国立大学法人 山口大学

本学への寄付

神経難病「多系統萎縮症」に関わる新たな遺伝子変化を発見

 

本研究成果のポイント

  • 多系統萎縮症は原因や治療法がまだ十分に分かっていない神経の難病※1です。このたび、長いDNA配列を一続きで解析できる「ロングリードシーケンサー※2」を用いて解析した結果、多系統萎縮症(MSA)の患者さんの一部で、BIN1※3遺伝子内の「AGG」という配列が異常に長く繰り返される「リピート伸長※4」を発見しました。さらに、このAGGリピート伸長変異を持つ多系統萎縮症患者さんの脳ではBIN1タンパク質を含む「封入体」と呼ばれる異常な構造物が多く形成されていることが分かりました。
  • 病理診断によって多系統萎縮症と確定した患者さんでは、67例中9例(13.4%)にリピート伸長が認められたのに対し、健常者の脳65例では認められませんでした。また、リピート伸長が小脳に限って生じたと考えられる患者さんも確認されました。
  • 多系統萎縮症患者さんの脳では、BIN1タンパク質が病気の特徴であるαシヌクレイン※5の蓄積部位に取り込まれていました。AGGリピート伸長を持たない多系統萎縮症患者さんの脳でもBIN1タンパク質が蓄積しており、BIN1はMSAの診断マーカーおよび治療標的となることが期待されます。

概要

 広島大学原爆放射線医科学研究所分子疫学研究分野 久米広大准教授、川上秀史名誉教授、独立行政法人国立病院機構呉医療センター脳神経内科 倉重毅志医長、山口大学大学院医学系研究科分子細胞生理学講座(細胞デザイン医科学研究所先進ゲノム編集治療研究部門) 板橋岳志准教授、宮本達雄教授、愛知医科大学加齢医科学研究所 赤木明生講師、安藤孝志研究員、岩崎靖教授らの研究グループは、多系統萎縮症(MSA)の新規原因としてBIN1 (Bridging integrator 1) 遺伝子のイントロン※6のAGGリピート伸長変異を同定しました。本研究では、家族内に多系統萎縮症と考えられる患者さんが複数みられた家系について、ロングリード全ゲノム解析を行いました。その結果、BIN1遺伝子の第1イントロンに存在するAGG配列が、通常よりも大幅に長く繰り返されていることを発見しました。さらに、多系統萎縮症の患者さんと対照者を対象に調査したところ、病理診断によって多系統萎縮症と確定した患者さんでは、このリピート伸長が多く認められました。また、患者さんの脳組織を調べた結果、BIN1タンパク質がαシヌクレインとともに病変内に蓄積し、両者が膜状の構造を介して密接に関係していることが分かりました。これらの結果からBIN1はMSAの病因として重要であり、将来的に診断バイオマーカーや治療標的となりうることが示唆されました。
 本研究成果は、Brain誌に2026年8月28日に掲載されました。

背景

 MSAは起立性低血圧、排尿障害などの自律神経障害、手足が上手く動かせない、歩行時にふらつくなどの小脳失調、手足の震えや動きが鈍くなるなどのパーキンソン症状をきたす神経変性疾患です。類縁疾患のパーキンソン病ではαシヌクレインが神経細胞に蓄積したレビー小体がみられますが、MSAでは、オリゴデンドロサイト※7にαシヌクレインを主成分とするグリア細胞質内封入体(GCI)※8を認めるのが特徴です。MSAは家族性の症例が極めてまれであることから、他の神経変性疾患と比較して遺伝学的要因の解明は遅れています。

研究成果の内容

(1)家族性の患者さんから、BIN1遺伝子のリピート伸長を発見
 研究グループは、MSAを発症された方が複数おられる稀な家系に着目し、ロングリードシーケンサー(DNAの長い連なりを一気に読み取る最新の解析装置)を用いて全ゲノムを解析しました。その結果、BIN1遺伝子の第1イントロン(遺伝子の中の、タンパク質の設計図そのものではない領域)で、「AGG」という3文字の配列が200〜800回も繰り返される異常な伸長を発見しました。

(2)病理診断が確定した患者さんの脳で、明らかに高い頻度
 この発見が偶然でないことを確かめるため、家系以外のサンプルを用いて調べました。リピート伸長(80回以上)の頻度は病理確定MSA患者の脳(67例)では13.4%(9例)、健常者の脳(65例)では0%(0例)とMSA患者で多いという結果でした(図1)。一方、臨床診断に基づくMSA患者の血液(224例)では4.5%、健常者の血液(574例)では2.4%と、MSA患者でやや多いという結果でした。

(3)リピート伸長は脳だけにも起きる
 別のMSA患者のグループで調べた1名の患者さんでは、リピート伸長(91回)が小脳にだけ検出され、他の部位や血液では検出されませんでした(図2)。つまりこの変化は、受精卵の時点から全身にあったものではなく、後天的に脳の一部の細胞に起きた変化(体細胞変異※9)だったのです。

(4)BIN1タンパク質が病変の中で蓄積していた
 リピート伸長をもつMSA患者さんの小脳では、GCIのうちBIN1タンパク質が陽性のもの(図3)が約5倍多いことが分かりました。さらに、リピート伸長の有無にかかわらず、MSAの脳では溶けにくい状態(凝集した状態)のBIN1タンパク質が増えていました。パーキンソン病などで見られるレビー小体にはBIN1タンパク質は含まれておらず、この現象はMSAに特徴的であると考えられます。電子顕微鏡で詳しく見ると、BIN1タンパク質は「膜のような構造」を介してαシヌクレインの線維にくっついていました(図4)。BIN1はもともと細胞膜をしなやかに曲げる役割をもつタンパク質です。研究グループは、この「膜を扱う機能」が破綻することが、GCIという塊の形成に直接つながっているのではないかと考えています。

今後の展開

  • 診断への応用:BIN1のAGGリピート伸長変異と凝集は、MSAを見分けるための新しいバイオマーカーとなる可能性があります。MSAは臨床診断が難しい病気であり、診断精度の向上が期待されます。
  • 治療標的としての可能性:BIN1の凝集を防ぐ、あるいはリピート伸長によるRNAの異常を抑えることが、根本治療につながる可能性があります。今後、細胞モデルや動物モデルを用いた検証を進めます。
  • メカニズムの解明:リピート伸長がどのようにBIN1の凝集やαシヌクレインの蓄積を引き起こすのかを明らかにしていきます。
  • 体細胞変異という新しい視点:脳の中で後天的に起こる遺伝子変化が神経変性疾患を引き起こすという考え方は、MSA以外の孤発性の神経難病の研究にも応用できる可能性があります。

参考資料

図1. BIN1遺伝子のAGGリピート長の比較

図2. 小脳のみに認めるAGGリピート伸長


図3. GCIに含まれるBIN1

図4. αシヌクレイン線維に付着したBIN1

用語解説

  • ※1 神経難病:
    脳や脊髄、神経、筋肉などに異常が起こる病気のうち、原因や治療法が十分に分かっていない病気の総称。代表的なものに、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病、脊髄小脳変性症などがある。
  • ※2 ロングリードシーケンサー:
    DNAを長いまま連続して読み取ることができる解析装置。従来法では読み取れなかった長い繰り返し配列を解析できる。
  • ※3 BIN1:
    細胞膜を曲げたり、小胞をつくったりする働きをもつタンパク質。アルツハイマー病の感受性遺伝子としても知られる。
  • ※4 リピート伸長:
    DNAの中で同じ短い配列が繰り返される部分が、異常に長くなる現象。ハンチントン病や一部の脊髄小脳変性症の原因として知られる。
  • ※5 αシヌクレイン:
    神経細胞に多く存在するタンパク質。異常に蓄積するとMSAやパーキンソン病の原因となる。
  • ※6 イントロン:
    遺伝子の中でタンパク質のアミノ酸配列を直接指定しない領域。
  • ※7 オリゴデンドロサイト:
    脳内で神経線維を包む髄鞘をつくる細胞。神経の信号を速く正確に伝えるために不可欠。
  • ※8 グリア細胞質内封入体(GCI):
    オリゴデンドロサイトの中にできるαシヌクレインを主成分とする異常なタンパク質の蓄積。MSAの病理学的な診断の根拠となる所見。
  • ※9 体細胞変異:
    受精卵ではなく、生まれた後に体の一部の細胞で起こる遺伝子の変化。

研究資金

 本研究は、上原記念生命科学財団、第一三共生命科学研究振興財団、加藤記念難病研究助成基金、黒住医学研究振興財団、沖中記念成人病研究所、武田科学振興財団、土谷記念医学振興基金の支援を受けて実施されました。

発表論文

  • 論文名:AGG Repeat Expansion and Aggregation of BIN1 in Multiple System Atrophy
  • 著者名:Kodai Kume*, Takashi Kurashige*, Takeshi Itabashi*, Akio Akagi, Takashi Ando, Masataka Nakamura, Mai Kikumoto, Atsushi Tamada, Masaki Kamada, Takashi Ayaki, Yuishin Izumi, Ichiro Yabe, Keiko Muguruma, Tatsuo Miyamoto, Yasushi Iwasaki, Hideshi Kawakami**
    *共同筆頭著者 **責任著者
  • 掲載雑誌:Brain
  • DOI:https://doi.org/10.1093/brain/awag194
  • 掲載日:2026年8月28日

 

お問い合わせ先

<研究に関すること>
  • 広島大学原爆放射線医科学研究所 分子疫学研究分野
    名誉教授 川上 秀史
    Tel:082-257-5850
    FAX:082-257-5848
    E-mail:hkawakam@(アドレス@以下→hiroshima-u.ac.jp)
  • 国立病院機構呉医療センター 臨床研究部
    Tel:0823-22-3111
    FAX:0823-21-0478
    E-mail:shitakubo.yoshimi.mn@(アドレス@以下→mail.hosp.go.jp)
  • 山口大学大学院医学系研究科 分子細胞生理学講座
    准教授 板橋 岳志
    Tel:0836-22-2209
    E-mail:itabashi@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)
  • 愛知医科大学加齢医科学研究所
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