国立大学法人 山口大学

本学への寄付

リスザルのサイトメガロウイルスから、霊長類の免疫分子によく似た特殊なタンパク質を発見 ~ウイルスと宿主の間で「遺伝子のやり取り」が行われてきた可能性を示唆~

 

発表のポイント

  • リスザルサイトメガロウイルスが持つS9タンパク質が、霊長類の免疫分子であるMHCクラスI分子と非常によく似ていることを発見した。
  • リスザルサイトメガロウイルスのS9遺伝子は、宿主であるリスザルを含む「新世界ザル」のMHCクラスI遺伝子ではなく、「旧世界ザル」のMHCクラスI遺伝子と近縁な関係にあることを明らかにした。
  • 宿主由来の免疫分子によく似ているが完全には同一ではないタンパク質を持つウイルスが「宿主の壁」を越えた場合、新たな宿主の免疫システムに予想外の影響を及ぼす可能性があることを示す重要な知見を得た。

研究概要

 名古屋大学大学院生命農学研究科の本道 栄一 教授、飯田 敦夫 助教、東京農工大学農学部附属感染症未来疫学研究センターの水谷 哲也 教授、山口大学共同獣医学部の下田 宙 准教授らの研究グループは、リスザルに感染するサイトメガロウイルス(Saimiriine herpesvirus 4: SBHV4)から、霊長類のMHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラスI分子と非常によく似たS9タンパク質を発見しました。S9タンパク質は、ヒトMHCクラスI分子HLA-Aと約60%のアミノ酸配列が一致し、それ以上に、立体構造がよく似ていることが分かりました。
 さらに、S9遺伝子がどの動物のMHCクラスI遺伝子と進化的に近い関係にあるのかを詳しく解析しました。S9遺伝子は、リスザルを含む新世界ザルではなく、旧世界ザルのMHCクラスI遺伝子と近い関係を示しました。
 一般にサイトメガロウイルスは特定の宿主に高度に適応していますが、今回の発見は、長い進化の歴史の中で、宿主とサイトメガロウイルスの間に複雑な遺伝子のやり取りが行われてきた可能性を示す重要な手掛かりです。また、S9タンパク質のように宿主の免疫分子と非常によく似ていながら完全には同じではないタンパク質を持つウイルスが、「宿主の壁」を越えた場合に新たな宿主の免疫系とどのように相互作用するのかを理解する上でも、重要な基礎的知見となります。
 本研究成果は、2026年9月9日付でSpringer-Nature社 『Scientific Reports』誌に掲載されました。

研究背景と内容

 私たちの体には、侵入してきたウイルスや細菌などの異物を見つけ出し、排除するための精巧な免疫システムがあります。その中心的な役割を担っている分子の一つが、MHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラスIです。MHCクラスI分子は、細胞の表面に存在し、細胞の中で作られたタンパク質の一部を「提示」することで、免疫細胞に「この細胞に何が起きているのか」を知らせています。

 今回、私たちは、リスザルに感染するサイトメガロウイルスから、霊長類のMHCクラスI分子と非常によく似た、特殊なウイルスタンパク質を発見しました。それは、リスザルサイトメガロウイルス(Saimiriine herpesvirus 4: SBHV4)のS9タンパク質です。
 世の中で知られているすべてのウイルスタンパク質(約186万種類)と、ヒトの全タンパク質の類似性を検索したところ、S9タンパク質は、ヒトのMHCクラスI分子であるHLA-Aと、アミノ酸配列の約6割が一致し、HLA-Aの大部分の領域で高い類似性を示しました。これは、これまでに確認されていたウイルスタンパク質とヒトタンパク質の類似例の中でも、非常に際立ったものでした。

 さらに、タンパク質の立体構造を解析したところ、S9タンパク質は、HLA-Aと全体の形までよく似ていました(下図:上段SBHV4-S9がS9タンパク質の構造(マゼンタ)。HLA-AがヒトMHCクラスIタンパク質の構造(シアン)。互いによく似ています。二つを重ね合わせると、AとBの部分で特に違いがあります)。人間の顔は互いによく似ていても、細かく見ると個人によって異なるように、S9タンパク質とHLA-Aも基本的な構造はよく似ている一方で、分子の一部には明確な違いが見られました。この「よく似ているが、同じではない」という特徴が、今回の研究の重要なポイントの一つです。

 では、このウイルスのS9タンパク質は、いったいどこから来たのでしょうか?そこで私たちは、S9遺伝子が、どのような動物のMHCクラスI遺伝子と最も近い関係にあるのかを調べました。最初に、魚から哺乳類まで幅広い動物種について調べたところ、S9遺伝子は霊長類のMHCクラスI遺伝子に近いことが分かりました。

 次に、ゲノム情報が利用できるすべての霊長類種について、DNA配列からMHCクラスI遺伝子の予測を行い、それが本当にMHCクラスI遺伝子であるかを厳しく検証しました。そして、厳選した霊長類のMHCクラスI遺伝子を使って、ウイルスのS9遺伝子が、どの霊長類のMHCクラスI遺伝子に最も近いのかを詳しく調べました。
 通常、遺伝子の「系統樹」を作れば、その遺伝子がどの生物の遺伝子と近縁なのかを推定できます。しかし、MHCクラスI遺伝子は、系統関係を調べる対象として非常に難しい遺伝子の一つです。その理由は、MHCクラスI遺伝子が、長い進化の過程で病原体との相互作用による自然選択の影響を受けるとともに、遺伝子の重複や組み換えなど、さまざまな進化過程を経験してきたためです。同じ動物種の中でも多くのタイプが存在するだけでなく、遺伝子の重複や組み換え、遺伝子変換などが繰り返されてきました。その結果、動物そのものの進化の歴史と、MHC遺伝子の進化の歴史が必ずしも一致しないのです。

 今回の研究では、このようなMHCクラスI遺伝子の複雑な進化を考慮しながら、S9タンパク質がどの霊長類のMHCクラスI遺伝子に近いのかを調べました。単純に一つの系統樹を作るだけではなく、MHCクラスI遺伝子の中でも特に進化の影響を受けやすい部分を考慮し、その領域を除いた解析など、複数の方法で検証しました。その結果、興味深いことが分かりました。

リスザルのウイルスなのに、MHCは「新世界ザル」より「旧世界ザル」に近かった

 リスザルは南米などに生息する新世界ザルに分類されます。ところが、SBHV4のS9タンパク質は、系統解析を行うと、リスザルを含む新世界ザルではなく、アフリカなどに生息する旧世界ザルのMHCクラスI分子に最も近い位置を示しました。この関係は、MHCクラスI遺伝子全体を用いた解析だけでなく、進化の影響を強く受けやすい抗原ペプチド結合部位を除いた解析でも確認されました。特に、オナガザル属などの旧世界ザルのMHCクラスI遺伝子との近縁性が示されました。

 これは、一見すると不思議な結果です。なぜなら、このウイルスは新世界ザルであるリスザルに由来するからです。サイトメガロウイルスは一般に、決まった宿主に適応しており、異なる宿主種に感染することは容易ではありません。このような特徴を持ちながら、なぜ南米のリスザルに感染するリスザルサイトメガロウイルスのS9遺伝子が、アフリカのオナガザルなど旧世界ザルのMHCクラスI遺伝子に近いのか、いまだ大きな謎です。

 今回の研究では、残念ながら「ウイルスは、○○という旧世界ザルから直接遺伝子を獲得した」とまでは言えません。MHCクラスI遺伝子は非常に複雑な進化をしているため、正確にどの動物の遺伝子を起源とするのか、いつ、どのような仕組みでウイルスの中に取り込まれたのかは、まだ分かっていません。それでも、S9タンパク質が旧世界ザルのMHCクラスI遺伝子と一貫して近い関係を示したことは、このタンパク質の進化の歴史を考える上で重要な手掛かりになります。

ウイルスが「宿主の壁」を越えたときに何が起こるのか

 サイトメガロウイルスは、一般に特定の宿主種に高度に適応しており、異なる動物種へ感染することは容易ではありません。しかし、ウイルスの長い進化の歴史を考えると、宿主種を越えた感染や、それに伴う新たな宿主への適応が起きる可能性を完全に排除することはできません。今回、リスザルのウイルスが旧世界ザルのMHCクラスI遺伝子と近い関係を示したという事実は、まさにそのような可能性を考える上で興味深い手掛かりです。

 S9タンパク質は、MHCクラスI分子と非常によく似ていますが、同じではありません。立体構造が全体としてはよく似ている一方で、分子の一部には明確な違いがあります。この違いは、本来の宿主であるリスザルでは大きな問題ではないかもしれません。しかし、もしウイルスが本来とは異なる宿主へ感染し、S9タンパク質がその宿主の免疫系と相互作用した場合には、その違いが予想外の影響を及ぼす可能性も考えられます。

 例えば、MHCクラスI分子と似ていながら一部が異なるタンパク質は、宿主の免疫細胞によってどのように認識されるのか、あるいは免疫細胞の働きをどの程度変化させるのかは、宿主が変われば異なる可能性があります。その結果、通常の宿主では見られないような免疫応答の変化が起こる可能性も否定できません。

 今後、S9タンパク質がどの免疫細胞の分子と結合するのか、どのように免疫系に作用するのかを詳しく調べることにより、ウイルスが宿主の免疫システムをどのように利用し、また、宿主が変わった場合に、どのような相互作用が起こり得るのかを理解することにつながると期待されます。

 今回の発見は、宿主に高度に適応してきたウイルスであっても、宿主を越えたときには、宿主由来の分子とよく似ていながら完全には同じではないタンパク質が、新たな宿主の免疫システムに予想外の影響を及ぼす可能性があることを考えさせる発見でもあります。

論文情報

  • 雑誌名:Scientific Reports
  • 論文タイトル:An exceptional viral MHC class I-like protein encoded by squirrel monkey cytomegalovirus
  • 著者:Eiichi Hondo, Tetsuya Mizutani, Hiroshi Shimoda, Atsuo Iida
  • DOI:10.1038/s41598-026-68632-1
  • URL:https://www.nature.com/articles/s41598-026-68632-1

 

お問い合わせ先

<研究に関する問い合わせ>
  • 名古屋大学大学院生命農学研究科
    教授 本道 栄一(ほんどう えいいち)
    TEL/FAX:052-789-4185
    E-mail:ehondo@(アドレス@以下→agr.nagoya-u.ac.jp)
  • 東京農工大学農学部附属感染症未来疫学研究センター
    教授 水谷 哲也(みずたに てつや)
    TEL/FAX:042-367-5749
    E-mail:tmizutan@(アドレス@以下→cc.tuat.ac.jp)
  • 山口大学共同獣医学部
    准教授 下田 宙(しもだ ひろし)
    TEL:083-933-5888
    E-mail:hshimoda@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)
<報道に関する問い合わせ>
  • 名古屋大学総務部広報課
    TEL:052-789-3058
    FAX:052-788-6272
    E-mail:nu_research@(アドレス@以下→t.mail.nagoya-u.ac.jp)
  • 東京農工大学総務課広報室
    TEL:042-367-5930
    FAX:042-367-5553
    E-mail:koho2@(アドレス@以下→cc.tuat.ac.jp)
  • 山口大学総務部総務課広報室
    TEL:083-933-5007
    FAX:083-933-5013
    E-mail:sh011@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)
    TOP