大学院・修士課程 (正式には, 大学院創成科学研究科 博士前期課程・修士課程 基盤科学系専攻 数理科学コース) では, 学生は主に修士論文完成に向けて, 自分の指導教員とのセミナーを行いますが, 指導教員とは別の教員のセミナーに参加することもあります. よそのセミナーに参加することで, 何か良いアイデアに気が付くこともあります.
今年度の私の指導学生は, セミナーで `Elementary Methods in Number Theory’ (M.B. Nathanson 著) を読んでいます. 先日, 私の指導学生ではない大学院生1名がこのセミナーに参加されました. 私はその学生さんに, 自分が使っているテキストを渡しました. そして, セミナーが始まりました. 私の指導学生は黒板を使って, テキストの内容を説明します. 私はそれをノートに書き写しながら聞きます. ところどころ, 指導学生の説明に注文をつけます.
「それがわからないから, もっと詳しく説明してくれ」,
「その式変形は回り道しているような気がする. もっと, 簡単にならないか」
などなど. 私がいろいろ言うので, 説明する方の学生は結構大変です. 突然, セミナーの参加学生さんが声を上げます.
「ティッシュに数式が書いてある!!」
私は, 「君は何を言っているんだ. ティッシュに字を書く人などいないだろう」と不思議に思ったのですが, 彼が手にしていたのは, 万年筆の青字で数式が書かれたナプキンでした. 私がどこかの喫茶店で, その本を読んでいるときに, 本に書かれていることを確認するために, テーブルに置いてあるナプキンを計算用紙代わりにして, その後, ナプキンを本に挟んだのだと思います. ティッシュではなくナプキンです.
セミナーの後, 私はティッシュに字が書けるのか気なって試してみました. 鉛筆だとわりときれいに書けます. 油性ボールペンでもそれなりにきれいに書けます. 万年筆でも字は書けますが, 字がにじむので細かい数式は読みにくい. しかも, ティッシュの下にインクが付いてしまいます. ティッシュに字を書くときは, 鉛筆がオススメです.
「今物語」(鎌倉中期の説話集)にある柿の木の話を思い出しました. 比叡山の横川 (よかわ) の坊の前に柿の木がありました. 坊の若い僧が, これを薪にしようと思い, 柿の木を切ります. 彼は, 切った木切れの一つに, 木の内側部分に「南無阿弥陀仏」と黒い字のようなものがあることに気が付きました. 若い僧は不思議に思って, 坊の主にそれを見せます. 坊の主である僧も黒い字のようなものは「南無阿弥陀仏」であると認め, 「阿弥陀様の験だ!」と驚いて, その木切れを横川の長老に見せます. 長老・円良 (えんりょう) は「これは素晴らしい!」と大感激して, それを日吉神社に来ている鳥羽天皇第二皇女・上西門院 (じょうさいもんいん) の所に持って行って見せます. 上西門院その木切れを見て「まぁ, 素敵!」, とても感動してそれを弟である後白河院 (鳥羽天皇第四皇子) に献上します. 鳥羽天皇・妃待賢門院は二人とも円良のいとこです. 上西門院, 後白河院の二人は円良のいとこ達の子供です. 後白河院は他に献上する人もいないので, 蓮華王院(京都の三十三間堂)の宝蔵に納めます. 横川の坊の主は「俺のところに置くべきものを何てことをしてくれたのだ. 長老に見せるべきではなかった」と憤ったと伝えられています. 最初に「南無阿弥陀仏」の文字を木切れに見つけた若い僧がこの一連の出来事について「スッタニパータ」を引いて
「理法のうちに安立し、まっすぐで柔和なことを楽しみ、執著を去り、あらゆる苦しみを捨てた賢者は、見聞したことに汚されない。」
(中村 元 訳 「ブッダのことば」岩波文庫, p.56)
と言ったかどうかまでは伝えられていないと思いますが, 私がナプキンに書いた数式などは, 誰もありがたがらず, 本に挟まったままです. しかし, 何が修士論文のアイデアとなるかわかりませんので, 些細なことでも紙切れに書いて, 本のしおりにしておくと後でそれが金色に輝くかも知れません. (南出)
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参考文献
- M.B. Nathanson `Elementary Methods in Number Theory’ Springer, 2000.
- 須永朝彦 編訳 「王朝奇談集」ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2023. (p.145, p.146)
- 三木紀人 全訳注 「今物語」講談社学術文庫, 講談社, 1998. (p.222-p.228)
- 中村 元 訳 「ブッダのことば」岩波文庫 青 301-1, 岩波書店, 1984. (p.56)


