山口大学農学部 農学部

本学への寄付

月刊農学部長 第11-19号(2019年4月-2020年3月)

月刊農学部長 第11-19号(2019年4月-2020年3月)

月刊農学部長 第19号(2020年3月)

 

退任にあたって

この第19号で私の月刊農学部長は終了です。お読みいただいた方がどれだけいるのか不明ですが、読者のみなさんありがとうございました。学部長として4年間、公私ともにいろいろありましたが、後半の2年間は、この月刊農学部長を書くことで、ちょっとした息抜きとリフレッシュができました。執筆の機会を与えてくれた農学部HP委員会の方々、特に、遅れがちな原稿を辛抱強く待ってくれた委員長の鈴木先生には心より感謝いたします。 COVID-19のパンデミックによる混乱に最後まで振り回され、その真っ只中で学部長を引継ぐという、なんとも締まらない幕切れですが、後任の宮田先生には、精一杯のエールを送らせていただきます。

さて、もうここらでよかろうか・・・・・I shall be released・・・・・おっと、4月からは町内会班長の当番が待っていました。

 

月26日 桜咲く

今年も研究室の学生たちと午前中に桑園の除草を行い、お昼には大学構内の咲き始めた桜の下でちょっと早いお花見をしました(写真1)。年年歳歳花相似、歳歳年年人不同。入学式はありませんが、例年通り満開の桜が新入生を歓迎してくれるでしょう。

 

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月24日 卒業式・修了式中止

日本中の多くの大学同様、山口大学でもこの日に予定されていた卒業式・修了式が(そして4月3日の入学式も)中止となってしまいましたので、学部HPに、卒業生・修了生への学部長の挨拶と各種表彰者のお名前を掲載することにしました。学部長の挨拶は、事前にビデオ撮りして、全学HPの卒業式・修了式特設サイトにアップされました。リハーサルなしのぶっつけ本番の収録だったため、カメラ写りはイマイチでした(家族からは「台本読みすぎ」とか「いつもと違う」など手厳しい指摘がありました)が、心を込めて語った贈る言葉を受け取ってもらえれば幸いです。また、全学の卒業生代表として挨拶を行うはずだった学長表彰者の伊藤爽夏さん(農学部生物資源科学科)には、学部長室で私から学位記、表彰状、記念品などを直接手渡しして、お祝いの言葉と今後の活躍への期待を伝えさせていただきました(写真2)。それ以外の卒業生・修了生の学位記などは原則郵送となりましたが、大学院進学者と一部の希望者は、所属する研究室の指導教員からの手渡しとなりました。私の研究室でも学位記を手渡しして、ささやかながらお祝いに記念撮影をしました(写真3)。晴天で卒業式・修了式日和だっただけに、ウイルスの流行が本当に恨めしく思われました。

 

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月13日&16日 学位(博士)授与式

全国的な新型コロナウイルス感染拡大でさまざまな大型イベントが中止になる中、鳥取大学大学院連合農学研究科と山口大学大学院の学位(博士)授与式が、それぞれ13日と16日に行われました。いずれも時間短縮のために式次第が簡素化され、謝恩会は中止、参加者は学位取得者と学長をはじめとする教員および事務職員限定で、式を見守る親族や友人のいない無観客試合のような授与式になりました。鳥取大学の授与式は、式場となった会議室の窓を開けて換気を行い、学長が挨拶するときにマスクを外す以外は、参加者全員が常時マスク着用で実施されました。幸いにも、当日の鳥取は快晴かつ温暖で、窓を開けていても寒さを感じず、終了後に農学部の玄関で全員揃って記念撮影もできました(さすがに撮影の際だけは全員マスクを外しました)。一方、山口大学の授与式は、広々とした大学会館大ホールで行われ、壇上のわれわれ教員は全員マスク非着用でしたが、学位記は学長から一人一人に手渡しされず、代表者だけに授与されました。終了後、学部長室で、医学系研究科応用分子生命科学系専攻の最後の修了生になられた澄川さんに、指導教員の山田先生と高坂先生の立会いのもと、私から学位記と記念品を手渡ししました(写真4,5)。どちらの学位授与式も、忘れ難い思い出になりそうです。

 

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月刊農学部長 第18号(2020年2月)

 

学部長の任期が残り1ヶ月になり、予定では残務整理と引継ぎを済ませてぼちぼち肩の荷を下ろせるはずでしたが、想定外のCOVID-19の流行で、最後まで気を抜けそうにありません。中国での感染者の増加はピークを過ぎたようですが、それ以外の世界各国での感染者の合計が中国を上回って増加するという新たな局面を迎え、農学部においても感染防止と危機管理に気を引き締めて対応していきたいと思います。

 

月24日 山登り

3連休を利用して家族で東鳳翩山(ひがしほうべんざん)に登ることにしました。快晴で2月としては気温も高く、絶好のハイキング日和になりました。毎日パソコンにむかっての書類作成続きで、完全に鈍っている身体にとっては、かなりのハードワークでしたが、お昼ごろに無事頂上に辿りつきました(写真1)。あいにくスギ花粉のシーズンだったので、深呼吸は出来ませんでしたが、南は山口市内、北は萩に続く山々を見下ろす絶景を堪能しました。前日の山焼きで黒っぽくなった秋吉台も春霞の中におぼろげに確認できました。今年は風向きのせいか、山口市内の自宅にも、山焼きの灰がずいぶん飛んできました。暖かいコーヒーと軽食で一服してから、下山しました。途中から萩往還を通り、鳥のさえずりや満開の梅などを楽しみながら、麓の駐車場に着く頃には、もう足がくたくたになっていました。翌日の前期入試は、快い(?)筋肉痛を感じながらの出動となりましたが、本格的な春の到来を間近に感じた一日でした。

 

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月20日 昆虫食試食会

今年も、井内先生(農学部准教授)の研究室が中心となって、第7回目の昆虫食の試食会が第二学生食堂「きらら」で開催されました。新型コロナウイルスCOVID-19の国内での流行拡大により、2〜3月に全国各地で開催予定だった各種イベントや学会の中止が相次いで決定あるいは検討される中、外部への案内を自粛しての開催となりましたが、それでも農学部の教員、学生、大学院生を主体に50名程度集まって、昆虫食の新作メニューを楽しみました(写真2,3)。バッタの糞茶も用意されましたが、ほうじ茶のような味で飲みやすく、井内先生によるとダイエット効果もあるそうです。バッタといえば、アフリカ東部では、昨年末からサバクトビバッタの大発生により農作物が食い荒らされ、2月2日にはソマリア政府の非常事態宣言が出されました。繁殖に適した環境変化(高温と多雨)が大発生の原因のようですが、現在、アフリカ東部のみならず、紅海沿岸、イラン、パキスタンとインドの国境地帯などでも大発生が起こっているそうです(http://www.fao.org/ag/locusts/common/ecg/75/en/DLrisk495e.jpg)。今年はウイルスだけでなく、バッタにも要注意です。

 

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月13日 カセサート大学とのTV会議システム試運転

山口大学とカセサート大学との大学院国際連携農学生命科学専攻(ジョイントディグリープログラム)の4月スタートを目前に控え、TV会議システムが山口大学農学部大会議室とカセサート大学内の山口大学バンコク国際連携オフィス(写真4)にそれぞれ設置され、この日試運転が行われました。最後の設置準備委員会に出席するためにカセサート大学に滞在中の委員長の山田教授ほか本学農学部の教員および事務職員らが大画面のモニターに現れ、リアルタイムでリモコンによるカメラやPC画面の双方向の操作を確認することができました。ほとんどノイズもなく、クリアな映像と音声でやりとりできるし、タイ側のモニターにも山口大学側の私たちの姿がバッチリ映っています(写真5)。今後、両大学間での会議のみならず学生の指導などにも大いに役立つにちがいありません。全世界に流行が拡大中の新型コロナウイルスなどへの感染リスクも、TV会議システムの積極的活用により軽減できそうです。モニターの向こう側で元気に微笑んでいる本学の方々に「気をつけてお帰り下さい」と告げて試運転は無事終了しました。

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月刊農学部長 第17号(2020年1月)

 

月25日 最後の三本の夜会

三本の夜会は、理・工・農3学部長の親睦を深めるために年に数回開催されますが、今回は野崎理学部長のお世話で湯田温泉街での開催となりました。3月末で学部長任期満了となる私にとっては、これが最後の夜会となるので、引継ぎと顔合わせということで次期農学部長候補者(Coming Soon!)にも同席いただきました。私が4年前に学部長に就任した時は、理・工・農の大学院統合で創成科学研究科が誕生した直後で、共同で取り組むべき課題(しかも前例なし)が次から次へと出てきて対応に手間取りましたが、最初の修了生を輩出する頃には概ね軌道に乗り、今ではすっかり落ち着いたように思います。とはいうものの、共同で取り組むべき課題は、全学的なデータサイエンス専門教育の導入(中心となって推進されている松野前理学部長がこの日は特別参加)を含め尽きることはなさそうです。三本の夜会はこれからも3学部長にとって重要な情報交換の場となることでしょう。ところで、私は何代目の農学部長なのでしょうか?夜会の後、ふと気になったので、歴代農学部長を調べてみたところ、第22代(2回就任された方が二人おられるので実質20人目)でした(表1)。ただし、初代の学部長は初代学長が兼務されていたので、第2代の村山先生(専門は私と同じ昆虫学)が最初に学部長を務めた農学部教員ということになります・・・歴史に興味が出てきたのは歳をとった証拠でしょうか?

 

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月21日 NBRPカイコ運営委員会

わが国のライフサイエンス研究の基礎と基盤となるバイオリソースを整備するために国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が推進しているナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)では、2002年のプロジェクト開始以来5年ごとに各リソースの整備に対する評価と見直しなどが行われ、第4期(2017年〜)に入ってからは、30のリソースの中核的拠点整備が進行しています(https://www.amed.go.jp/content/000026730.pdf)。その中の一つであるカイコについては、第1期から九州大学が中心的拠点となって、リソースの整備を継続的に行ってきました。私は2018年から、このNBRPカイコの運営委員会の委員長を務めることになり、年に一回開催される委員会でリソース整備の進捗状況と課題について委員の方々(私を含めカイコを研究材料として利用している外部の研究者)と議論しております。かつては世界の約60%のシルクを日本が生産し、それに伴って日本国内には数多くのカイコ品種や突然変異系統が蓄積し、遺伝学、病理学、生理学、加工利用学などの研究に利用されてきました。その結果、安価な化学繊維の発明により衣料素材生産におけるカイコの産業的価値が大幅に低下した現在でも、研究用モデル昆虫としての学術的価値は失われていません。今回の運営委員会では、多くの研究者がカイコを利用し、昆虫学のみならず生命科学の新たな発見に役立てることができるようなリソースの充実・拡大に対する多くの要望や意見が出ました。また、今回は、九州大学の箱崎キャンパスから伊都キャンパスに移転間もないカイコバイオリソース研究施設で委員会が開催され、広々とした伊都キャンパスの真新しい飼育施設を見学することもできました。この新天地を拠点とするNBRPカイコの今後の新展開を期待しつつ、移転して博多駅からだいぶ遠くなったなと思いながら、日帰りで山口に帰還しました。

 

 

月刊農学部長 第16号(2019年12月)

 

12月23日 研究室の大掃除

年末が近づいたので、学生たちと研究室の大掃除をしました。平素は週に1回程度床を拭き、たまったゴミを集積所に出しに行くだけですが、大掃除ではエアコンのフィルターや窓のブラインドを外して洗い、窓を拭き、床にはワックスをかけました。山口大学農学部が日本学生支援機構(JASSO)の海外留学支援制度(協定受入)を利用して私たちの研究室に約3ヶ月間短期留学していたUyeeさん(タイのカセサート大学大学院生)も一緒に大掃除を手伝ってくれました。彼女は、25日に帰国するので、掃除終了後、みんなで鍋を囲んで慰労会兼お別れ会をしました(写真1)。彼女は初めての日本での生活をエンジョイしていましたが、冬の寒さは身にしみたようです。それでも、山口滞在中に雪を見られず残念だったと言い残して帰国して行きました。研究室の学生とは日常的に片言の英語で会話しながら、すっかり仲良くなり、帰国後もLINEなどでやりとりしているそうです。今年もいろいろありましたが、綺麗になった研究室で新年を迎えられそうです。

 

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12月17日 タイからの年賀状

来年度スタートする大学院国際連携農学生命科学専攻(ジョイントディグリープログラム)のパートナーのカセサート大学農学部から、早々と年賀状が届きました(写真2)。学部長(Dean)を中心にその補佐をする9名の教員(Associate dean とAssistant Dean)の爽やかな笑顔がとても印象的です。笑う門には福来たる、微笑みの国タイとの連携開始がいよいよ秒読み段階です。

 

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月刊農学部長 第15号(2019年11月)

 

11月29日 鳥取大学大学院連合農学研究科創設30周年記念式典

鳥取大学(基幹校)、島根大学および山口大学で構成される鳥取大学大学院連合農学研究科(鳥取連大)が発足から30年を迎え、構成3大学の学長ほか多数の関係者が集まり、ホテルニューオータニ鳥取で記念式典が開催されました(写真1)。連合農学研究科(連大)は複数の国立大学から構成される博士後期課程だけの農学系大学院で、全国6地区に設置されています。4番目に設置された鳥取連大では、創設以来30年間で1、044名の入学生を受入れて来ましたが、その過半数の567名が留学生(うち441名はアジア出身者)です。そのため、修了生は国内のみならず広く海外で活躍しており、式典後の記念講演会では、チェコ、中国および米国在住の修了生が、連大で身につけた専門性を生かして取り組んできた仕事を、連大時代の思い出とともに紹介してくれました。その後、祝賀会に移り、創設当時を知るOB教員らも交えて、30年間の思い出を語り合い、最後に私が閉会の挨拶をすることになりました。山口大学では、4年前の理系大学院改組により、大学院博士後期課程への進学ルートとして創成科学研究科ライフサイエンス系専攻が加わり、鳥取連大の比重がやや低下することになりましたが、国際的な農学博士を養成する研究科としての重要性は変わっていません。今後の鳥取連大のさらなる発展を祈念してお開きとなりました。

 

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11月23~24日 インドのメル友

つくばで開催された国際会議に出席したインド人のメル友(以下、博士)が、会議終了後、わざわざ山口まで新幹線に乗って訪ねてきてくれました。以前に実施した科学研究費の研究課題「東〜南アジアの野蚕NPVの防除と利用に役立つ比較ゲノム解析」で、インドサクサンという野蚕(絹糸を生産するカイコよりも大型の蛾の仲間)から分離したNPV(昆虫病原ウイルスの一種)のゲノムDNAの配列決定に協力していただいて以来の付き合いです。私にとって本当にありがたい研究協力者なのですが、これまでのやり取りはほぼ全て電子メールで、実際にお会いするのは今回が初めてでした。新幹線の改札口で待ち合わせ、私の車で秋吉台を案内した後に、100円ショップに立ち寄ることになりました。博士はつくばの研究所に数年間研究員として滞在したことがあるので、日本の事情には詳しく、インドへのお土産は100円ショップで仕入れるのが恒例になっているそうです。なお、私へのお土産は、木彫りの象とインドのお菓子でした(写真2)。1時間ほどで袋いっぱいの買い物をしてから、大学に立ち寄り、その後、一緒に夕食と会話を楽しみました。その中で、研究当初、私自身がインド北東部で野蚕のウイルスを探したこと(収穫ゼロ)、その際に第二次世界大戦において日本軍が大敗を喫したインパール作戦の舞台となったマニプール州の飼育現場(写真3)も訪れたこと、その作戦に従軍した私の亡父は生き延びて捕虜となり、終戦後帰国してから私が生まれたので、インド訪問に何やら不思議な因縁のようなものを感じたことなども話しました。遺伝学的に言えば、私が父から受け継いだDNAは、インパールにおいて消滅の危機を乗り越えたものなのです。博士は、翌日(24日)の午前中に広島の原爆記念館を見物してから、帰国の途につきましたが、同じ日の午後にはローマ教皇が広島を訪問し、「戦争はもういらない」と平和を願うメッセージを発信されました。大学人として、教育研究における国際交流を通じて世界平和に少しでも貢献しようという思いを強くしました。

 

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月刊農学部長 第14号(2019年10月)

 

10月26日 ホームカミングデー

卒業生や地域の方々を大学に迎え、親睦を深めるためのホームカミングデーが開催されました。今年で第7回目となりますが、昨年から理学部のサイエンスワールドと同時開催となり、多くの親子連れで各学部の企画が賑わうようになりました。今年の農学部の企画は、昨年好評だった昆虫食試食会をコアに、昆虫関連の展示を増やして「昆虫を観て、光らせて、食べてみよう(?!)」になりましたが、800人越えの来場者があり、用意した昆虫食は終了時間を待たずになくなってしまいました(写真1と2)。私の庭で獲れた蜂の子(第11号参照)も井内先生(写真3)がメニューに加えてくれました。なお、来年はもっと蜂の巣が大きくなってから収獲してほしいという要望がありましたが、命がけの作業になりそうなので丁重にお断りしました。他にも、光るカイコの繭(第2号参照)と昆虫細胞(第6号参照)や、竹松先生に提供いただいた外国産の大型ゴキブリの展示も好評で、家で飼育したいとゴキブリを持ち帰るお子様も多数おられました。関係者の皆様、一日お疲れ様でした。

 

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10月10~11日 全国農学系学部長会議

今年の秋の全国会議は山口大学の農学部と共同獣医学部が当番校を務め、湯田温泉のホテルニュータナカで開催しました。両学部の事務職員の方々がしっかりと準備をしてくださったので、私は議長としてひたすら進行メモに従って会議を時間通りに進めることに努め、二日間の日程を無事乗り切ることができました。農学部の山田先生には、これまでの中高温微生物研究の成果と今後の展望についての特別講演で、会議を盛り上げていただきました。1日目の会議終了後の情報交換会では、春の全国会議の挨拶(第11号参照)で予告した地酒とふぐを用意したところ、参加者の皆様に大いに満足いただいたようで、「来年も山口で」という冗談発言をされる方もおられました。実のところ、超大型の台風19号が日本に向かって北上中で、開催日が一日でも遅かったら、多くの方が帰れなくなるところでした。会議は間一髪セーフでしたが、その後の台風による各地での被害を思うと、無邪気に喜んでいられない気分です。会議終了後の18日には、佐藤共同獣医学部長とともに、裏方として会議を成功に導いて下さった事務職員の方々を招いて、ささやかながらお礼の気持ちを込めてFAVOで慰労会を開きました。

 

 

 

月刊農学部長 第13号(2019年9月)

 

9月28日 彼岸花

後期授業開始直前の週末に床屋に行きました。暑さ寒さも彼岸までといいますが、彼岸を過ぎてもうすぐ10月だというのに気温が30℃まで上昇したので、タンスの奥から一度しまった半袖シャツを引き出し、着用してでかけました。床屋からの帰り道、九田川沿いに咲き乱れる真っ赤な彼岸花を眺めながら歩いていると、真っ白な彼岸花がポツンと咲いているのに気がつきました。彼岸花はほとんど3倍体なので、赤い花が突然変異で白くなる可能性は非常に低いと思われます。私が不思議そうに眺めて写真(写真4)を撮っていると、川沿いにお住いの方が「実はこれは私が植えたのです。」と種明かしをしてくれました。ちなみに、彼岸花はもともと中国原産で、稲作伝来の時にいっしょに持ち込まれたと考えられており、白い彼岸花は、赤い彼岸花(2倍体)と黄色いショウキズイセンの自然交雑で生まれたと言われています。次の彼岸も床屋に行けばこの白い彼岸花を眺めることができそうです。なお、この日は、ワールドカップ・ラグビーで日本(赤と白のジャージ)がアイルランド(緑のジャージ)に歴史的勝利を収めました。

 

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9月26日 FAVOプレオープン

農学部前に建築中だった新しい福利厚生施設FAVOが、いよいよ10月1日にグランドオープンするのに先立ち、プレオープンの招待券をもらったので、見物に行ってきました。2階建ての1階はレストランやベーカリーなどの飲食スペースで、2階には書店やワークショップルームなどがあります。きっと、これから学生たちで大いに賑わうことになるでしょう。招待券と引き換えに1、200円分の購入に使えるICカードがもらえたので、研究室の学生へのお土産にパンを1、200円分買うことにしました。パンを選びながら値段を暗算で計算していると、途中から計算が怪しくなりましたが、おそるおそる選んだパン8個(写真3)をレジに持っていくと合計1,196円でした。「うまく買いましたね。」とレジ係の方に褒められて(?)、気分を良くして研究室に戻り、学生たちとおいしくいただきました。

 

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9月20日 中国・四国地区農学系学部長会議

今年は島根大学が当番校(昨年は山口大学でした。第4号参照)を務め、松江で開催されました。大学院進学者の確保や教員人事凍結への対応について、各大学の状況や取組みが紹介され、同じような問題を抱えつつ、しっかり教育・研究を推進していかなければならないという共通認識を深め、2時間の会議が終わりました。会議終了後、情報交換会では島根大学のオリジナル焼酎「神在(かみあり)の里」と収穫したばかりのシャインマスカットが振舞われ、どちらも大変おいしかったです。松江と山口は、特急で片道3時間半、往復7時間かかるので、夜は松江に1泊することになりました。翌日の土曜日は移動だけなので、少し足を伸ばして安来の「足立美術館」を見物することにしました。接近中の台風17号の影響でときどき小雨が降りましたが、2003年から16年連続で日本一に選ばれている庭園(写真1と2)と横山大観コレクションを始めとするすばらしい日本画を堪能し、無事帰途につきました。

 

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月刊農学部長 第12号(2019年8月)

 

8月31日 全国農学系学部長会議役員会

 10月に山口で共同獣医学部と共同開催する第141回全国農学系学部長会議の当番校学部長として、東京大学農学部で開催された役員会に福岡事務長と出席し、会議日程(案)を説明してきました。山口大学が当番校になるのは3回目で、1回目は昭和36年(58年前)、2回目は平成3年(28年前)なので、だいたい30年周期で回ってくるようです。その周期と私の学部長の任期が重なったのは単なる偶然ですが、30年後再び山口大学が当番校になるとしたら、その時農学部長を務めるのは、現在35歳以下の教員ということになり、これから採用される若手教員の可能性も高そうです。実際、私も28年前にはまだ山口大学にはおりませんでした。それはさておき、いよいよこれから開催に向けて本格的に準備開始です。

 

8月10日 オープンキャンパス

令和元年の農学部オープンキャンパスには、昨年同様、多くの高校生とその保護者の方が訪れ、模擬授業、模擬実験、施設見学などの企画に参加いただきました。展示や相談コーナーのあるインフォメーションも盛況で、用意した試食用のパンやスイーツは終了前に全てなくなってしまいました。今年は、暑さ対策としてミストファンを購入し、農学部玄関に設置したので、例年よりも涼しい風とともに心地よく来場いただけたのではないかと思います。農学部説明会冒頭の学部長挨拶では、「農学部は人の役に立つ生き物を育て、同じように社会に貢献できる人材として学生を大切に育てる学部です。」というメッセージを4年間伝えてきましたが、今回の参加者のアンケートの中に「子供達1人1人の個性を大切に育ててくださっている大学に、ぜひ自分の子供も進学してほしいと思いました。」という保護者の方の感想を見つけました。入学を心よりお待ちしております。

 

8月4日 運転免許更新

5年ぶりの運転免許更新時期になったので、日曜日の休みを利用して、小郡の山口県総合交通センターで手続きをしました。免許を取得したのは大学3年で、ちょうど40年前になります。きっかけは、農場実習でトラクターに乗って楽しかったからという単純な理由でした。当時の農学部の同級生の多くはすでに運転免許を取得済みで、トラクターはブレーキではなくクラッチを切って停止させることや、ハンドルではなく左右の独立ブレーキを踏んで回転するといった、自動車とトラクターの操縦法の違いに戸惑っていましたが、いきなりトラクターに乗った私は、逆にその後の教習所での自動車の運転で戸惑うことになりました。免許取得後、私の移動様式は、鉄道から車に大きくシフトしました。大学院時代(写真左、最初の愛車となった三菱・ミラージュ)は、北は盛岡、西は福岡までと遠方の学会にはほとんど車で出かけました。就職後、在外研究員としてカナダのモントリオールに1年間滞在した時(写真右、中古車ながら雪道にも強かったマーキュリー・トパーズ)は、東は大西洋、西はナイアガラ、南は国境を越えてボストンまで週末のドライブを満喫しました。その後は、ガソリンの値上がりに、仕事疲れと体力的衰えが加わり、長距離運転の頻度は低下の一途です(温室効果ガス削減には貢献?)。今回の更新では、無事故無違反により優良運転者免許証(いわゆるゴールド免許)が交付されましたが、受取る前の講習では、高齢者(70歳以上)の免許更新に関する最近の道路交通法の改正について説明がありました。次々回の免許更新では私も高齢者となります。自動運転技術の進歩にもよりますが、おそらくその頃までに、免許の自主返納時期を考えることになるでしょう。

 

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月刊農学部長 第11号(2019年4~7月)

 

多忙のため休刊しておりましたところ、次号はいつ発刊されるのかという問い合わせがありました。知らないうちに読者が増えていたようで、ちょっとテンションが上がりました。それでは、お待ちかね?の第11号(4月から7月までの4ヶ月合併号)をお届けいたします。

 

7月31日 草刈り

 オープンキャンパスが近づいたので、研究室の学生たちとともに恒例の桑園の草刈りを行いました。今年の梅雨明けはちょうど1週間前(24日)と例年よりだいぶ遅かったのですが、それ以降は連日猛暑で、この日も35℃近い炎天下、熱中症に気をつけながら伸び放題になっていた雑草と格闘しました。文字通りの熱闘後、クーラーの効いた研究室に戻り、みんなで冷えたスイカにかぶりついて、生き返りました。なお、還暦祝いで作業用のつなぎの色を青(月刊学部長第2号参照)から赤(写真)に変えました。ちなみに帽子は(第7号のネクタイも)カセサート大学農学部長からのプレゼント、しっかりジョイントしています。

 

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6月27日 ジョイント・ディグリー・プログラム設置認可

 山口大学とタイのカセサート大学の大学院修士課程に国際連携農学生命科学専攻を共同設置することが、大学設置・学校法人審議会での審査を経て文部科学省から認可されました。これにより、両大学から修士の学位を同時に取得できるジョイント・ディグリー・プログラムが、いよいよ来春からスタートすることになりました。このプログラムを立案し、カセサート大学との交渉にあたってこられた前学部長の山田先生をはじめ、山口大学とカセサート大学の多くの関係者の協力と支援に心から感謝しつつ、来春からプログラムが順調にスタートできるように準備を進め、新しい学部長に引き継いでいこうと気を引き締めました。

 

6月23日 スズメバチだっ!

 日曜日に久しぶりに庭木の剪定をしようとしたところ、枝にスズメバチの巣ができているのに気がつきました。まだ、巣はそれほど大きくはなっていなかったので、家に常備してある商売道具の捕虫網と殺虫剤を駆使して、なんとか成虫を追い払い、巣を解体しました。中には卵、幼虫、蛹とさまざまな発育段階のハチの子たちが育っており(写真左)、取り出して冷凍保存しておいたところ(写真右)、後日、昆虫食に造詣の深い農学部の井内先生が引き取ってくれました。今年の昆虫食試食会で新メニューを披露してくれるでしょうか?楽しみです。

 

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6月20日 附属農場内覧会

 大学の支援で附属農場の牛舎や実習棟などを施設改修できたので、学長・理事らを招いて、改修された施設の内覧会を行いました。お昼休みということで、農場産小麦で作ったパンとラーメンも試食いただき、皆さんに喜んでいただけたようで、農場らしいお礼ができたのではないかと思います。梅雨時で雨天を心配していたのですが、農場長の竹松先生(自称晴れ女)の威力なのか、暑すぎるほどの晴天になり、無事内覧会を終えることができました。それにしても、新しい牛舎で牛の出産ショーまで見ることができるとは思いませんでした。

 

6月13日 ホタルの恋川

 梅雨入り直前の天気の良い夜に、研究室の学生とホタル鑑賞に出かけました。大学から車で1時間近くかけて日没直前に秋芳町青景地区を流れる恋川に到着しました。この場所は、10年以上前に農学部の高橋先生に「わくわく村ほたる見の会」に誘っていただいた時に初めて知ったのですが、それまで見たこともないようなたくさんのゲンジボタルが演じる光の饗宴に圧倒され以来、ほぼ毎年のように家族あるいは学生たちとホタルを見に訪れています。今回も、日が暮れてあたりが暗くなるとともに、川沿いの草むらや木々の間でホタルが次々と光り始め、やがて舞い上がって大集団を形成し、明滅リズムの同調が起こり、感動的な光の饗宴が目の前で繰り広げられました(写真にうまく撮れないのが残念)。約1時間ホタルに囲まれて忙しい日々を忘れて過ごし、大学に戻った時には夜9時を過ぎていました。ホタルには癒しの昆虫力があるようです。

 

6月6~7日 全国農学系部長会議

 春の全国農学系学部長会議が東京の学士会館で開催されました。令和になって最初のこの会議では、参加費の事前オンライン決済と全ての会議資料のPDF化が初めて導入され、これまでの受付デスク前で順番を待つ行列がなくなり、会議終了後宅急便で分厚い資料を送る必要もなくなりました。私たちが山口で開催する次回(秋)の会議でも、このシステムを踏襲していこうと事務長らと話し合いました。情報交換会(懇親会)では、酔いが回ってから次回開催の挨拶の順番がきたので、会議の日程などを伝えるのを忘れ、懇親会でのおもてなしの話題で盛り上げてしまいました。翌日の会議の最後に、次回の会議を共同開催する共同獣医学部長の佐藤先生から、私が伝え忘れたことも含めてしっかり挨拶して下さいました。ナイス・フォロー(和製英語だそうで、英語ではgood supportなどと言わないと通じないようです)。

 

5月1日 令和元年

 平成が終わり、令和元年がスタートしました。改元に伴い今年のゴールデンウィークは10連休になったので、父の33回忌と兄の13 回忌の墓参りのために東京に出かけてきました。父は大正〜昭和、兄は昭和〜平成と改元を1回経験していますが、私は昭和〜平成〜令和と改元を二度体験することになりました。私が小学生の頃は、明治生まれのご老人は身の回りにそれほど多くはなかったと思いますが、長寿国日本の令和生まれの小学生にとっては、私を含め昭和生まれの高齢者はどこにでもいる存在になることでしょう。そういう違いはあるものの、令和と昭和の日本は少し似たところがあるような気もします。東京オリンピック(昭和39年と令和2年)、大阪万博(昭和45年と令和7年)そして新幹線開業(昭和39年東海道と令和9年中央)と昭和生まれにとってデジャブ(déjà-vu)なイベントのオンパレードです。故人を偲びつつ、令和元年初日の新幹線のぞみに乗って山口に戻りました。

 

4月15日 中高温微生物研究センター開所式

 農学部では、中高温微生物研究を特色・強みの一つとしてミッションに掲げ、2009年に農学部附属の研究センターを発足させて推進してきましたが、2014年からは、共同獣医学部、工学部、理学部、医学部の研究者も加わって、全学的な研究拠点の一つとなり、国内外との共同研究活動を展開してきました。研究センターといっても、これまでは、それぞれの研究者の連携によるバーチャルな組織でしたが、昨年からボイラー棟の改修工事が始まり、ついに念願の中高温微生物研究センター棟が完成しました。開所式には、学内外から多くの関係者が出席され、これからの中高温微生物研究に対する関心の高さが感じられました。。農学部を代表して私もテープカットに加わりましたが、初めてのことなので、切った後でリボンをうまくつかめずに落としてしまうという失態を演じてしまいました(関係者の皆様、ごめんなさい)。それはさておき、中高温微生物研究センターが全国共同利用施設を目指して発展していく可能性を大いに期待させてくれた開所式でした。

 

4月4~5日 農学部新入生オリエンテーション

 本年度は農学部長の任期(通算4年)の最終年度で、新入生を農学部長として迎えるのも最後となりました。昨年度までと同様、充実した大学生活を過ごしてもらいたいという思いで挨拶いたしました。また、今年は新入生のうち13名の修学指導を担当するローテーションが巡ってきました。この中から私の研究室で卒業研究を行うことになる学生が現れるかも知れないという楽しみと、5年後に定年を迎えるので大学院まではお付き合いできないなという哀愁の入り混じった複雑な心境の新学期となりました。

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