少しいびつな“王冠型分子”を使って、電気の+/-と磁石のN/Sをそれぞれ反転できる分子結晶を実現 ―“分子機能の積み木”を組み上げていく新しい多機能材料の設計―
発表のポイント
- 電気的な+/-の偏り(分極)をもち強誘電性体 (注釈1) となる分子の層と、N極/S極の向きを反転できる強磁性体 (注釈2) となる分子の層を“積み木”のように交互に組み上げ、一つの結晶の中で両者が共存する新しい多機能材料を実現しました。
- これまで強誘電体の積み木を作ることは困難でしたが、これを可能にした鍵は、王冠のような環状構造をもつ「クラウンエーテル (注釈3) 」の形を少しいびつにしたことです。クラウンエーテルの片側だけにベンゼン環があるベンゾ[18]クラウン-6 (注釈4) を用いて左右非対称とすることで、電気的偏りが生まれ、強誘電体となることがわかりました。
- 本研究は、電気的な機能と磁気的な機能をそれぞれ異なる分子に担わせ、それらを“積み木”のように組み合わせることで、複数の物理的性質を一つの結晶に組み込む材料設計の可能性を示すものです。将来的には、分子メモリーや省エネルギー型の多機能電子材料の開発につながることが期待されます。
概要
山口大学大学院創成科学研究科(理学系学域)の呉佳冰(Jia-bing Wu)学術研究員(研究当時:北海道大学電子科学研究所助教、Research Associate, University of Glasgow, School of Chemistry)は、山口大学大学院創成科学研究科(理学系学域)の綱島亮教授、鈴木康孝准教授、川俣純教授、北海道大学電子科学研究所の高橋仁徳助教、北海道大学大学院地球環境科学研究院の野呂真一郎教授らとの共同研究により、電気的な性質である「強誘電性」と、磁石としての性質である「強磁性」を、一つの分子結晶で実現することに成功しました。具体的には、-173 °Cから158 °Cで強誘電性が、-268 °C以下で強磁性がそれぞれ実験的に確認されました。このような強誘電性と強磁性の両方を示す材料は、将来的に、より少ない電力で情報を書き換えるメモリーや、わずかな磁気や電気の変化を読み取る高感度センサーなどへの応用が期待されています。
強誘電性と強磁性は、いわば「同居しにくい」二つの性質です。現在、両性質を同居させる有力な方法は、強誘電性を担う材料と強磁性を担う材料を別々につくり、それらを薄い層として貼り合わせる層状複合化です。代表的な複合材料の層の厚さは約50ナノメートルで、一般的なコピー用紙1枚の厚さのおよそ2千分の1に相当します。本研究では、この「異なる機能をもつ層を重ねる」という考え方を、さらに分子の大きさまでスケールダウンできないかと考えました。そして今回、機能層のスケールは約2ナノメートル、コピー用紙1枚のおよそ5万分の1の厚さでも、この「積み木戦略」が有用であることが分かりました。
このように、機能を担う構造を分子スケールまで縮小することには、単なる小型化以上の意味があります。従来の複合材料では、強誘電性を担う材料と強磁性を担う材料はそれぞれ別の物質として存在し、その境界面を通して互いに影響を及ぼします。境界面の粗さや欠陥、接合状態が性能に影響しやすく、界面をいかに均一かつ安定に作るかが重要な課題となります。一方、分子スケールまで小さくすると、「強誘電性を担当する分子」と「強磁性を担当する分子」を、一つの結晶の中で隣り合わせに並べることができます。つまり、異なる機能をもつ部品を後から貼り合わせるのではなく、材料そのものを分子単位で一つひとつ組み立てられるようになります。人工的な界面形成に伴う問題を避けながら、二つの機能をより近い距離で共存させることができます。
一見、分子を“機能をもつ積み木”として捉え、「強誘電性を担当する積み木」と「強磁性を担当する積み木」を交互に組み上げればうまくいくと考えられそうですが、単に二種類の“積み木”をただ交互に並べるだけで、強誘電性と強磁性の両方を実現できるほど分子結晶の機能設計は単純ではありません。ここに、本研究のチャレンジがあります。
強誘電性には、分子やイオンが動ける余地が必要になりますが、一方で、結晶には分子が規則正しく密に詰まろうとする性質があります(分子間に働く相互作用をできるだけ有効に働かせ、結晶全体を安定化するため)。つまり、「分子やイオンが動けること」と「密に詰まること」という、一見相反する二つの条件を同時に満たす必要があります。
そこで研究チームは、分子の対称性に注目しました。分子の対称性を低くすることは、結晶に電気的極性を生み出すための有効な方法の一つで、ジベンゾ[18]クラウン-6の片側を切り取るように、その左右対称性を意図的に崩したベンゾ[18]クラウン-6を用いました。この左右非対称とした“クラウンエーテル”は、強磁性体として知られているオキザレート錯体 (注釈5) と複合化することで、強誘電性と強磁性が一つの分子結晶の中に共存した多重強性体(マルチフェロイック) (注釈6) になることが分かりました。左右非対称な“クラウンエーテル分子”が結晶中でわずかに傾いた配置をとることで、結晶全体に電気的極性が生じるメカニズムです。この結晶は、「電気的極性を担当する低対称な分子の積み木」と「磁性を担当する遷移金属錯体の積み木」からなり、これらが約2ナノメートルというスケールで組み合わさったものです。なぜこの組み合わせがマルチフェロイックとして成立したのか、また、この考え方をどこまで他の分子材料へ広げられるのかは、今後明らかにすべき課題です。
本研究は、従来のように異なる機能材料を後から貼り合わせるだけでなく、分子を“機能をもつ積み木”として選び、その形や並べ方まで設計することでも、一つの結晶の中に複数の機能を組み込めることを示しました。将来的には、「強誘電性を担当する分子」や「強磁性を担当する金属錯体」、さらに他の機能の積み木を自在に交換・組み合わせることで、より高性能な分子性多重強性体を設計する新しい指針につなげていきたいと考えています。
本研究成果は、米国化学会が発行する国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」に2026年8月18日付で掲載されました。

参考図.分子を“機能をもつ積み木”として組み上げることで、従来の層状複合材料(約50ナノメートル)をさらに縮小し、約2ナノメートルの分子スケールで強誘電層と強磁性層を一つの結晶内に集積した。本研究では、低対称なクラウンエーテル分子が電気的機能を、架橋遷移金属層が磁気的機能を担い、両者の共存を実現した。
研究背景
私たちの身の回りにあるスマートフォン、パソコン、センサーなどの電子機器では、「電気的な+/-の偏り」や「磁気的なN極/S極」を持つ材料が重要な役割を担っています。例えば、この+/-やN極/S極が情報を記録したり読み出したりする際のデジタルデータの0/1に対応します。もし、一つの材料の中でこの二つの性質を同時に扱うことができれば、電気で磁気の状態を変えたり、磁気の変化を電気信号として読み取ったりすることが可能になり、情報密度が増加します。このように、強誘電性や強磁性など複数の性質をあわせ持つ材料は、「多重強性体(マルチフェロイック)」と呼ばれ、将来の省エネルギー型メモリーや高感度センサーなどにつながる材料として研究が進められています。しかし、強誘電性と強磁性は、材料の中では「同居しにくい」性質です。強誘電性を生み出しやすい原子や電子の状態と、強磁性を生み出しやすい状態には異なる条件が求められるため、両方を一つの物質の中で実現できる材料は限られています。
この課題を乗り越える方法の一つとして、これまでは「強誘電性を担う材料」と「強磁性を担う材料」を別々につくり、それらを貼り合わせた複合材料が盛んに研究されてきました。一方で、この方法では二つの機能が別々の材料に分かれているため、界面の状態や加工方法に性能が左右されるという課題があります。
そこで近年注目されているのが、分子スケールの機能性結晶です。分子結晶の大きな特徴は、使う分子を変えることで、材料の構造や性質を細かく調節できることです。いわば、ミクロの世界で、必要な機能に応じて“部品”を交換できるという柔軟性があります。
本研究では、クラウンエーテルと呼ばれる王冠型の環状分子の「対称性」に着目しました。分子の対称性をあえて低くすることで、分子がもつ電気的な偏りを打ち消さずに結晶全体へ伝えることができるのではないかという考えを出発点として、低対称なベンゾ[18]クラウン-6を用いた新しい分子性多重強性体の設計に取り組みました。
研究内容
結晶の中では、ベンゾ[18]クラウン-6は完全に平らで対称な形ではなく、わずかに傾いた状態で並んでいます。この分子は片側だけにベンゼン環をもつため、もともと左右の形が対称ではありません。さらに、結晶中で生じる小さな傾きや位置のずれによって、分子がもつ電気的な偏りが完全には打ち消されません。その結果、一つひとつの分子がもつ小さな電気的な向きが集まり、結晶全体として電気的な極性が生まれます。
この結晶は、約181 °Cまで加熱すると構造が変化します。低温側では、ベンゾ[18]クラウン-6は少し折れ曲がったV字型の形をとり、中心からわずかにずれた状態で並んでいます。この非対称な配置が結晶の電気的極性につながります。一方、高温側では、クラウンエーテル分子の形と向きが変わり、より平らで対称性の高い配置になります。その結果、低温側にあった電気的な向きが失われます。つまり、クラウンエーテル分子の形と並び方の変化が結晶の電気的極性を切り替えていると考えることができます。
研究グループは、光を使って結晶の極性を調べる測定や、温度変化によって流れる微小な電流の測定、さらに外部から電場をかける測定を組み合わせました。その結果、低温側の結晶が極性をもつことに加え、外部から加える電場の向きを変えると、電気分極 (注釈7) の向きも反転することを-173 °Cから158 °Cまでで確認しました。また、相転移温度を超える高温側では、この強誘電体に特徴的な応答が消失しました。これらの結果から、低温側ではベンゾ[18]クラウン-6を含む分子層が強誘電性を担っていることが明らかになりました。
一方、磁気的な性質は、マンガンイオンとクロムイオンがシュウ酸によってつながった二次元の網目状構造が担います。この層では、マンガンとクロムの磁気的な性質が互いに協力することで、約5 K以下になると強磁性が現れることが知られており、実際、今回研究グループが作製した結晶においても-268 °C以下で強磁性を示す磁化(N極/S極の偏り)の反転を確認できました。つまり、この結晶では、「クラウンエーテル分子を含む層 → 強誘電性、遷移金属の二次元層 → 強磁性」という明確な“役割分担”が成立しています。この二種類の機能層を分子スケールで一つの結晶に組み込むことで、強誘電性と強磁性を有する分子性多強体を実現しました。さらに、電場をかけた状態と、加熱によって電気的な分極を消した状態で磁化を比較したところ、飽和磁化に約1.3%の違いが観測されました。現時点では、この変化が直接的な磁気電気効果によるものかはさらに検証が必要ですが、「電気的な+/-の偏りを担当する分子層」の変化が「磁石としてのN極/S極反転を担当する分子層」に影響を及ぼす可能性を示す手がかりとなっています。

図1.加熱によるクラウンエーテル分子の形と向きの変化、強誘電性、及び分極反転の仕組み
今後の展望
今回開発した分子結晶では、強誘電性と強磁性を一つの結晶で実現しました。一方で、強磁性が現れる温度は約-268 °C以下と非常に低く、より高い温度で二つの機能を共存させることが重要な課題です。今後は、分子結晶の構成要素を少しずつ混ぜ合わせる「固溶体 (注釈8) 」という方法を用いて、相転移温度や磁気転移温度を細かく調整する研究を進めていきます。
将来的には、分子や金属イオンの組み合わせを“積み木”のように調整しながら、より高い温度で動作する分子性多強体を実現し、省エネルギー型メモリーや高感度センサーなどへの展開につなげることを目指します。
謝辞
本研究は、JSPS科研費(JP22H00311、JP25H00868、JP25K08605、JP23H00312、JP20K20565)、JST ACT-X(JPMJAX23DB)、JST PRESTO(JPMJPR22B7、JPMJPR19M8)、「人・知・物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」、物質・デバイス領域共同研究拠点、村田学術振興・教育財団などの支援を受けて実施されました。
また、呉佳冰学術研究員は、本研究に当たり文部科学省「博士課程教育リーディングプログラム」北海道大学 「物質科学フロンティアを開拓するAmbitiousリーダー育成プログラム」の支援を受けました。なお、現在JST CREST「イオン・分子ゆらぎの化学的制御による非線形応答機能の創出」(JPMJCR2542)の支援を受け、本研究をさらに発展させる研究に取り組んでいます。
用語の説明
- (注釈1)強誘電性体:
物質の中に自発的な電気的な+/-の偏り(自発分極)が生じ、その向きを外部から電場をかけることで反転できる性質を持つ。 - (注釈2)強磁性体:
物質の中の磁気モーメントの向きが自発的にそろい自発磁化を持つ性質を持つ。物質全体が磁石としての性質を示す。 - (注釈3)クラウンエーテル:
複数の酸素原子を含む環状の有機分子。その形が王冠(crown)のように見えることから「クラウンエーテル」と呼ばれている。 - (注釈4)ベンゾ[18]クラウン-6:
クラウンエーテルの一種で、環状構造の片側にベンゼン環をもつ分子です。本研究では、この左右非対称な形が結晶の極性を生み出すうえで重要な役割を果たした。 - (注釈5)オキザレート錯体:
金属原子がシュウ酸という小さな分子を“橋”としてつながった構造をもつ材料です。本研究では、マンガンとクロムがこの“橋”でつながり、磁石としての性質を生み出している。 - (注釈6)多重強性体(マルチフェロイック):
一つの物質の中に、強誘電性や強磁性など、複数の「強的」な性質をあわせ持つ材料。 - (注釈7)電気分極:
物質内部で正と負の電荷の中心がずれることによって生じる、電気的な+/-の偏りのこと。 - (注釈8)固溶体:
異なる種類の分子や原子がひとつの結晶構造の中で混ざり合い、基本的な結晶構造を保った材料。組み合わせや混合比を変えることで、結晶相や性質などを調整できる可能性がある。
論文情報
- 掲載誌:Journal of the American Chemical Society
- 論文タイトル:Low-Symmetry Crown Ether Design for Coexisting Ferroelectricity and Ferromagnetism in a Two-Dimensional Molecular Crystal
- 著者(研究当時):Jia-bing Wu1,2*, Kiyonori Takahashi1,3, Masaru Fujibayashi4, Ryo Tsunashima5, Yasutaka Suzuki5, Jun Kawamata5, Masato Haneda6, Sadafumi Nishihara6, Shin-ichiro Noro7, Xin Chen8, Ichiro Hisaki9, Tomoyuki Akutagawa10, Rui-Kang Huang1,11*, Takayoshi Nakamura1,6*
(*責任著者、1北海道大学 電子科学研究所、2University of Glasgow, School of Chemistry、3熊本大学 理学部化学科、4宇部工業高等専門学校 物質工学科、5山口大学 大学院創成科学研究科、6広島大学 大学院先進理工系科学研究科、7北海道大学 大学院地球環境科学研究院、8Nanjing Xiaozhuang University, Key Laboratory of Advanced Functional Materials of Nanjing、9大阪大学 大学院基礎工学研究科、10東北大学 多元物質科学研究所、11汕頭大学 化学化工学院) - DOI:10.1021/jacs.6c10197
- 公開日:2026年8月18日
- URL:https://pubs.acs.org/jacsat/article/doi/10.1021/jacs.6c10197/5275777
お問い合わせ先
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山口大学大学院創成科学研究科(理学系学域)化学分野
学術研究員 呉 佳冰(う じゃびん)
E-mail:jiabing1124@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)教授 綱島 亮(つなしま りょう)
E-mail:ryotsuna@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)
- 山口大学総務部総務課広報室
電話:083-933-5007
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