私の研究
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ひとつの注釈から 飯倉 洋一 助教授 |
「なぜ」からはじまる注釈
私の専門は日本近世文学(江戸時代の文学)です。共同研究を含めて現在いくつかの研究テーマを持っていますが、卒業論文以来中
心に据えているのは上田秋成の研究です。秋成のことを知る方から「怪談ですね」「おどろおどろしいですね」などと言われるのですが
、そのたびに苦笑して「ええ、まあ」と曖昧な返事をしています。
秋成は『雨月物語』の作者として著名ですが、彼の真骨頂は〈言語の魔術師〉的な表現力にあります。魔術の秘密を解くには秋成の文章
の背後にある古典和歌や物語、つまり下敷きを徹底的に明らかにする作業が必須となります。これは注釈という研究です。古典研究は注釈
に始まり注釈に終わるとよく言われますが、秋成の文章ほど注釈のしがいのある文章は少ないでしょう。
さて注釈的研究といえば地味なイメージがありますが、注釈とは単に語注を付けるにとどまるものではありません。そこから作品(テク
スト)論へと飛翔する場合もあるのです。もともと「なぜ」という問いに支えられない注釈はどんなに詳しくても無味乾燥です。逆に「な
ぜ」という問いを発したら、どんな言葉も注釈の対象となります。
「二世の縁」を例に
秋成晩年の作である『春雨物語』中の一篇に「二世の縁」という短編があります。古曽部という小さな村で、数百年前に土中入定し
た男が掘り出されて蘇りますが、特に村に御利益をもたらすことなく「定助」とあだ名を呼ばれてみすぼらしい姿をさらし、やがて村の
未亡人と結婚。そのことも村人の嘲笑を買い、結婚相手にすら冷淡に扱われるという奇妙な一篇です。
この短編で固有名詞といえば地名の「古曽部」くらいです。私は授業でもつねづね古典の中の固有名詞や数字には必ず意味があると考
えた方がよいと言っています。ここでも「なぜ古曽部という場所に舞台が設定されているのか」という問いを立てたうえで「古曽部」を
注釈しなければ、単に地理的注釈に終りかねないでしょう。古曽部は歌人能因が隠棲した地です。そういえば「二世の縁」稿本には能因
の歌が引用されています。当時の歌枕(歌に詠まれる地名)辞典の幾つかをめくってみると古曽部の項に能因の歌が載っています。能因
への関心から古曽部の地名が選ばれたに相違ありません。では何故能因なのか。そこから注釈作業は能因に向かいます。やがて『扶桑隠
逸伝』という本の中の能因伝末尾に「遂に老を古曽部に終ふ。将に死せんとするとき自ら多年の吟稿を取りて深く土中に埋む」(原漢文
)とあることが見出されました。古曽部の名が出て来るだけではなく、「吟稿」を「土中」に埋めたという能因伝説が、「詠句」を契機
として「土中」から入定者が蘇生する「二世の縁」の筋と繋がりそうです(この時重要なのは、「二世の縁」の作者が『扶桑隠逸伝』を
読んでいる確率が高いかどうかということです。これを判断するために、和古書の調査や古本屋での探索の経験、そして近世出版に関わ
る知識など基本的な経験・技術と学識がものをいいます。師や先輩から直接学ぶのは、そういう技術や知識です)。市井の隠逸者ともい
える秋成は『扶桑隠逸伝』中の他の登場人物への関心も浅くなく、『扶桑隠逸伝』自体の普及度から言ってもこの書に親しんでいた可能
性は高いのです。
作品(テクスト)の読みへ
ところで「二世の縁」執筆の頃、秋成は自らの多年にわたる原稿を井戸に投棄したという事実があります。自らの文業を私事虚業と
認め、後世の人を惑わしたくないという思い、否、むしろ勝手な解釈をされたくないという死期近い秋成の思いがこの行為には籠められ
ていたでしょう(もちろん文人特有のポーズかもしれませんが)。秋成の行為はあるいは『扶桑隠逸伝』の能因伝説に触発されたもの、
つまり先人能因に倣ったものかと思わせます。ところが秋成の捨てた草稿は、他者によってすぐに引き上げられました。現存する秋成の
自筆原稿の水損の跡は、この事実を生々しく物語っています。草稿の投棄とその引き上げ。秋成の実人生におけるこの出来事が当時から
伝説的に語られていたとすれば、読者もまた「作者秋成」を幻視しつつ「二世の縁」を読んだのではなかったでしょうか。ここまでくる
と作品(テクスト)の読みの問題になってきます。
掘り出された男はみずからの過去を一切語ることがなく、自分自身を規定することもできず、古曽部の人々によって解釈され、意味づ
けられています。秋成の風流文事、あるいは文献一般に対する考え方も、この「定助」に象徴されるような、やがては恣意的に解釈され
意味付けられる虚しい業という認識です。秋成が、掘り出された土中の「定助」と、能因の土中に埋もれた「吟稿」を重ね合わせていた
とすれば、当然そこには秋成自身の引き上げられた草稿(を含む風流人の文事一般)が寓されていると考えられるでしょう。こういった
文事が当人自身にいかに価値あるものと意識されていたとしても、時を経て世に現われた時は大部分が反古同然のものと扱われる運命。
文業のはかなさ、あだごとぶりを認識していた秋成において、それは痛切に自覚されていました…。
「私の研究」と称して一短編の私見を披露してしまいました。深読みかもしれませんが、そもそも「読み」とは可能性の謂いに他なり
ません。注釈から立ち上げる作品(テクスト)論という私の研究のスタイルの一面は伝わったことと思います。貴重な紙面をありがとう
ございました。
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