好熱性細菌 Geobacillus stearothermophilus のゲノム多様性を解明 ―生息環境に応じた進化的分化を発見―
山口大学大学院創成科学研究科の荒金青空 大学院生(修士課程1年)と、山口大学大学研究推進機構 中高温微生物研究センターの前野慎太朗助教及び同センターの佐藤悠助教、国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所 病原体ゲノム解析研究センターの橋野正紀主任研究員らの研究グループは、耐熱性細菌 Geobacillus stearothermophilus の大規模比較ゲノム解析を行い、同一種内においても生息環境に応じた遺伝的・機能的分化が進行していることを明らかにしました。
本研究では、食品製造環境由来株と、温泉・油田などの自然熱環境由来株との間で、代謝関連遺伝子や輸送系遺伝子の構成に違いが存在することを明らかにしました。また、近年細菌分類で広く用いられているゲノム類似度指標(ANI(Average Nucleotide Identity)およびdDDH(digital DNA-DNA hybridization))を用いた解析から、細菌種の境界が必ずしも明確ではないことも示されました。
本研究成果は、2026年6月12日(英国時間)にSpringer Nature「Scientific Reports」誌で公開されました。
研究成果のポイント
G. stearothermophilus 36株のゲノム比較解析により、菌株群が生息地に合わせて大きく2つのクラスターに分かれることを明らかにしました。
食品関連環境由来グループと、温泉・油田など自然熱環境由来グループとの間で、炭水化物代謝、脂肪酸分解、輸送系などに関連する遺伝子構成に違いがみられ、生息環境に応じた機能分化の可能性が示されました。これにより今後、本菌を産業利用する際の菌株選択に有用な知見となる可能性があります。
細菌の同定に用いられるANIおよびdDDH解析では、一部菌株が同一種か異なる種かどうかの境界付近の値を示し、細菌分類における固定的な閾値のみでは説明が難しい連続的な多様化の存在が示唆されました。
研究の背景
G. stearothermophilus は、高温環境で増殖可能な芽胞形成細菌であり、食品製造環境、温泉、油田など幅広い環境から分離される耐熱性細菌です。特に食品産業では、高温環境でも生残可能な菌として知られており、食品衛生や製造管理の観点から重要視されています。
一方で、本菌種内におけるゲノム多様性や進化的構造については十分に理解されておらず、同一種内でどの程度の機能的分化が存在するのかは不明でした。また近年、細菌分類では全ゲノム情報を用いたANI(Average Nucleotide Identity)やdDDH(digital DNA-DNA hybridization)が広く利用されていますが、種境界付近の菌株では分類結果の解釈が課題となる場合があります。
本研究では、 G. stearothermophilus の系統構造、生息環境との関連、およびゲノム分類指標の挙動を包括的に解析することを目的としました。
研究の概要
本研究では、新たに取得した5株を含む36株の G. stearothermophilus 株について比較ゲノム解析を実施しました。各菌株についてANI、dDDH、系統解析、遺伝子機能比較などを行い、菌株間のゲノム構造や機能差を評価しました。
その結果、菌株群は大きく2つのクラスターに分かれ、一方は食品関連環境由来株が多く、もう一方は温泉・油田など自然熱環境由来株が多いことが明らかとなりました。さらに、自然熱環境由来株では、炭水化物利用、脂肪酸分解、エネルギー代謝、輸送系に関連する遺伝子群が比較的多く保持されていました。他方、食品関連環境由来株では、比較的小型化したゲノム構造が確認されました。
また、ANIおよびdDDH解析では、一部菌株が種境界付近の値を示し、ゲノム分類指標のみでは明確に区分しきれない連続的な分化パターンが観察されました。
研究の成果
本研究では、G. stearothermophilus の比較ゲノム解析を通じて、同一種内においても生息環境に応じた遺伝的・機能的分化が進行していることを明らかにしました。特に、食品関連環境由来株と、温泉・油田などの自然熱環境由来株との間で、ゲノム構造や保持する機能遺伝子に違いがみられました。
- 生息環境に応じた機能分化の可能性
自然熱環境由来株では、炭水化物利用や脂肪酸分解、輸送系などに関与する遺伝子が比較的多く保持されていました。一方、食品関連環境由来株では、比較的小型化したゲノム構造が確認されました。これらの結果から、異なる環境条件への適応に伴い、同一種内でも機能的な分化が進行している可能性が示唆されました。 - 細菌分類における課題
ANIおよびdDDHを用いた解析では、一部菌株が種境界付近の値を示しました。これらの結果は、細菌分類において広く利用されている固定的な閾値のみでは、連続的なゲノム多様性を十分に説明できない可能性を示しています。本研究は、ゲノム情報に基づく細菌分類や進化解析を考える上で重要な知見を提供するものです。

図1 G. stearothermophilus 株群の系統構造と生息環境との対応
研究の展開
今後は、今回明らかとなったクラスター間の遺伝子差と実際の生理機能との関連を実験的に検証し、環境適応機構の解明を進める予定です。
また、本研究で示された「種境界付近に連続的な多様性が存在する」という知見は、Geobacillus 属や環境細菌のみならず、腸内細菌や乳酸菌をはじめとする多くの細菌群におけるゲノム分類の再検討にもつながる可能性があります。
掲載論文
- 題名:Genome-wide analysis reveals structured ecological and functional divergence within Geobacillus stearothermophilus
- 著者名: Seira Arakane, Yu Sato, Masanori Hashino, and Shintaro Maeno
- 掲載誌: Scientific Reports
- 掲載URL:https://doi.org/10.1038/s41598-026-55928-5
問い合わせ先
- <研究に関すること>
山口大学 大学研究推進機構 中高温微生物研究センター
助教 前野 慎太朗(マエノ シンタロウ)
TEL:083-933-5824
E-mail:maeno.s@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp) - <報道に関すること>
山口大学総務部総務課広報室
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