さんの歩みは、苦悩の連続だったようで、「一歩前に!そうすればきっと新しい景色が見えてくる」という信念のもとに、様々な壁を乗り越えてきたと言われていました。同じようなことを私も恩師が言っていたことを思い出しました。いつも先を見てチャレンジする事を心がけているとのことでした。
 
 先日終了した、テレビドラマ「陸王」で、こはぜ屋の皆さんが着ていた袢纏の背中には、前にしか飛べないトンボが描かれており、トンボは「勝ち虫」と呼ばれ、いつも前だけを見据えてチャレンジする事を意味していると語られていました。松浦さんのチャレンジする姿勢はトンボの姿そのものではないかと思います。
 
 また、印象的だったのは、田舎は安い労働力があり、コストもかからないという事に対して、松浦さんは、もっと付加価値の高い商品を開発し、地方でも十分な報酬が得られるような企業にしていきたいと言われていました。そうすることにより、若者の地元定着を図ろうというものです。おっしゃっていることは、十分に理解できます。
 
 人口減少で、若者の地元定着が叫ばれています。
 松浦さんの様な地元で頑張るチャレンジャーを是非とも応援したいものです。
 機会があれば大学に招聘し、学生諸君にも、松浦さんの起業家マインドについて是非学んで欲しいと考えます。
 
 写真で私が持っているのが「夢雀」です。
 山口市では唯一、井筒屋山口店の地下の酒類売り場で入手できます。

 

 

 

                                                                                                                        

松浦社長と夢雀

■2018年1月23日

 1月19日(金)に、明日、包括連携協定を締結する予定である、萩市の浜崎地区を訪ねました。

 

 浜崎地区は、毛利氏が萩を政治の拠点と定めて最初に作られた商業、海運の中心地であり、殿様の御座船を収納する御船蔵も保存されています。当時のままで現存するのは我が国でもここだけという貴重な建造物です。音響効果が良いこともあり、かつて本学のマンドリンクラブが演奏会を行ったとお聞きしました。
 
 今回、山口銀行萩支店浜崎出張所を萩市と山口銀行とで地域創生に活用するという計画が検討されております。
 周囲には多くの古民家があり、それぞれ、ひな人形や近くにある住吉神社の祭礼に使う道具等が展示されています。
 
 その一角だけが、別空間・別世界のようであり、懐かしい時間に浸る事ができます。

 地元で、ボランティア活動されている方々にお会いすることができました。
 ぜひ、学生達にここに来てもらい、一緒に地区の未来について語り合いたいという熱い気持ちを聞かせてもらいました。
 
 江戸時代からの多くのひな人形や神社の祭礼に使う舟形や人形など、いわゆるインスタ映えするスポットが沢山あります。
 
 萩では、世界遺産になった松下村塾などが有名ですが、浜崎地区で過去にタイムスリップするのも貴重な体験だ思います。特に、外国からの観光客には興味を持ってもらえるのではないでしょうか?
 松下村塾と違い、ほとんど説明はいりません。感じてもらえれば良いと思います。
 
 今後、施設の活用に関する検討が始まりますが、是非、ボランティアの皆さんと一緒に地域おこしを行う事を心がけたいと思います。

 

 写真は、上から、「山口銀行萩支店浜崎出張所」、「御船蔵の内部」、「古民家に飾られていたひな人形」になります。 

 

 

 

                                                                                                                        

山口銀行浜崎出張所

                                                                                                                        

御船蔵の内部

                                                                                                                        

古民家のひな人形

■2018年1月9日

 新年おめでとうございます。
 今年も本ブログとともに、山口学研究センターをよろしくお願いいたします。

 

 今年は明治150年を迎え様々な事業が企画されております。
 山口県でも、「山口ゆめ花博」を中心として様々な企画が検討されています。
 すでに、新聞では特集が組まれたり、急に賑やかになってきました。
 
 大晦日の朝日新聞に古川薫先生が「明治維新150年 疾風怒濤の現代史」とのタイトルで寄稿されていました。先生は山口大学の大先輩であり、2015年の山口大学創基200周年の記念式典で基調講演をしていただきました。寄稿された文章では、先生独自の切り口で明治維新150年を論じておられます。
 
 明治維新は主に天保時代の14年間に生まれた若者により成し遂げられ、その後の明治時代の国力アップに大いなる貢献をしました。その後、大正時代の14年間に生まれた世代が昭和の痛ましい戦争の当事者として多くの犠牲を払い、生き残った人々により戦後の驚異的我が国の復興がなされたと述べられています。
 私の亡き父も大正生まれで戦争を経験し、戦後は新たな人材育成のための学校教育に携わりました。
 
 平成時代に生まれた若い世代も兵庫県南部地震や東北大震災といった未曾有の災害を経験し、現在は復興の途中です。さらに現在、北朝鮮の核やミサイルの恐怖にさらされています。平成生まれの若者に次の150年に向けて、何をなすべきかが問われています。
 
 寄稿には、
 「・・・またもや大勢の若者が青春を奪われんとする現実がすぐにでもあらわれそうな日々の現実を前に、
ただ賑やかな記念のお祭りとするのではあまりにも悔しい。明治維新150年に日本人は何をしたか。
良いことも悪いことも。それを評価、反省する祭典であっても良いのではないか。

太平洋戦争生き残りの老人は、一人つぶやいている。」
と結ばれています。
 
 様々な考え方があってもよいと思います。
 古川先生の問いかけにも是非耳を傾けていただければと思います。

 

 写真は、 平成27年に開催した「山口大学創基200周年記念式典」において、古川先生にご講演いただいた時の様子です。

 

 

 

                                                                                                                        

古川先生講演の様子

■2017年12月20日

 12月18日(月)に防府市と山口大学とで包括連携協定を防府市役所において締結しました。

 

 今後、国際総合科学部によるPBL(課題解決型研究)や坪郷名誉教授が中心となって実施中のデザインスクールキャラバン等の活動をさらに発展させたいと思います。

 

 防府は歴史ある街で、江戸時代の萩、室町時代の山口に対し、防府は奈良時代以降に周防国の国府を中心として栄えた場所です。干拓により拡大した防府平野は豊かな稔りをもたらしてくれます。下関、上関に続く、良港中関があり海運が盛んでマツダなどの臨海工業地帯を抱え、今後さらに発展が期待されます。また、北の山の斜面には、日本三天神の一つである防府天満宮があります。
 
 一方、街が豊かなためか、住民はのんびりしており、危機感に乏しいという特徴があるように思います。今後、人口減少は間違いなくやってきます。住民が当事者となって地方創生を進めていく必要があります。地(知)の拠点大学としての山口大学の果たすべき役割は大きいものがあります。
 
 これで、包括連携協定を結んだのは山口県、山口市、宇部市、美祢市、長門市、周防大島町についで7自治体になります。県内に拡がるネットワークのハブとしての大学の役割は大きいと思います。中規模の都市が点在するという山口県の地理的特徴を上手く利用しながら、人口流出や高齢化の進む山口県全体の創生に貢献していきたいと思います。
 
 ちなみに、学長も私も防府の出身です。
 どこに住んでいても、ふるさとのことはどうしても気になります。
 55年前に小学校の社会見学で訪れた、当時のままの市役所の建物が残っている事に驚きました。防府がさらに発展することを期待したいと思います。
 

 写真は、協定書調印式の様子です。

 

 

 

                                                                                                                        

調印式の様子1

                                                                                                                        

調印式の様子2

■2017年12月19日

 12月17日(日)に地元に伝わる神事「大歳講」がありました。


 防府市大道に伝わるお笑い講は有名ですが、大道には他にも地区ごとに21軒のメンバーが持ち回りで神事を行う習慣があり、年末に当屋の家に集まり、1年間の収穫に感謝するとともに、来年の豊作を神様に祈るものです。
 
 真偽は定かではありませんが、鎌倉時代から伝わるとされています。
 様々なしきたりがあり、竹で作った門柱に手編みの縄をかけ、御幣をかざします。
 また、料理も種類が指定され、配膳にもルールがあります。
 
 ご神体は蒸し焼きにした鮒で、何故か鮒をなますにして食べます。
 21軒は昔から決まっていますが、跡取りが居なくなったり、高齢化などにより脱会する人が多くなってきました。
 
 お笑い講も十数軒で開催されているとの事です。
 私も4年前に当屋を勤めましたが、以外と早く次の番が回ってきそうです。
 
 宴会では、農業の先行きが心配という話しが出ていました。
 作物を作ることには自信があるが、どうして販売したら良いか判らないと言った意見が多かったように思います。
 
 「部屋は空いているので、大学生に農業を体験してもらいながら、新しい農業のあり方や六次産業化などに関して学生のアイデアを出して欲しい。」といった意見もありました。
 
 高齢化はどんどん進んでおり、事態は急を要するように感じます。
 PBL(プロジェクト型課題解決研究)やPBI(課題解決型インターンシップ)などに取り上げてもらえないでしょうか?農業の現場は危機的状況にあると感じました。


 地方の拠点大学として、何かできる事はないかと熱燗を交わしながら熱く語り合いました。

 
 写真はご神体と餅、米、御神酒などの供え物です。

 

 

                                                                                                                        

お供え物の写真

■2017年12月8日

 12月に入って初雪も降り、次第に寒くなってきました。


 山口市は「12月、山口市はクリスマス市になる」を合い言葉に、さまざまなイベントを行っています。

 先日、山口大学でも正門の前のクリスマスツリーの点灯式が行われました。


 一の坂川周辺では、イルミネーションが輝いています。
 これは、大内氏の庇護を受けていたフランシスコサビエルが山口の地で、1552年12月9日キリストの降誕祭を行ったとされることに由来するものです。

 

 12月2日(土)に山口サビエル記念聖堂で降誕祭を記念して行われたイベント「山口光誕祭」に参加しました。レーザー光を駆使して、サビエルが山口で布教活動を始め、降誕祭を行うまでのストーリーを色鮮やかに空に投影するもので、音楽とマッチしてなかなか見応えがありました。
 少しずつですが、「12月、山口市はクリスマス市になる」も地元の皆様の地道な活動のおかげで認知度が上がってきたように感じます。全国からもお客さんが来てもらえるようになるといいですね。
 
 山口市には、ほかにも多くの歴史的、文化的リソースがあります。
 これらを活用して、この街を市民の皆さんで盛り上げていきたいものですね。

 コメンテーターではなく当事者として!

 

 

 

                                                                                                                        

イルミネーションの様子

イルミネーションの様子                                                                                                                        

■2017年12月7日

 11月18日(木)に山口大学第1体育館において、「山口きらめき企業の魅力発見フェア2017」が開催されました。


 本フェアは県内の高等教育機関の学生にキャリア意識をもってもらうとともに、県内の優良企業を再発見し、将来の進路先として県内企業も加えてもらい、県内就職率をアップさせることを目的として、開催するものです。

 県内の「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」協働企業73社参加のもと、小雨の降る寒い中にもかかわらず、昨年の1.5倍となる約1600名の大学生、高校生、保護者などに参加していただき大盛況でした。
 
 今回は、昨年の反省を踏まえ、以下の改善を行いました。

・学生コンシェルジュを約30名配置し、学生の誘導を行った
・企業向けに展示や説明に関する事前指導、助言を行った(事後指導も計画中)
・展示ブースの配置を、業種別から地域別に変更した
 
 その結果、以下の様なうれしい成果が得られました。
・企業ブースを訪れる学生数が、飛躍的に増え、最大で160名を越えるブースもあった
・企業ブースにおける展示や説明の技術が飛躍的に向上し、各企業の本気度が感じられた
・学生、企業双方の満足度が高いというアンケート結果が得られた
 
 参加学生は、1年生が半分近くと多かったようです。

 

 学生と話をしてみて気がついたことは、
・まだ、ほとんど就職に対するイメージを持っていない
・自分の専門分野と関係のありそうな企業が見つけきれない
・学生は企業名だけで企業の必要とする人材像を判断しており、専門分野がわかりにくい企業名が多いために、どこへ行けば良いか悩んでいた
・これまで知らなかった優良企業が県内にある事を初めて知った学生が多かった
 
 企業は、様々な専門分野の学生を求めています。企業名だけで判断するのではなく、具体的にどのような分野のどのような学生を求めているかを直接聞くことは重要と思います。それは、技術系だけではなく、人社系にも言えることではないでしょうか? 
 例えば、お菓子会社においても、新製品の開発はもちろんですが、海外への販路拡大、商品の流通管理、パッケージのデザイン、販売店の立地選定等、様々な分野の人材を求めています。
 
 学生にとって、このフェアがこれからの学生生活でやるべきことの明確化や将来の就職活動等に役に立ててもらえればと願います。

 

 

                                                                                                                        

ジョブフェアの様子

                                                                                                                        

ジョブフェアの様子

■2017年11月27日

11月19日(日)の夜に開催された「秋吉台星空のイルミネーション」に行きました。


秋芳洞をLEDライトで照明し、秋吉台の上空にレーザー光で12星座を映し出すというもので、寒い中多くの観光客でにぎわっていました。秋芳洞を照明で照らすことには、賛否があるように思いますが、赤や緑に照らされた黄金柱はなかなか見応えがありました。
 
秋吉台でのイルミネーションも、期待した以上に盛り上がることができました。
上空には、本物の星座がくっきりときらめいており、そのコントラストもまた見応えがありました。何より、地元の関係者の方々が一生懸命に秋吉台をアピールしている姿に心を打たれました。台上で食べた暖かいうどんや交流施設カルスターで飲んだ暖かいコーヒーが、忘れられません。
 
日本ジオパークに認定されて、2年経ちますが、地元の方々が、地方創生の当事者としての意識をもって行動されていることをひしひしと感じます。
 
11月23日(木・祝)に、山口情報芸術センター(YCAM)で催された、山口市地方創生推進カンファレンスにおいても、講演者が「地方創生には評論家はいらない、当事者としての意識をもち行動する事が重要」と言われていたことを思いだします。まさに、その通りだと思います。
 
夜は冷え込んでいましたが、何か身体が温かくなった気持ちがしました。

 
がんばれMine秋吉台ジオパーク!

 

 

 

                                                                                                                        

秋芳洞イルミネーション

                                                                                                                        

秋吉台イルミネーション

■2017年11月21日

11月3日(金・祝)に山口市鋳銭司において、史跡周防鋳銭司跡第3次調査の現地説明会が開催されました。

 

本調査は文化庁の支援を受け山口市と山口大学とが共同で行うもので、山口学研究プロジェクト「古代テクノポリス山口~その解明と地域資産創出を目指して~(代表者:人文学部田中晋作教授)」の一環として行うものです。

 

本遺跡での発掘調査は約50年ぶりであり、説明会には当時を知る人や知らない人など、多くの地元の住民が参加され、山口大学齊藤学術研究員の説明に耳を傾けていました。

 

今回は、50年前に発掘した箇所を中心に遺跡の規模を明らかにするとともに、新たな遺物の発見などを目的として行われました。

 

本格的な調査は来年度からですが、すでに多くの遺物が出土しており、これからの調査が期待されます。発掘は地元の方々や山口大学生なども加わって実施されました。

 

当日は、隣接する積水ハウス(株)にも駐車場の使用を許可していただくとともに、地元の方々にも駐車場への誘導をしていただくなど、多くの皆様からご協力をいただき、盛況のうちに終了することができました。


写真は説明会当日の様子です。

 

 

 

                                                                                                                        

説明会の様子

                                                                                                                        

出土品説明の様子

■2017年10月19日

 先週、山口市宮野桜畠の木梨邸を訪問し、木梨恒寛氏と歓談いたしました。
 本学の松野理学部長が町内会でご一緒という縁で、実現したものです。

 木梨邸は、県立大学近くの路地を山中に入ったところにあり、一帯が別世界のように静寂な雰囲気を醸し出しています。池に面した石垣作りの橋を渡ると、広い敷地には、慶応3年に建てられた住居がそのまま残存しています。
 庭を含む構造物は、江戸時代の趣を残した素晴らしいものです。
 裏山には、江戸末期以降に亡くなった一族の墓があり、趣を感じさせます。
 
 江戸末期に活躍した木梨精一郎男爵は萩明倫館の出身で、軍人・政治家として、四境戦争や戊辰戦争で重要な貢献をされています。
 
 特に、江戸侵攻においては東海道先鋒総督府参謀に、東北侵攻においては東征大総督参謀として活躍されています。
 
 特筆すべきこととして、官軍の江戸総攻撃に際し事前に英国公使パークスと会談し、江戸を火の海にさらすのを避けるべき事やナポレオンも命まではとらなかったなどの事例から、徳川家を存続させるよう説得された事が江戸城無血開城につながったことはあまり知られていません。
 一部には、西郷隆盛と勝海舟の会談はなく、実際には木梨が勝に会ったという説もあります。
 その後は、松下村塾出身でないこともあり、中央政府での華々しい活躍はありませんが、長野県令(知事)、貴族院議員として活躍されています。香取素彦によく似た人生を歩まれています。
 
 その木梨精一郎が萩から山口市宮野に移り住んだのが慶応3年です。まさに、150年前のことです。
 氏は地元の学校をはじめ防長教育会にも多額の寄付をされており、山口県の教育に大いなる貢献をされています。
 
 奇しくも、来年は明治150年を迎えます。
 こんなに近くに、これほどの人物が住まいされていた事、しかも150年前の住居がそのまま残っているという奇跡ともいえる状況があったことに驚かされます。
 
 ぜひとも、木梨邸を我々の宝物として次の世代に引き継げないものかと思います。
 
 木梨精一郎氏については下記を参照してください。(山口県大学共同リポジトリ、作成者:齊藤理氏・渡部忠之氏)
 http://ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp/yp/file/1371/20170315111410/04.inter_SAITO.pdf

 
 写真は木梨邸および墓所です。

 
 

 

 

                                                                                                                        

木梨邸の写真

                                                                                                                        

木梨邸墓地の写真

■2017年10月10日

 10月9日(月・祝)に山口市民会館小ホールで「文芸山口60周年記念講演会」が有り参加してきました。講師は芥川賞作家の高樹のぶ子氏で、演題は「ふるさとと私」でした。

 

 彼女は防府市生まれ。防府高校で私の5年先輩に当たります。
 現在は、芥川賞の選考委員もされており、我が国の文壇の重鎮でもあります。
 本講演会では、地方において、文芸誌をどのようにして残し発展させていくかという、パネルディスカッションが最後に企画されていました。
 
 高樹さんの講演で印象に残ったことは、

「ふるさとはいつもすばらしいものではなく、子供の頃は、ふるさとの自然や人間関係との戦いの日々であり、決して良い思い出ばかりではない。外から山口に来た人は皆、こんな自然や文化の素晴らしい所はないと絶賛されるようだが、ここで生まれ育った者にとってはそれだけではない。つらいことや苦しいことがいっぱいあって、それらをすべて含めて、私たちのふるさとと呼んでいる。その意味で、あなたはふるさとを愛しているかと質問されると躊躇してしまう。」 

と言われたことです。

 

 防府に帰らずに周辺を徘徊していた種田山頭火や、「おまえは何をしてきたのだ?」と問いかけられた中原中也にとってのふるさととは、このようなものだったのではないでしょうか?
 
 一方、都会へ出たいと思う気持ちは、全く逆で、様々な情報を受けて都会は素晴らしいところだと勝手に思い込んでいるために、地元を離れて東京へ出て行くということもあるかもしれません。ふるさとは常に素晴らしいものとは限らないという発想も重要と思いました。
 
 高樹さんはだからといって、ふるさとが全く意味のないものであるとは言われていません。

 彼女の執筆活動の立ち位置は、防府の自然・歴史・風土であり、そのようなしっかりとしたベースがあるから小説が書けるとも言われていました。その意味で東京出身の作家は不幸だとも言われていました。我々にとってのふるさとの意味を、もう一度考えさせられるような講演会でした。

 

 現在、【地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)】で若者の地元定着率を高める活動を行っています。その意味でも貴重な講演会でした。
 同時にこのような講演会に無料で参加できる山口市に、居住して良かったと思いました。
 
 最後に文芸山口の創設時からのメンバーである福田百合子先生のお元気な姿を拝見する事ができ、充実した休日となりました。

 

 
 写真は、講演中の高樹のぶ子さんです。

 

 

 

                                                                                                                        

高樹のぶ子氏講演の様子

■2017年9月28日

 9月26日(火)に大学構内において公開講座「古代米を作って食べよう」の内、実習「土器焼成」および実習「稲の観察と貝庖丁などによる稲の収穫体験」が開かれました。
 
 弥生時代のやり方で、米を育て(赤米)、穂から米を貝庖丁で刈り取ります。
 また、当時の方法で土器を作ろうとする実習です。


 写真にあるように、枝を組み、その上に炭を配置、さらに土器を置き、その上を藁で覆います。その上に粘土を塗り、一箇所に穴を開けそこから火を通し、蒸し焼きにしようとするものです。弥生時代に合わせ、火も人力でおこすと行った懲りようです。
 講義の参加者は皆さん苦労しながら、また、手を粘土で汚しながらがんばっておられました。火も無事におこすことができ、弥生時代の人たちの苦労を肌で感じることができた1日でした。
 

 山口大学吉田キャンパスには、古代より集落が有り、弥生時代にも実際に住居跡が見つかっています。
 まさに、その上での実習は意義深いものがあると思われます。
 学生の参加も有り、地域の方々と学生との交流も見られ有意義な1日となったのではないでしょうか。
 今回、火おこしは意外に?女性が得意だと言うことが判りました。
 力任せだけではだめなんでしょうね。コツがあるようです。
 今後とも公開講座に多くの住民の皆様方のご参加をお待ちしております。
 
 講師をされた長砂光治先生、井上敬之先生、田畑直彦先生、およびサポートをされた五島淑子先生、暑い中ご苦労様でした。

 

 
 写真1番上 窯の構造 内部の藁、土器が見えます
 写真2枚目 完成した窯 粘土で塗り固められています
 写真3枚目 火おこし作業 意外と大変な作業です
 写真4枚目 古代米(赤米) 農学部農場で育てています
 写真1番下 共同作業中 火おこしの作業

 

 

 

                                                                                                                        

窯の構造の様子

                                                                                                                        

完成した窯の様子

                                                                                                                        

火起こし作業の様子

                                                                                                                        

古代米(赤米)の写真

                                                                                                                        

共同作業の様子

■2017年9月27日

 スイスの話のおまけです。

 

 スイスには、ドイツミュンヘンからバスで入りました。
 当然のようにアウトバーン(自動車高速道路)をバスは通りました。
 ヒットラーの作ったアウトバーンは速度制限はありません。推奨速度は130km/hだそうです。
 写真のようにカーブでは100km/hの速度制限があります。
 ベンツやBMWがバスをどんどん追い抜いて行きますが、速度が135km/h以上で事故をしたら保険が適用されないのだそうです。自己責任と言うことのようです。

 

 同様にスイスの山道は180°の急カーブが多いにもかかわらず、ガードレールはお粗末で有り、場所によっては紐のみと言う場所もあります。これも、ガイドによれば事故で谷底に落ちても自己責任だそうです。
 
 文化の違いでしょうか・・・。
 オレンジ色の頑丈なガードレールが懐かしくなりました。
 

 写真は、アウトバーン(自動車高速道路)の速度制限の写真と、スイス山道のガードレール(簡単な紐状のもの)の写真です。

 

 

 

                                                                                                                        

アウトバーンの様子

                                                                                                                        

ガードレールの様子

■2017年9月25日

 スイスの話の続きです。

 

 スイスで最も有名な観光地であるユングフラウヨッホは、アイガー、メンヒ、ユングフラウの3つの山に囲まれた展望台です。欧州で最も高いところにある標高3,454mのユングフラウヨッホ駅へ登山電車で向かいます。

 ほとんどがトンネルであり、途中(かつては、アイガー(北壁登山で有名)だった所)、トンネルの中から顔を出すとアイガーの北壁を見ることができる事に驚いたものです。今は、閉鎖になっていました。有名な山であるメンヒは、すべて地下をトンネルで通過します。展望台では、世界遺産のアレッチ氷河の雄大な景色を見ることができます。


 さらに、氷河の中にトンネルが掘られており、氷の断面が観察できるようになっています。
 過去数万年の氷河形成の歴史を見ることができます。
 以前は、千代の富士関の彫刻も展示されていました。その発想に驚かされます。
 
 今回3カ所の名峰を見ることができました。
 いずれも、大都市チューリッヒから車で2時間足らずです。
 スイスの観光立国の底力を見せ付けられるとともに、氷河が削ったU字谷を上手に農業や牧畜に利用しているスイス人の知恵も見ることができました。
 
 今回の旅で、自然を受け入れ、上手く利用しながら、自然に適合した生活を行っているスイスの人たちに敬服するとともに、我々は山口でどのように自然と共生すれば良いかについて考えさせられました。

 

 写真一番上は、アレッチ氷河を写したもの、2番目の写真は、氷河のトンネルを写したもの、3番目の写真は、氷河が削ったU字谷の様子を写したものです。

 

 

 

                                                                                                                        

アレッチ氷河の写真

                                                                                                                        

氷河トンネルの写真

                  

U字谷の様子

■2017年9月20日

 前回に引き続き、スイスの話をします。 

 

 マッターホルン(4,478m)は孤立峰であり、ヨーロッパでも人気のある山です。
 ツエルマットから登山電車で対面にあるゴルナーグラート(3,089m)まで登れます。
 3,000mを越える頂上にはホテルやレストランがあります。

 

 これだけでも驚きです。
 
 目前のマッターホルンの景色は声が出ないほど素晴らしく、両側を氷河が削剥した様子がよくわかります。
 
 頂上駅から一つ下の駅まで約1時間かけてトレッキングしました。
 変成岩の露頭や高山植物を観察し、湖には逆さマッターホルンが見事に映っていました。

 とにかく、ロープーウェイやケーブルカーなど名山へのアプローチが確保され、
 多くのレストランやホテルを配置し、観光客を手厚く受け入れています。
 ロープーウェイだけでも、マッターホルンを中心に複数ルート開発されています。
 
 また、様々なお土産グッズを開発しており、それらを見るだけでも楽しむことができます。観光立国とは、すべてを観光に徹することだと感じました。

 

 なお、ツエルマットにはガソリン車は入れず、すべて電気自動車です。
 これも環境に配慮したスイスらしい規制と思います。
 

 写真は、逆さマッターホルンとゴルナーグラートです。

 

 

 

                                                                                                                        

逆さマッターホルン

                  

ゴルナーグラート

■2017年9月19日

 夏休みを利用してスイスへ行ってきました。
 ドイツ、ミュンヘンからバスでスイスに入る1週間の日程でしたが、観光立国スイスの底力を見せつけられました。印象に残った事をシリーズで書きます。

 

 スイスでは、4,000mの高地でもWiFiが普通に利用できます。
 写真にある展望台で、プロ野球ベイスターズ3連続逆転勝ちの連絡をラインで受けました。

 

 不思議な感覚です。
 
 また、この展望台、平地は全くなく、目前にモンブランを見ることができます。

 標高は3,800mを越え、富士山よりも高く、この頂に向けてロープウェイを建設し、

 途中で一旦乗り換えてから終着駅までは支柱が全くなく、エレベーターのように絶壁を登っていきます。

 

 この終着駅から橋を渡り、隣のピークに移動し、そこからエレベーターで観光客を展望台まで運ぶという、常識では考えられない事業を成功させています。

 

 発想の転換でしょうか? 

 
 このような発想をする人がいること、また、自然保護と開発の共生が図られていること等驚きの連続でした。
 岩盤は花崗岩ですが、斜面の傾斜がほぼ垂直ですので、各所で割れ目の開口幅をモニタリングしていました。安全対策も行われています。

 

 写真一番上は、ロープーウェイの終着駅を隣のピークから写したもの、2番目の写真は、割れ目計測の状況を写したもの、3番目の写真は、ロープウェイの中から撮ったものです。

 

 

 

 

 

                                                                                                                        

スイスの展望台

                  

割れ目計測の様子

                  

ロープウェイから写した写真

■2017年8月23日

 先月になりますが、7月31日(月)に理学部で山口学プロジェクト「山口から始める文化財修復と日本画の新潮流」の講座「文化財を知る」が開催されました。演者は国際総合科学部の菊屋吉生教授でした。

 

 本プロジェクトは、宇部市在住の選定保存技術保持者である馬場良治先生が長年にわたり研究・開発されてきた文化財の保存技術を、先生の協力を得て科学的に明かそうというもので、馬場先生を客員教授として迎え、工学部、理学部、医学部、教育学部、国際総合科学部の研究者からなる文理融合研究です。

 

 今回は、掛け軸の補修作業について、詳細な説明と映像による作業の紹介がありました。
 補修は、決して欠けた部分に加筆してはいけないことや、重ね合わさった和紙を1枚1枚はがしていく気の遠くなるような作業であることを知りました。

 

 菊屋先生は、萩の菊屋家の御当主であり、多くの美術品を保管されているとのことです。
 今回もそのコレクションの中から、一幅の掛け軸を紹介して頂きました。

 

 短い時間でしたが、文化財修復の奥深さを感じることができました。

 

 現在、接着剤として顔料に混ぜて使用する膠(にかわ)に関する研究が活発に行われており、将来の事業化に向けてさらに研究が進展することが期待されます。
 すでに本プロジェクト研究へ複数の学生が係わっており、将来の修復技術の継承にもつながるかもしれません。


 菊屋先生のお兄様である、元KRYアナウンサーで現在フリーの勝津正男さんと体型、お顔、話し方などがそっくりだったのが印象的でした。

 

 

                                                                                                                        

膠(にかわ)

■2017年8月21日

 8月11日(金・祝)に、山口学研究プロジェクト「グローカルな視点で考える山口県の歴史・文化・自然・産業」の活動の一環として、フィールドワーク「山口に残る大内氏の遺産」と題し、大内氏に係わるワークショップが山口ふるさと伝承総合センターを中心とした大内文化特定地域で開催されました。

 

 地理情報システム(GIS)を用いたコンテンツの編集や取り込みは、すでに前回7月15日(土)に開催したワークショップで学んでいますので、今回は、実際に現地へ赴きタブレットを用いて写真を撮り、位置を地図上で確認してプロットし、さらには、それぞれの箇所の見所や歴史的背景などをコメントとして書き込む作業を行いました。

 

 大内氏の遺跡がある竪小路から洞春寺までのルートを、前回に引き続き、今回も高校教員、高校生やボランティアガイドの皆さんと一緒に、山口市教育委員会の方の説明を聞きながら、暑さにめげず記録を取りながら歩きました。

 その場で直接GISに情報を加えて書き込むことにより、フィールドワークを充実した物にする事ができるということを学びました。ガイドの方々は、多くの情報を持っており、皆さん一様に感心されていました。


 GISはどんどん情報を書き加えていくことができます。山口県全域の様々な分野の情報が網羅されることを期待します。


 なお、真夏のフィールドワークには水分補給が大切です。
 洞春寺の犬の住職「まるちゃん」も夏ばてでお休み中でした。

 

 

                                                                                                                        

フィールドワークの様子

                  

ワークショップの様子

■2017年8月18日

 先週、「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」の課題解決型インターンシップ(PBI)でお世話になっている国際貿易(株)の協力を得て、光市の牛島へ出かけました。

 

 山口に生まれ育ちながら牛島の存在を全く知リませんでした。
 牛島は室積港から船で20分あまりの瀬戸内海にあり、船からは山口大学教育学部附属光小・中学校が見えました。約30軒の民家がわずかに拡がる海岸平地に点在しており、映画のロケ地のような趣です。

 

 PBIでは、学生諸君に、実際に島の生活を経験してもらい、牛島を活性化する様々な企画を考えてもらおうとするものです。

 船で小さな海岸に行き、そこでマリンスポーツを楽しみました。また、牛島では島を取り囲む様に透明度が高い箇所が有り、そこには砂地が分布しており、岩牡蠣や多くの魚が住んでいるとのことです。

 

 長年研究をされている方によると、海底湧水が原因であり、湧水は海水でしかもにがりのない「甘い」事が特徴とのことで、多くの微生物が繁殖し、海産物の生育が発達しているとのことです。さらに沖合には淡水の湧水も認められるそうです。そこで、この海底湧水を産業に結びつけたいということでがんばっておられます。

 

 沿岸で淡水が湧出する例は多くありますが、何故、海水が湧出するのかは謎です。

 大学に帰って、早速地下水の専門家と議論しましたが、まずは一度現地を見てもらうことになりました。
 PBIでは、教員が同行することにより専門性も発揮しながら、一緒に課題の解決を図ることが重要と感じました。


 久しぶりの海遊びで背中が日焼けし、痛さのために1週間寝返りが打てず大変でした。
 今は、海水浴も長袖のシャツを着て泳ぐそうです。皆さん知っていましたか?

 

 

                                                                                                                        

牛島の様子

■2017年7月25日

 7月21日(金)工学部で「平成29年7月九州北部豪雨災害調査の速報会」が開催され100名を超える多くの方々が参加されました。

 いずれの発表も、まだ速報の段階なので概要を述べるにとどまっていましたが、逆に現地の写真などは災害の甚大さがひしひしと伝わって来ました。

 

 最近、山口大学が設置した応用衛星リモートセンシング研究センターの長井先生から、速報としてALOS-2を用いた斜面災害の実態解明と救援活動への適用などに関して報告がありました。
 センターが設置されてまもなくに貴重なデータを提供できたことは、今後の活動への期待を高めることとになりました。

 
 速報会では、創成科学研究科の鈴木素之教授から現地調査結果に基づき、斜面災害の発生場所と地質、地形との関係に関する検討結果についての報告がなされました。花崗岩だけではなく、変成岩の風化部も斜面崩壊の原因として重要との見解でした。


 このような斜面災害は山口県においても、過去繰り返し発生しており、平成21年の防府土石流災害はまだ記憶に新しいところです。
 
 鈴木先生のグループは、山口学研究プロジェクトにおいて「山口県防府地域の社会変遷と古気候に着目した土砂・水災害史の編纂」と題した研究を実施中です。
 プロジェクトでは防府平野において、平成21年の防府土石流災害をはじめとする自然災害の過去から現在までの履歴を明らにし、古気候との関連性について検討するとともに、考古学の視点から住民が災害とどのように共生してきたかについて文理融合の観点から研究を進めています。

 

 今回の北部九州における調査結果も必ず山口学プロジェクトの参考となるものと期待されます。


 今回の斜面災害を他山の石とし、山口県における災害の実態解明と対策立案に貢献してもらえるものと期待しております。

 

(応用衛星リモートセンシング研究センターHP:福岡・大分の豪雨災害区の被害状況を解析しています)
 http://crasares.eng.yamaguchi-u.ac.jp/past.html#13

 

 

 

                                                                                                                        

日田市小野地区の土砂崩れの様子

■2017年7月18日

 7月15日(土)に山口学研究プロジェクト「グローカルな視点で考える山口県の歴史・文化・自然・産業」の活動として大内氏に係わるワークショップが山口ふるさと伝承総合センターで開催されました。

 

 高校教員、高校生、大学生、山口市教育委員会、観光ボランティアガイドの会の方々が参加されました。
 最初に、山口市教育委員会文化財保護課より、大内氏に関し、そのルーツ、日明貿易の様子などに関する講義を受けた後、発掘により出土した中国(景徳鎮、龍泉窯)、朝鮮半島、山口県等で作られた硬貨(明銭)、陶磁器などの実物を見せて頂き説明を受けました。
 当時、明からの貿易船は椹野川を山口市街地までのぼって来たようです。驚きです。
 
 その後、プロジェクトリーダーである教育学部の楮原京子先生より、それぞれの遺物を写真に撮影し、解説をつけて地図上にプロットする、GIS(Geographic Information System)を実際に体験しました。
 分かりやすい説明だったことや、やまぐちGIS広場の方々の指導も有り、年配のボランティアガイドの会の方々も、内容を理解されていたようです。
 
 GISは、学生達の野外実習や観光ガイドさん達の説明のやり方を大きく変える可能性があります。
 タブレット端末やスマートフォンを使って、より多くの詳細な情報を現地で閲覧できるなど、多くのメリットがあると感じました。
 
 そのためにも、それぞれのコンテンツに関する調査や研究が必要となります。
 楮原先生のプロジェクトは、まさにそのような活動を教育委員会や高校生、教員と連携しながら行おうとするもので、将来につながる重要な内容を含んでいると考えます。
 
 8月11日(金)には、タブレット端末を持って実際に現地へ行き、GISの構築を体験することになっています。
 興味のある方は、山口学研究センターまでご連絡ください。

 

 

 

                                                                                                                        

グローカルワークショップポスター

■2017年7月11日

7月10日(月)に湯本温泉恩湯の再開発に関する現地委員会に出席しました。
謎だった泉源の確認が主な内容ですが、建物はすでに大半が解体されており、3カ所から約38℃のお湯が湧出していました。
そのうち2カ所は同じ泉源から導いたものと考えられており、今回新たに泉源が1カ所確認されました。
それも岩盤から約37℃のお湯が直接湧き出ています。
 
岩盤から直接お湯が湧き出ている景色はあまり見たことがなく、感動しました。
湯本温泉は、音信川沿いの景色が風情のある温泉です。
今度の再開発により新しく休憩所も設置されると聞いています。
 
是非、多くの方々に出かけて欲しいと思います。
山口県の温泉、恐るべしです。 

 

 
委員会の後に、飛島建設が工事を担当している大寧寺第3トンネルの工事現場を理学部の学生と一緒に見学しました。
長門・俵山道路の一部で幅14mという巨大なトンネルです。
様々な新しい工法が用いられており、技術者の数も少なく、かつてのトンネルの工事現場とは雲泥の差です。
AIをはじめとする技術革新は土木の現場でも確実に進んでいます。
壁面はすでにコンクリートで覆われていますが、最先端の壁(切羽と言います)を観察することができました。
 
現地の技術者は、学生に是非インターンシップでの現場体験を進めておられました。
ヘルメットをかぶって、地図に残る仕事の一部に係わることのできる喜びを感じてもらえると良い経験となるものと思います。

 

 

                                                                                                                        

温泉が湧き出る様子

                  

大寧寺第3トンネルの工事現場

■2017年6月26日

 6月25日に内閣府特命担当大臣である山本幸三さんが、吉田キャンパスを訪問されました。

 30分という短い時間でしたが、山口大学教育学部のちゃぶ台ルームで山口大学における「やまぐち未来創生人材育成・定着促進事業【地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)】」など地方創生についての取り組みを紹介しました。2人の学生による、地方創生に関する取り組みも紹介し、しっかりとした内容で、大臣もいたく感激されたようでした。

 

 特に、医学部4年の学生による「Code Orange」(おもしろプロジェクト)による心肺蘇生法の普及活動について、大臣が興味を示され、医学部学生がこのような取り組みを行っていることを聞くのは初めてといわれ、「自分の専門性を地方創生に生かす」という山口大学の姿勢を高く評価していただきました。

 

 我々にとっても励みになる言葉を頂き、さらに取り組みを進めるモチベーションにつながった一日でした。

 

 

 

山本大臣との記念写真                                                                                                                        

■2017年6月20日

 週末を利用して鹿児島の12日の旅行をしてきました。久しぶりの鹿児島ですが、新たな気持ちで町を観察してきました。以下、気がついたことを書きます。

 

1.交通の便が素晴らしい!新幹線のターミナルからバスや市電が利用でき、桜島への港まで20分、24時間営業のフェリーで15分で桜島につきます。

市内は、観光循環バスが1時間に23本、1日パスが600円とお得です。

 

2.名物がいっぱい。黒豚、キビナゴ、薩摩揚げ、芋焼酎、酒寿司、地鶏など様々。

さらに、かき氷「シロクマ」は秀逸です。やはり、本店で食べるあのふわふわの食感がたまりません。

 

3.観光客の約20%は外国人。案内所はもちろん、名所でのガイドさんも英語を中心として詳しい説明をしていました。観光循環バスでは名所の説明を日本語、英語、中国語、ハングルで詳しく説明していました。インバウンドとはこういうことを指すのだと教えられました。寂れた指宿駅の案内所においても普通のおじさんが丁寧に英語で対応されていました。感動しました。

 

4.桜島錦江湾ジオパークにも行ってみました。ビジターセンターが充実していました。

桜島の地質図を絵はがき(3D)や、クリアファイルにして販売していました。

参考になります。

 

5.明治維新150年の旗は至る所に見られました。これから盛り上がるのかもしれません。

 

6.鹿児島中央駅の正面広場に高さ5m程度の塔があり、その周囲には幕末期にイギリスに留学した薩摩スチューデントの像が配置されていました。かれらの2年前にイギリスに渡った長州ファイブはレリーフが学内にありますが、観光客の目にとまることは無いと思われます。

 

7.来年は西郷さんが大河ドラマの主役です。逆賊と言われた西郷さん達は薩摩では大切にされています。西南戦争で一緒に亡くなった、西郷さんを含む多くの武士達の墓は今でも大切に守られていました。同様に大久保利通卿も大切にされています。

一方、山口では萩の乱などで亡くなった旧奇兵隊等の無名隊士の墓の場所を知っている地元の方は少ないようです。

 

8.天文館通りを歩きましたが、道路は人であふれかえり、特に若者が多いのが目につきました。

その反面、指宿市内はシャッター通りが目立ち、かつては新婚客で賑わったと寂しそうにタクシー運転手が言われていました。違った意味での課題を抱えているようです。

 

9.山口県は中規模の市町が分散しており、山陰地域は交通の便も悪くなっています。

克服すべき課題は多いと思いますが、問題解決のために参考になるような町もあります。

地方創生、待ったなしですね。

 

 

 

鹿児島名物「しろくま」                                                                                                                        

■2017年6月13日

 先日、【地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)】における、山口の未来を担うYFL(Yamaguchi Frontier Leader)育成プログラム前期集中講義が実施されました。
 講義のタイトルは、「山口の行政・経済を学ぶ」であり、県内の各界で活躍中の方々に山口県について語って頂きました。
 COC+の山田総括コーディネーターの言を借りれば、普段は滅多にお目にかかれない方々による講演で有り、山口県 村岡知事、日本銀行 岩田下関支店長、山口フィナンシャルグループ 吉村社長、あさひ製菓 坪野社長、片岡計測器サービス 川久保会長が演台に立たれました。

 印象的なご講演について、何回かに分けて紹介したいと思います。
 
 村岡知事は、明治150年が来年に控えていることを例にとり、山口県の歴史や観光について熱く語って頂きました。

 観光に関しては、これまで注目されていなかった、元乃隅稲荷神社や角島大橋などがSNSや海外のメディアにより紹介され、観光客が多く集まっていることを例に挙げ、新しい観光のあり方について語られました。
 また、山口県には元気な企業が多くある事や、創業に関する県の取り組みなどについて紹介された後に、(1)山口県にふれて、(2)山口県をもっと好きになって、(3)山口県内に就職を、と学生への期待を述べられました。

 あさひ製菓の坪野社長は、あさひ製菓が創業100周年を迎える中で、常に新しいことにチャレンジしてきた歴史を紹介されました。100年前の商品は現在では何も扱っていないとのことで、商品開発の繰り返しや新たな店舗の出店などに関して若い社員の意見を取り入れるなどの取り組みについて具体的に語られました。
 若い社員が企画したことは、たとえそれが失敗しても彼らが自分の企画に愛着を持ち、それが会社への愛着につながり、失敗を恐れずにチャレンジすることにより、何よりも社員のモチベーションを上げることを第一に考えていると言われました。
 常に県内のお菓子メーカーでNo.1になることを目標にがんばってこられたとのことで、No.2では誰も評価してくれないと言われていました。


 最後に印象的だったのは、これからは就職したい企業のNo.1を目指すと言われていたことです。
 多くの学生の共感を呼んだように感じました。

                                                          (つづく) 

 

 

 

                                                                                                                        

村岡知事講演の様子

■2017年5月29日

 先日より、長門湯本温泉の恩湯が一時閉鎖になり、リニューアル工事に入っており、現在、新しい浴場の調査、設計がなされております。
 湯本温泉はその昔、古刹大寧寺の住職が見つけたとされる防長四湯の一つです。
 今でも浴場は寺の敷地となっております。
 先日、開発管理のため委員会に出席して、今後の調査などについて議論を行いました。

 

 驚くことに、恩湯の源泉の場所が判らないのです。
 間違いなく浴槽の下から自噴しているのですが、その場所や泉源の形態は不明のままです。記録も残っていないとのことで、その意味では不思議な温泉と言えます。
 
 温泉は自噴ですので、当然掛け流しで、泉質も素晴らしく、これまでも多くの観光客に利用されてきましたが、実は泉源の位置が判らなかったのです。
 バルブのようなものが有り、言い伝えではバルブに触ると湯が出なくなるといった伝承があるそうで、調査もままならなかったようです。
 
 今回施設の老朽化に伴い、改修をする事になり、調査を行うこととなりました。
 
 以前、泊まった川棚温泉(下関市)でも、同様に湯船の直下からお湯が沸いているとの事で、その上に建物を建てたという話を聞きました。古くから知られている温泉は基本的には自噴泉であり、泉源を上手に活用して温泉として利用して来たものと考えられます。
 湯田温泉(山口市)も、かつては川底から湧いていたとのことです。

 

 将来に渡って温泉を維持、活用していくためには科学的な調査も求められます。
 山口学研究センターのテーマかもしれません。 
  

 

 

湯本温泉

■2017年5月23日

 週末、孫の1歳の誕生祝に京都へ出かけました。山口とよく似た地形のため厳しい暑さに疲れきってしまいましたが、孫の笑顔に癒されました。
 京都駅に新幹線が入っていくと、ワコールや佐川急便、京セラ、島津製作所などの看板や建物が目に入ってきます。考えてみると、このほかにも任天堂などもあり、京都は起業家を多く輩出していることに気づかされます。
 一方、山口も起業家マインドを持った人材を多く輩出しています。
 長州ファイブといわれる5人は、それぞれ我が国の政治、外交、造幣、鉄道、工学の父と呼ばれ、明治の近代文明を最初にリードしたことで有名です。
 その後も鮎川義介(日産自動車)、久原房之助(日立製作所)、藤岡市助(東芝)、笠井順八(太平洋セメント)など現在の大企業の創業をなした人物は多くいます。
 それらの系譜は現在ではユニクロの柳井正などにも続くもの考えられます。
 教育界においても、山田顕義(日本大学・國學院大学)、桂太郎(拓殖大学)、成瀬仁蔵(日本女子大学)、山尾庸三(東京大学工学部)、正木退蔵(東京工業大学)らは、創設者として我が国の高等教育の創成期に活躍しています。
 このように、山口県には明治時代だけではなく現在に至るまで起業家マインドが脈々と引き継がれており、その延長に現在のわれわれがいるといって過言ではありません。
 山口大学では常盤キャンパスにイノベーション道場「志」を設置し、起業家の育成に努めております。

 

 来年は明治150年を迎え、さまざまな行事や企画が目白押しです。
 明治時代は一過性のものではなく、150年前の「志」は着実にわれわれの中に脈々と引き継がれており、われわれは次の50年に向けてその志を再度確認するとともに、次の世代に引き継いで行きたいと考えます。
 また、そのような明治150年になればよいと思っております。

 

 

                                                                                                                        

イノベーション道場 志

■2017年5月19日

 5月の大型連休前半に新潟県十日町市に出かけました。

 私が3月で退職しましたので、かつて現地調査でお世話になった地元の方々にお礼を言うとともに、懐かしい現場を訪ね昔のことを懐かしくまた新鮮に感じることができました。
 当時、調査を一緒にした研究室の卒業生が全国から16名参加してくれ、懐かしい話に花が咲きました。

 十日町市も人口流出が大きな問題となっています。東北大震災の3日後に起こった長野県北部の地震で多くの家屋が倒壊したそうです。東北の被害が大きかったためほとんど注目されることはありませんでした。地元の人はそれが悔しかったそうです。
 ダムの震度計は震度7を示したとのことで、アピールしたそうですが、相手にされなかったそうです。
 その後、数軒の家が家を捨てて都会へ引っ越したそうです。
 小学校も閉校になっていました。

 寂しそうに語る区長さんの姿を見ていると、胸が痛みます。

 かつて区長さんが「美しい自然はもういらないから仕事をくれ」と言われていたのを思い出します。

 

 ただ、都会から移り住んできた若い家族も居るとのことです。今、古民家が人気だそうで、あちこちにビラが貼ってありました。
 我々が宿泊場所としていた地域活性化センターにも都会から若いカップルが移り住んでいました。

 明るいニュースです。

 連休時には、桜と残雪が棚田に拡がり素晴らしい景色を見せていました。
 日本人の心の原風景を見ることができました。
 お世話になって10年以上たちますが、今でも子どものようにかわいがってくれる素晴らしい人たちです。

 最近、我々の研究が少しずつ世界に理解されてきたようで、先日はイタリアから調査に来て論文を共著で書いたこともあり、十日町市が世界に知られることになりました。

 我々に何ができるか判りませんが、将来の山口を見ているようで、人ごとではないと感じました。
 また、時間がとれたら、十日町市に行こうと思います。

 彼らの話を聞いてあげるだけでも少しは心が癒やされるかもしれません。

 地方創生、待ったなしです。

 

 写真は、我々の研究対象である「泥火山」の露頭での記念写真です。
 14年前に初めて現地に行ったときにお世話になった地元の方に偶然にお会いしました。

 不思議な縁です。

 

 

                                                                                                                        

「泥火山」の露頭での記念写真

■2017年4月26日

 26日に山口商工会議所主催の平成29年度山口市内の新入社員歓迎会で講演する機会がありました。


 総勢60名のフレッシュな皆さんに圧倒されましたが、熱心に聞いておられました。新人にはテレビ会社のアナウンサーなど様々な職種が含まれておりました。県内出身者が約7割程度を占め、皆さん希望で目が輝いておりました。

 担当者のお話では、就職しても1年程度でやめていく若者が多いとの事、いかに若者を山口に定着させるかが課題ということでした。先日の新聞記事には相変わらず3年以内で勤めた会社をやめる若者が30%いると言うことが書かれており、この傾向は変わらないようです。
 そういえば、今日のニュースで山口県では350社が後継者が居ないために廃業(倒産ではない!)したといっていましたが、県内への若者の定着は危機的状況のようです。

 本日の講演でも話しましたが、山口県の1事業所あたりの出荷額は17年連続で全国1位となっており、関連企業等を含めると、山口県は国内有数の工業県であり、安い物価、地価、家賃などを考えるとこれほど住みやすい所はないのではないかと思います。
 山口には起業家マインドが有り、古くは長州ファイブ(鉄道の父:井上勝,造幣の父:遠藤謹助,内閣の父:伊藤博文,外交の父:井上馨,工学の父:山尾庸三)に始まり日立製作所、東芝、日産自動車、ダイキン、ユニクロ、宇部興産、太平洋セメント等の大企業の創業者が山口県出身者と言うことはあまり知られていません。
 そのような山口県人の起業家マインドは、今でもこの山口の地に脈々と流れていると考えます。

 ぜひ、今年の新人社員の皆さんも起業家精神を発揮してこの山口に定着し、さらなる発展のためにがんばって欲しいと願います。

 

 山口学研究センターでは、そのような山口の魅力を再発見し、高めるために様々なプロジェクトを提案し、若者定着につながるようなコンテンツや産業を興す起爆剤となれば良いと思います。

 

 

                                                                                                                        

講演会の様子その1

                  

講演会の様子その2

■2017年4月6日

 先日、朝の散歩の途中立ち寄った、亀山公園ふれあい広場で明治100周年を記念して作成された石碑を見つけました。作者は、当時の山口県知事であった橋本正之さんで以下の様な碑文が刻まれています。
 
 蛍飛び
 雪舞う里に
 文よむ子ら
 瞳かがやき
 あすをみる
 
 来年は、明治維新150周年を迎え、様々な企画が準備されております。
 しかし、橋本知事の碑文には明治維新や志士といった文言は見られません。
 将来へ向けて子供達の輝く瞳を印象的に詠まれています。
 
 明治100周年から我々は、この50年をどのように過ごしてきたのでしょうか?
 この人口減少の世の中を予測できたでしょうか?
 今、私たちは何をすべきなのでしょうか?もっと山口県の現実を見つめ将来へ向けてアクションを起こす事が求められているように思います。
 
 山口学研究プロジェクトでは、そのような山口県の今を学問的に解き明かし、将来へ向けてのキーワードを探っていこうとするものです。
 
 公園の片隅に、ひっそりとたたずむ石碑は、我々に大切なことを語りかけているように思います。

 

 

                                                                                                                        

新亀山公園の碑

■2017年4月5日

 4月1日に、美祢秋吉台周辺において、台湾や野柳地質公園とMine秋吉台ジオパークとの交流会がありました。山口大学からは創成科学研究科(理)の脇田教授、坂口教授と田中が参加しました。美祢市と台湾とは、美祢市のサテライトオフイスが台北市に設置されてより、緊密な関係に有り、定期的に交流行事を行っています。
 残念ながら、台湾はユネスコに加盟していないため、世界ジオパークネットワークには参加できませんが、国内でのジオパーク活動は盛んに行われております。
 野柳地質公園は台湾北部の海岸に位置しており、海蝕により堆積岩のうち浸食に強い硬質部が弱い細くなった部分の上に載るといった、奇岩群が特徴で、最も有名なものは、queen’s headとよばれ、多くの観光客で賑わっています。
 今回は、公園を管理する行政、民間企業、大学関係者(国立台湾大学、台湾師範大学ほか)、マスコミからなる訪問団が秋吉台周辺で、Mine秋吉台ジオパーク関係者と情報交換をしました。
 自然環境の保存と観光とを両立させることの難しさ改めて共有できました。また、秋吉台では何故入場料を取らないのか?と言った質問も出て、文化の違いを感じました。
 そういえばアメリカのグランドキャニオンでもゲートで入場料を取られた記憶があります。入場料は公園の維持管理に使えるという意見でした。山口県は国宝の瑠璃光寺五重塔も入場無料ですし、山口宇部空港においては駐車場も無料といったように、お金にはおおらかな所のように感じます。五重塔では、観光客からも無料で拝観できることを不思議に思うという意見を良く聞くそうです。


 それはともかく、秋吉台には先日山口大学秋吉台アカデミックセンターが開所しました。
 山口県が世界に誇る我が国最大のカルスト台地周辺において、本センターを拠点として研究、教育、地域連携などの活動が開始しました。
 一人でも多くの研究者や学生に利用していただくとともに、海外との連携も深めて世界の秋吉台となるように山口大学が中心となって活動していきたいと考えております。

 

 

                                                                                                                        

カルスターでの様子

                  

台湾訪問団との集合写真

■2017年3月22日

 3月4日に山口市南総合センターにおいて、周防鋳銭司発掘50周年&鋳銭司・陶地区文化財総合調査事業開始記念シンポジウム「古代テクノポリス 鋳銭司・陶ーこれまでとこれから」が開催され、400名を超える多くの参加者がありました。
 本シンポジウムは、現在国の史跡に指定されている鋳銭司遺跡の発掘から50年が経過したことを記念し前回の調査を振り返るとともに、来年度からの新たな発掘総合調査に向けて、前回の発掘調査に関わられた福岡大学の小田先生を始め、当分野の一線で活躍されている研究者から、調査に期待する事などを熱く語っていただきました。
 また、午前中は山口市の渡辺市長と山口大学の岡学長との特別対談も行われ、この調査をきっかけに地域の活性化につなげたいという思いが共有されました。シンポジウムには地元である陶、鋳銭司地区から多くの住民の方々が参加され、調査に対する期待の大きさが感じられました。

 陶に実家がある私の高校時代の友人や従兄弟にも数年ぶりに会うことができ、不思議な縁のようなものを感じました。
 シンポジウムでは、9世紀前半の頃の陶・鋳銭司地域が巨大な工業地域で有り、須恵器、銅銭、緑釉陶器などが盛んに生産されていた事が明らかにされました。まさに古代テクノポリスと呼ぶにふさわしい情景が目に浮かぶようです。
 本格的な発掘は来年度夏からですが、どんなお宝が発掘されるか今からわくわくしております。

 

 余談ですが、3月18日に湯田温泉某所において、長州星山会によるDeNA横浜ベースターズの決起集会が有り、平成29年度の活躍を祈願しました。たまたま隣に座られた72才?の大先輩と話が弾み、高校の先輩である事や鋳銭司に住んでおられること等が判り、先日のシンポジウムに参加されていたとのことで、大いに盛り上がりました。

 これも何かの縁ではないかと思っております。

 

 

                                                                                                                        

シンポジウム対談の様子

                  

長州星山会決起集会の様子

■2017年2月7日

 2月3日に「チャレンジ!!オープンガバナンス2016」アイデア報告会が宇部市役所で行われました。
 これは、東京大学公共政策大学院が企画した市民参加型の地域課題解決アイデアコンテストに応募した解決策の発表会です。宇部市が所有するビッグデータを公開し、それを活用して解決策を提案してもらおうとするものです。全国で31自治体53課題が提案されました。
 宇部市では健康づくり、ゴミの減量化、災害支援の3つのテーマで募集し、5件の応募がありました。市民が政策を作るという、これまでに無い試みです。
 申請者は、山口大学医学部や宇部工業高等専門学校の学生や市内の各種団体などで有り、ICTを使った災害システムや災害時の被害発信や災害のシミュレーション、癌検診率の向上、生ゴミの水切りといったユニークな提案がありました。
 ビッグテータとして人口動態データ、ゴミの量や区分、癌の検診率等が提案に活用されていました。
 地域創生にはまず自分たちの地域を知ることが重要です。

 各自治体も保有する様々なデータを公開し学生をはじめ様々な階層の住民が子ども達の未来のために何ができるかを一緒になって考え、政策につなげていく事が重要と考えました。

 チャレンジ!!オープンガバナンス2016のホームページ
 (http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/padit/cog2016/

 

 

                  

                                                                                                                                  

チャレンジ!!オープンガバナンスちらし

■2017年2月6日

 1月28日に市内で明治150年記念フォーラムが開催され歴史学者である加来耕三先生の講演がありました。

 吉田松陰先生を中心に、歴史から何を学ぶべきかといった内容でした。

 明治維新の偉人といわれる人たちは、すべて結果で評価されているが結果がどうであれ、彼らが何を志したかが、何をしようとしたかということが重要と話されていました。
 吉田松陰先生は、結局これといった成果はありませんが、彼は、当時では並ぶ者がないくらいの読書家で有り、中国で起こったアヘン戦争や日本を取り囲む諸外交の状況をいち早く知ることにより、彼らと戦うには彼らを知る必要があるとの結論に至り、密航を企てたとのことです。

 また、彼は、脱藩して東北に見聞の旅に出て、多くの賢者にあい、議論を交わしながら自分の考えを少しずつ確立していったことは有名です。
 彼は自分の行動記録を手紙などに事細かく残しており、その思想を詳細に知ることが可能な数少ない人物です。これは山口県人のDNAだそうです。
 山口県では来年、明治150年を迎え、様々なイベントが企画されることと思います。

 加来先生の言われるように結果ではなく、当時の若者が何がしたかったのかをもう一度考え、今我々は何を志すべきかについて考えてみてはいかがでしょうか?

 

 最後に、加来先生は、「若者は物質的豊かさを求めて大都会に流出したが、これからは地方において精神的な豊かさを求める時代が来る。山口はそのような地域にふさわしい。」といわれていました。

 

 

                  

                                                                                                                                  

フォーラムの様子

■2017年1月23日

 先日、中学校卒業50周年を祈念して同窓会が開催されました。私たちの校区は小中を通じて同じであり、卒業生は9年間一緒に過ごした仲間です。117名の卒業生に対して40数名の参加がありました。本当に50年ぶりに会う友達もいて、懐かしいひとときでした。昔とは体型が変わっており、名前も定かでなく、皆さん最初は相当にとまどっておられたようでした。
 私は小学3年生まで分教場の複式学級におりましたので、4年生から本校へ移った時はなかなか友達ができずに、苦労しました。その中でM君とはウマが合うというか、趣味が同じだったこともあり、仲良く遊んだ記憶があり、その彼に今回50年ぶりに会うことができました。
 彼も私も収集癖があり、一緒に水晶を集めたりしていました。それを地面に埋めて水をやると、水晶は成長すると彼に言われ毎日水を与え、毎日その成長を楽しみにした記憶があります。
 現在、私は地質を生業としており、鉱物の成長がそのような単純な問題ではないことは理解できますが、当時は、彼の言を信じておりました。
 彼は現在、防府考古学研究会の主要メンバーで有り、山口県の旧石器時代の遺跡の発掘や出土した石器の分類調査などをボランティアでやっているとのことで、先日はその報告書を送ってきてくれました。昔と全く変わらない、彼の姿にある意味感動しました。
 旧石器時代の遺跡は住居跡が見つからないので、なかなか研究が進まないとのことでそれでも「誰かがやらないといけない」という信念の基に調査を続けているとの事でした。
 報告書には宇部の洪積台地上の遺跡から発掘された石器の種類、岩石の名前などが事細かに書かれておりました。山口では分布しない様々な岩石も混じっており、当時の交通や流通システムなどを考える際に、重要な手がかりになるのではないかと思いました。
 
 今年、山口学研究プロジェクトでは山口市鋳銭司で古代テクノポリスの発掘を行う予定です。
奈良から平安時代にかけて鋳銭司で行われた貨幣鋳造やそれを支えた、技術者集団の実態などを明らかとする予定です。旧石器時代はさらに過去の数万年前の時代ですが、本州の西端にある山口でどのような文化が始まり、どのようにして広まっていったかはきわめて興味あるテーマではないでしょうか?
 今後の彼の調査がさらに進展することを祈りながら、我々も負けてはおられないと思った1日でした。

 

■2017年1月18日

 平成29年も明けて、はや3週間たちました。遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。
山口学研究センターもプロジェクトがスタートして2年目にはいります。今年は、山口市鋳銭司における発掘調査が開始します。今から、わくわくした気持ちで、その日が待ち遠しく思います。地域の皆様と一緒に発掘できることを楽しみにしております。
 

 新年を迎えるに当たり、地域には地域の風習やしきたりがあろうかと思います。
 田中家においても、昔からの約束事が有り、若干ご紹介いたします。
 年末には、松、竹、梅を用意して門松を立てます。昔はアカ松、クロ松を使っていたように記憶しております。さらに、注連飾りを作るため藁を用いて縄を編みます。編み方は代々引き継いでおり、現在は次男が主に担当しております。しめ縄にユズリハ、ウラジロ(シダの一種)を藁でくくりつけてみかんをシダに差し込んで完成させます。 
 さらに、新年を迎えると、夜中に、梅干しを白湯につけたものと、餅を焼き、膨らませたものを重ね餅と一緒に用意します。それを、神棚(天照大神)、荒神様、仏壇に供えて、お参りをします。

 その後、氏神様へ初詣に出かけます。
 朝には、白湯を飲み干すとともに、膨らました餅をお雑煮として食べる事になります。
 この行事は、関東に住んでいたときも正月には実家へ帰り欠かさず行ってきました。

 どこの家にもそれぞれに習慣があるのではないかと思います。

 それぞれに意味のあることと思われますが、私にはそこまでは、知りません。

 正月を迎え、このようなしきたりを行う度に、自分は山口の人間である事を再認識します。

 

 皆さんの家ではいかがですか?

 

■2016年12月9日

 12月8日は、山口大学の源流である山口講堂創始者の上田鳳陽先生の命日でした。先生は、山口の地に教育を行う場がないことを憂い、毛利藩主の許しを得て、一の坂川のそばに山口講堂を創設されました。1815年、今から201年前のことです。昨年2015年には、山口大学創基200周年を盛大に祝ったことはまだ記憶に新しいところです。

 山口大学では、これまでも毎年1月4日に学長以下が山口市大内御堀の乗福寺にある鳳陽先生の墓所へお参りをしておりましたが、今年は、命日に経済学部同窓会鳳陽会の皆様と一緒に、お参りいたしました。最近、墓所の白壁が補修され周辺が素晴らしい環境となりました。

 ご住職により、早朝、法要が営なわれました。乗福寺は、かつての萩往還から少し入ったところにある、大内時代に大内重弘により創建された臨済宗の古刹で有り、幕末には坂本龍馬や高杉晋作などが密談を行ったと伝えられています。

 境内には、大内弘世の墓などが有り、秋の紅葉は見事で、山口の隠れた観光スポットとなっています。大内時代に中国の明からやってきた僧趙秩(ちょうちつ)が山口の素晴らしい10カ所の景色を山口十境詩余話の漢詩に詠んでいます。
 そのうち乗福寺は「南明の秋興」という題で歌われており、寺の前に碑が建立されています。
 詳細は(http://oouchibunka.jp/ouchishi/isan/ohuchi_heritage/22.html)をご覧ください。


 山口大学の創始者は自然豊かな閑静な歴史のあるお寺に眠っておられます。
 一度お参りに行かれてはいかがでしょうか?

 

追記:
 朝7時より乗福寺本堂で座禅を組みました。頭が空っぽとなる、素晴らしい体験となりました。

 

 

                                                                                                                        

乗福寺の紅葉の写真

乗福寺の紅葉。

隠れた観光スポットです

                  

法要の様子

法要の様子。白壁が補修され 

素晴らしい環境になりました

■2016年12月8日

 美祢市では、Mine秋吉台ジオパークセンター(愛称:カルスター)を秋吉台展望台そばに新たに開設し、12月4日に開所式が行われました。
 Mine秋吉台ジオパークは、昨年9月に山口県では始めて日本ジオパークに認定され、その後もジオガイドの養成など様々な活動が進められております。山口大学においても、創成科学研究科の脇田教授、坂口教授をはじめ多くの研究者がこの活動を支援しております。

 今回のセンターの設置により益々、ジオパーク活動が進展し、世界ジオパークを目指す活動の拠点として利用されることを期待したいと思います。
 センターの北側には180°の秋吉台の大パノラマが拡がっており、四季を通じて秋吉台の素晴らしい自然を体感できます。またセンター内には秋吉台の立体地形図にプロジェクションマッピングが投影され様々な情報が得られるようになっています。センターにはカフェが設置され、コーヒーを飲みながらゆっくりと秋吉台を堪能できます。

 秋吉台は、昭和31年に米軍の実弾演習場の候補地となりました。その際、地元住民・大学・学術団体を中心として、学術的価値の高い秋吉台を守るために、反対運動を展開し、その結果、計画は中止となりました。その際に、先方からは、それだけ重要と考えるのであれば自然遺産を保護し、さらに学術的な価値を明らかとするために活動すべきという、指摘があったと聞いています。
 それを受けて山口大学においても、初代学長である松山基範先生が自ら団長となり山口大学秋吉台学術調査団を結成され、総合的な検討がなされております。

 それから60数年を経た今、自然遺産を保護するとともに、学術研究を進めその成果を教育や地域創生につなげようとするジオパーク活動が住民レベルで行われており、反対運動に係わられた多くの方々の志が今まさに実現しようとしております。

 センターから見える、手つかずの素晴らしい秋吉台の景色を見ることのできる幸せをしみじみと感じるとともに、これからもこのかけがえのない自然遺産を次世代に引き継いでいくために我々に何ができるか考えていきたいと考えております。

 

 

                  

                                                                                                                                  

開所式の様子

Mine秋吉台ジオパークセンター

開所式におけるテープカットの様子

■2016年10月4日

 10月1日(土)と2日(日)の2日間に渡り、山口市の一の坂川や竪小路周辺でアートふる山口という催しがありました。多くの、展示やパフォーマンスの他に軽食などが振る舞われました。

 今年は、長州星山会という「おたくサークル」のメンバーとして参加しました。本サークルは、現横浜DeNAベイスターズをこよなく愛する山口市民からなり、当日は1960年、1998年に優勝したときの様々なグッズやサイン、Tシャツなどを展示して、立ち寄ったファンと交流し、CS(クライマックスシリーズ)でのさらなる応援を誓いました。最近山口県唯一のプロチームとしてレノファ山口が盛り上がっています。
 実は67年前に下関を本拠とするプロ野球チームがあったことはあまり知られていません。それが、当時は大洋ホエールズと呼ばれた横浜DeNAベイスターズの前身です。設立当時は弱くて、成績が低迷していましたが、三原監督が監督に就任した年に初優勝しました。勝てないチームに業を煮やした当時の中部オーナーが言った有名な言葉があります。「勝てないなら、優秀な選手、監督を集めたら良い。資金は鯨1頭捕れば何とかなるだろう」なんともおおらかな時代でした。 
 秋山、土井のバッテリー、両近藤、黒木、桑田、島田といったスターを擁して日本シリーズで4連勝しました。相手は大毎オリオンズです。私が小学校3年生の時です。学校でも当時はホエールズの話題で持ちきりでした。地元のチームと言うだけで、仲間になれた時代です。今年の広島カープの活躍とそれを支えるファンを見ていると地元の仲間意識の醸成には、言葉はいらないように思います。 
 現在、山口県でも郷土愛だとか、仲間意識を強く持とうといったことが叫ばれています。スポーツの果たす役割は大きいと思います。 
 今でも、神奈川の次にベイスターズファンが多いのは山口かもしれません。大切にしたいと思います。
 皆さんで、地元のチームを応援しましょう。そして湯田温泉で盛り上がりましょう。
 レノファ山口も来年はJ1を目指して欲しいものです。
 ちなみに、我が家は3代続けてベイスターズファンです。

 

 現在、「長州星山会」の会員を募集中です。
 
 写真は展示の様子です。2日間で10名近い新規会員を獲得しました。

 

 

                  

                                                                                                                                  

「長州星山会」展示会の様子

アートふる山口での

「長州星山会」展示会の様子

■2016年9月30日

 9月24日に、リオオリンピック、パラリンピックでメダルを獲得した、山口市出身の方や山口市に縁のある方々の凱旋パレードを研究室の学生と一緒に見に行きました。
 ほとんどミーハーでしたが、なぜか思いがけず、感動してしまいました。

 特に卓球男子団体の吉村選手は野田学園に中学・高校時代の計4年間在籍し、卒業後は中央で活躍しています。挨拶で、「自分は山口市に育てられた、感謝しても感謝しきれない。」と言っていました。セレモニーでも会場から大きな声がかかっていました。また、野田学園の寮母さんから花束を渡され、本人も感激している様子でした。 

 山口大学で4年間またそれ以上過ごすことになる学生諸君、青春の最も輝く時期にこの山口の地で生活し、人とふれあい、悩んだり多くのことを学びます。
 また、吉村選手のように、将来、山口に感謝できるような多くの、記憶と記録をこの山口の地で作ってください。それらを次の人生に生かしてください。

 

 

                  

                                                                                                                                  

パレードの写真

パレードの様子

(左:吉村選手、右:石川選手) 

■2016年9月28日

 昨年、山口大学は創基200周年を迎えました。200年の長きにわたり、山口大学は多くの市民や団体に支えられて来ました。

 先日、岡学長が散歩の途中で、写真にある石碑を発見され、新たな山口市民と大学との関係が明らかとなりました。昭和36年から昭和57年にかけて、現在の国道9号線と山口大神宮への交差点付近の山沿いに、吉田松陰先生100年祭記念事業推進会により、「松陰教学施設松風寮」が開設され、600余名の山口大学の学生がここで生活し、大学で学び社会へ旅立ったと記されております。

 吉田松陰先生の志を引き継いで欲しいという学都山口を誇りとする山口市民の気持ちがうかがえます。

 

 今日の山口大学は地元の多くの方々に支えられてここまでやってこれました。我々も、地域のために何ができるかしっかりと考えて行動したいと思います。

 

 

                  

                                                                                                                                  

石碑の写真

松陰教学施設松風寮跡石碑

■2016年9月26日

 山口学研究センターで進行中のプロジェクトに「古代テクノポリス山口~その解明と地域資産創出を目指して~」があります。山口市鋳銭司における古代の貨幣鋳造の痕跡を発掘するとともに、銅の鉱石の採掘場所、鋳造方法、銅銭の流通経路などの復元や、当時の人々の生活や自然環境の変遷などを文理融合の視点から解き明かそうとするものです。

 鋳銭司の春日神社には、巨大な絵馬が奉納されており、鋳銭司鋳造所の北方に達理山が描かれています。古文書によるとここが銅を採掘した鉱山とされています。しかし、防府市大字切畑で生まれた私たちには、絵馬とは位置が違いますが、達理山は切畑山のことであり、鉱山は切畑にある金山と言い伝えられてきました。

 かつて、切畑の子供たちはみな、金山に遊びに行き、廃鉱のズリの中から蛍石(後に名前を知った)を拾って帰りました。当時、冬の間は娯楽がなくて、夜、火鉢の中にそれを投げ入れると紫色に光りながらパンパンと音がしてはじけ、それを楽しんだものです。

 5年前になくなった私の父は小学校教諭を辞めてから郷土史家としていろんな所に行き調査をしていたようで、切畑の歴史を記した書物の中に、金山の事が書かれています。それによると、現在の新幹線の近くの金山から500m南には遺跡が有り、溶鉱炉の痕跡やふいご口、からみなどが発掘されています。また、最近知ったのですが、銅鉱石を鋳銭司まで峠を越えて運んだときの唄が残っているとのことです。

 8月に、プロジェクトのリーダーである、田中晋作先生と鉱物の専門家である今岡先生、山口市教育委員会の青島学芸員とともに、現地を調査しました。金山付近は横川砕石株式会社が砕石を行っており、今回は横川会長に案内して頂きました。鉱山は見つかりませんでしたが、鉱石の一部を発見することができ早速、分析する事になりました。

 子供の頃の記憶と亡き父の残した書物、山口学プロジェクトと、何か因縁のようなものを感じます。

 萩を中心とした明治の産業遺産が世界遺産に登録されましたが、実は山口県は古代においても一大テクノポリスを形成していた可能性があります。今後の研究にご期待ください。

 

 

                  

                                                                                                                                  

春日神社絵馬

春日神社に奉納された絵馬。右上に達理山が記されています

■2016年9月7日

 再び広島土石流について

 

 広島土石流の現場を歩いて見て気がついたのは、お寺や墓地が比較的高い標高の、集落が見渡せるところに立地していることです。
 不思議に思って、先述の「モン ドラゴン」の松井事務局長にお聞きしたところかつては、寺社は地区で最も高いところに、立地し、それよりも高標高部には民家は建てなかったとのこと。お寺を見下ろすことは、不遜の行為ととらえられたようです。建てられた場所は長い経験に基づいて決められたものと思います。
 今回被害に遭ったのはすべてお寺よりも高いところにある住宅であった事には深い意味があるのかもしれません。
 また、太田川に近い古い住宅は2m以上の石垣の上に建てられており、洪水から住宅を守ろうとした意図がうかがえます。
 そういえば、黒川地区の古い住宅も平野部より2m程度高い位置に建てられており、ふしの川の氾濫に備えているのかもしれません。先人の知恵でしょうか。
 前回、書いた竜神伝説といい、地域にはいにしえよりの言い伝えが残っており、それを住民が守ってきた事が見て取れます。最近は新住民が増えたため、そのような事がおろそかにされてきた可能性があります。
 このような検討のためには、人文社会学と理学のそれぞれの専門家が共同で問題を解き明かしていく必要があると思われます。
 現在、山口学研究センターでは、「山口県防府地域の社会変遷と古気候に着目した土砂・水災害史の編纂」というプロジェクトを展開しております。
 本プロジェクトはまさに、このような課題に答えることを目的としており、成果が期待されています。 

 

 

                  

                                                                                                                                  

広島土石流災害の写真

広島の土石流災害の様子

■2016年9月5日

 平成26年8月の土石流災害では広島県安佐南区八木地区で多くの犠牲者が出ました。今週、学生指導で現地へ行った際に復興交流館(名称:モン ドラゴン)で事務局長さんから「黒田ハウス」の話を聞きました。現在広島カープは優勝に向かって勝ち進んでいますが、エースの黒田投手がまだアメリカにいたときに、土石流災害がしました。たまたま、広島に帰ってきたときに、家に流れ込んだ泥の処理を、作業服を着て黙々と行っていたそうです。それに、家主が気がつき、お礼を言った際に、黒田投手は「自分を育て応援してくれた地元広島でこのような災害が起こったことに胸を痛めている。何かできないかと思って参加した」と述べ、作業を続けたそうです。その家のことを現地では「黒田ハウス」と呼んでいるそうです。
 家主は、それまで野球には全く興味が無かったそうですが、そのときからカープファンになったとのことです。黒田投手はその後、日本に帰って再びカープで活躍することになりますが、後に彼はこのときの経験が忘れられなくて、帰ってきた大きな理由の一つであると語っています。
 遠くに離れていても、古里はいつも心の中にある事を思い知らされ、胸が熱くなりました。
 私を含めて、いつかは地元に帰って何かできることをしたいと考えられる方は多いのではないでしょうか?
 私は、ベイスターズのファンですが、今年だけは黒田投手に優勝の喜びを味合わせてあげたいと感じました。

 

 ちなみに、「モン ドラゴン」の意味は「モン」は山、ドラゴンはこの地域にはかつて「龍」がいたとの伝説が有り、これは土石流が流れる様を龍の形にたとえたものと考えられています。 

 

■2016年9月1日

 山口学研究センター長の田中です。
 今回、地域連携全般に係わるブログを立ち上げさせて頂きました。我々の知らない山口の魅力や我々の活動について、きわめて個人的な視点から紹介させて頂きたいと思います。
 2015年山口大学ビジョンにおいて、山口大学は「地域の知の拠点」を目指すことを掲げました。
 本ビジョンを具現化するために、
(1)地域ニーズを把握する
(2)人材を育成、輩出する
(3)大学シーズを発信する
という3つの目標を掲げ、(1)については地域未来創生センターにおいてニーズの把握を行い、(2)においては、山口未来創生人材創成・定着促進事業(COC+事業)を中心として学生に県内への就職を意識してもらうための活動を行い、(3)については、昨年12月に設置された山口学研究センターにおいてプロジェクト研究を推進しております。
 山口大学は9学部を抱える総合大学です。山口学研究センターではその総合力を発揮し、文理融合の視点から、山口の自然、文化、歴史、産業、観光などに関する課題解決を行うとともに、山口の知られざる魅力を、学問的に解き明かしていく事を目的として設置し、現在5つのプロジェクトが活動しております。 

 

 

                  

                                                                                                                                  

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