7月19日の朝日新聞5面に, インド支局(ニューデリー)の窓のひさしのハチの巣の話がありました. そのハチの巣の周りに, 20匹以上がブンブン舞っていたそうです. そのうち一匹が室内に入って来ます. 支局の鈴木暁子記者は, ハチが世界的に開発や環境問題が原因で減っていることが頭によぎり, ハチに刺されるのを覚悟して, ポリ袋でハチを捕まえて, 外に逃がしたそうです (ポリ袋ではかなり危ないかと思います.). 鈴木記者の奮闘空しく, 鈴木記者外出中にハチの巣は駆除されてしまいました.
20年近く前の話, 私が大学院生のとき, 初めて海外に行きました. 行先は, インドのアラハバード(ニューデリーと同じウッタルプラデーシュ州)にあるハリシュチャンドラ研究所です. 研究所のすぐ横にガンジス川が流れており, 夕方になるとサードゥー(修行者)らしき人たちのマントラらしきものが聞こえることもありました. 「人身受け難し今すでに受く」 と言われますが, インドで数学をするというとても得難い機会でした. その研究所の研究室の窓の外側に大きなハチの巣がありました. 窓は完全に閉まっていたので, ハチに刺される心配はないのですが, インド人の先生に「危なくないのですか」と聞きましたら, 「ハチの巣に近寄らなければ大丈夫, 心配するな」と返ってきました. さすが, お釈迦さんの国だなぁと思ったのを覚えています. 19日の新聞記事を見て, 今のインドではハチの巣を駆除するかと思いました.
「十訓抄」にこんな話があります. 藤原宗輔(ふじわらのむねすけ, 京極太政大臣, 1077-1162)は, 蜂をたくさん飼っていて, 蜂に「なんとか丸」, 「かんとか丸」などと名前をつけていたそうです. 宗輔の家来がヘマをすると宗輔が「なんとか丸! あいつを刺して来い!」と言い, なんとか丸はその通りにするそうです. 宗輔がハチに向かって「とまれ!」と言うと, ハチはとまるそうです. 「十訓抄」には, 宗輔は不思議な徳を備えていると書かれていますが, 徳のある人が, そんなことしたらダメでしょうと私は思います. しかし, 私にもそのような能力があれば私も行使するかも. 「アイツをプチっとやってこい!」とか. まぁ, それはさておき, 鳥羽上皇の離宮(現在の京都市伏見区にあったとされる離宮, 今の城南宮あたり?) にあったハチの巣が落ちて, 中からハチがたくさん出て, 鳥羽上皇の近くをハチがブンブン飛び回ります. 人々は鳥羽上皇を差し置いて, 逃げ回り大騒ぎになります. その場にいた宗輔は鳥羽上皇の前にあったおいしそうな枇杷の実一房を取り, 実の皮をむいて, それを高く上げます. ハチは吸い寄せられるかのように, 宗輔が手にしている枇杷の実の房にとまり, 飛び回らなくなったそうです. 騒動が収まり, 鳥羽上皇は藤原宗輔を大変褒めたそうです. 日本でも昔は, ハチの巣はほったらかしだったのかも知れません. でも, ハチは怖いですね. 理学部の建物にもハチの巣はできますのでお気を付けください. (南出)
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参考文献
- 朝日新聞 2026年 7月19日(日) 5面 「特派員メモ 蜂の恩返し こないかな」
- 浅見和彦 校注・訳 「十訓抄」(新編日本古典文学全集), 小学館, 1997. (p. 36,37)
(この本は山口大学総合図書館にあります.)

