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藤の花 譬えれば衆香の如し

大学構内には, 藤棚が2つあります. 1つは理学部・人文学部管理棟と人文学部の間にあります. 藤棚というものは元禄14(1701)にはあったそうです. それよりも昔, 今から 800年以上も昔, 建保4(1216), 栂尾(右京梅ケ畑)の明恵上人は, 谷より峰に至るまで, 藤の花咲き上るのを見て

花宮殿を空に浮べて上りけむ

 そのいにしへをうつしてぞ見る

 

 紫の雲の上にぞ身を宿す

 風に乱るゝ藤を下にて

 

 と歌を詠んでいます. 大学の藤は咲き上るほどではありませんが, きれいです. さらに,とても良い香りがするらしく, クマバチが集まって来ます. 私の研究室からも良い香りがするのか, どこからかハチが入ってくることがあります. 刺されたら嫌なので, 紙コップでハチを捕まえては外に出します. それにしても, 一体どうして私の研究室から香りがするのでしょうか. それは研究室に置いてある維摩経が原因かも知れません. 維摩経は少し変わったお経で, お釈迦さんの弟子が維摩居士に怒られてばかりです. 維摩はヴァイシャーリーというガンジス川中流域北部の街の富豪です. 僧ではありません. お釈迦さんの弟子で智慧第一と言われる舎利弗は維摩に「坐禅がなっていない!」と怒られています. 病気になった維摩をお見舞いに行くようにと舎利弗はお釈迦さんに言われますが, 維摩が怖くて行けません. そこで, お釈迦さんは文殊菩薩にお見舞いに行くように言います. 文殊がお見舞いに行くのならばと, 舎利弗は文殊にくっついて行きます. 維摩のお宅で, 病気で寝込んでいるはずの維摩と文殊やついて行った人たちが仏教について議論します. それがひと段落したところ, 舎利弗が「ご飯まだかなぁ」と心の中でつぶやいて, 維摩にその心情を見破られて「ご飯のことを考えながら講義を聞いていてはいけません!」と怒られます. その後, 維摩は, 香りに満ちた衆香(しゅこう)と呼ばれる国の香積(こうしゃく)という名の如来様にお使いを出して, 香飯(こうぼん)というご飯を貰って来させます. 戴いたご飯の香りはヴァイシャーリーの街だけでなく, 三千大千世界を普く薫じたと, 維摩経に書かれています. 研究室に置いてある維摩経から香飯の香りがするのかも知れません.

 藤の花はきれいですが, 藤のツルは林業にとっては天敵であると, 417()の朝日新聞の投書欄にありました. フジヅルがスギを枯らすそうです. 広辞苑で調べてみると, 「蔓は強靭で、縄の代用など各種の用に供する。」とありました. 「花おりおり」(湯浅浩史, 矢野勇, 朝日新聞社)にも, 「古墳時代の巨大な石棺も木ぞりの修羅(しゅら)にのせ、藤縄で運んだとみられる。フジは、二つの顔を持つ。」と述べられていました. 私は多重舌の人間には気を付けているつもりでしたが, 藤については, その花の美しさしか見ておらず, ツルの強さという性質を見ていませんでした. 他にも藤にはいろいろな性質があると思います. 数学の定理も眺めている分には, 美しい, と一言で済むかもしれませんが, その証明を理解するには大変な労力が求められます. 数理科学科の学生には, 講義中に説明される証明について, 考えることを,理解することを投げ出さないでほしいです. 智慧第一の舎利弗でさえも恐る恐る文殊について行って維摩の話を聞いています (維摩に怒られ, 天女にも怒られと少々気の毒ですが). 定理の証明の理解は割に合わないと感じるかもしれませんが, 少しずつでも, 証明を理解することが, 定理の理解を深める, 数学の勉強にとって大切なことだと思います. (南出)

 

参考文献

  • 朝日新聞, 2026417日 朝刊, 10

  • 植木雅俊 訳・解説 「維摩経」(角川ソフィア文庫, 令和元年), 第九章

  • 大角 修 訳・解説 「維摩経・勝鬘経」(角川ソフィア文庫令和4), 第一部 第十章

  • 川原田 林 「フジ」(NHK趣味の園芸・作業12か月 28, 昭和60), p.121, p.122

  • 谷知子, 平野多恵 「秋篠月清/明恵上人歌集」(明治書院, 平成25), p.291, p.292

  • 広辞苑, 第6版, 2008, 岩波書店

  • 湯浅浩史, 矢野勇 「花おりおり」(朝日新聞社, 出版年不明), p.19

 

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