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数理科学基礎セミナー 2 黄色の蓮 (?)

数理科学科2年生前期の科目「数理科学基礎セミナー」(2単位)では, 履修者60名ほどが12名ずつぐらいのクラスに分かれて, 各クラスで微分積分, 線形代数の演習問題に取り組みます.

6月2日, 私が担当するクラスの数理科学基礎セミナーで, 学生による黒板を使った演習問題の解法の説明を聞いていて, 解法に用いる定理の理解が「頼りないなぁ」, 数学用語の定義に基づいた説明が「あともう一歩!!」と感じるところが多くありました. 私自身, 学生の頃の演習の時間に, 「よくわからないなあ」と思いつつ問題を解いていました. 演習問題で問われていることと講義で学んだ様々な定理との関係が, 明確に繋がっていなかったと思います. それらが一体どういう関係にあるのか意識しながら, 推理小説を読む感じで, 演習問題に挑戦すると, 楽しくなるかも知れません. 数学は楽しくなるまでに辛抱も必要です. 私は「数理科学基礎セミナー」で, 学生たちに次の2冊の微分積分の本を勧めました.

      • 塹江誠夫, 桑垣 煥, 笠原 哠司 「詳説演習 微分積分」, 培風館, 1979.
      • 藤原松三郎 著 (浦川肇, 髙木泉, 藤原毅夫 編著)
        「数学解析第一編 微分積分学 第1巻」, 内田老鶴圃, 2016.

「サンユッタ・ニカーヤ」という仏典の日本語訳に「黄蓮地獄」という地獄が出てきます(中村元訳「ブッダ 悪魔との対話」岩波文庫, p.110). 地獄についてはさておき, 黄蓮 (おうれん, と読むのだろうか?) とは何でしょうか. これは漢方の黄蓮(おうれん)ではありません. ハスやスイレンの方です. 私は黄蓮を黄色の蓮のことだと思いました. この岩波文庫 p.346 に黄蓮は kumuda の訳であると書かれています. その kumuda の説明を書き抜きます.

「荻原『梵和辞典』(三五八ページ)には中性名詞として「白睡蓮[白色にして月の昇る時咲く睡蓮、学名 Nymphaea esculenta]と説明され、漢訳語としては「白蓮華、白蓮花、黄蓮、黄蓮花、地花」を挙げている。しかしシナ人にははっきりと解らなかったのであろう。多くの場合には「拘物」などと音写している。」
(岩波文庫, p.346 より抜粋.)

(上の文は 」が一つ抜けているような気がしますが), 山口大学総合図書館に行って, kumuda を梵英辞典で引きました. 梵英辞典 p. 292 , kumud がありました(d の後ろにa はありません). これの意味は, the white water-lily とあります. 黄色ではなく白色です. また, water-lily ですから, ハスではなくスイレンです. 何故, 黄蓮なのでしょうか. もう少し辞書の説明を見ると, the moon とありますので, 月の意があるようです. 月夜に咲く白い睡蓮が, 月明りで黄色に見えるのかも知れません. 同じ, p.292 kumuda もありました. `exciting what joy’ the esculent white water-lily とあります. 月夜に咲くとは書かれていませんが, やはり白色です. そしてハスでなくスイレンです. 手持ちのHindi-English 辞典を見ると, p.209 kumud がありました (a なしです). その説明は, a water-lily, Rottlera tinctoria; the lotus, esp. the white lotus or water-lily, Nymphaea esculenta, and the red lotus, Nymphaea rubra とあります. 荻原の説明する Nymphaea esculenta が出てきましたが, 赤い蓮も出てきました. 同じ花でもいくつかの色があるとは思いますが, ハスもスイレンも出てくるので, 私は荻原「梵和辞典」を実際に確認してみたいと思いました. それらしき辞書が, 梵英辞典の二つ右にありました. 巨大な梵英辞典より, 少し小さいですがこれも大きな辞書です. 今まで, 全然気が付きませんでした. 否, 気が付いていましたが, 背表紙に迫力があるので避けていました. その名前は「漢訳対照 梵和大辞典」です (大学の図書館は専門家しか持っていないような本が蔵書されています. 学生のみなさんも是非利用してください.). 「梵和大辞典」を開いてみると, 梵英辞典の方(こちらの背表紙はおとなしい感じです. )とは違って, 英文字でサンスクリットが表記されていたので, kumuda は直ぐに見つかりました. そのページ番号は p.358 でしたので, 中村訳「悪魔との対話」で引用されたものと同じものかと思います. そして, kumud (a なし) が kumuda の一つ上にありますが, kumud kumuda は同じのようです. 中村が引用したように, 白睡蓮[白色にして月の昇る時咲く睡蓮, 学名 Nymphaea esculenta] とあります. 中村引用文と少し異なるのは, 中村は kumuda の漢訳に「地花」があると引用していますが(岩波文庫, p.346), この辞書では「地花」ではなく「地喜花」となっています(梵和大辞典, p.358). また, ここに挙げられている kumuda の音写は「拘物」以外にたくさんあります. すべて書き抜きます.

「拘物, 拘物(華), 拘貿, 拘物頭, 拘物頭(華), 倶牟頭, 拘勿頭, 倶物頭(華),
拘物陀, 拘某陀, 拘文羅, 句文羅, 倶母那(花), 鳩牟頭(華), 固目答」

「拘物」は「くもつ」, 「拘物華」は「くもつげ」と読むのだと思いますが, 最後の方は, 私には読み方がわかりません. 仏典の翻訳に携わった中国人僧たちの苦労が頷けます. これらが kumuda の音写であることを確認した日本人僧も大変苦労されたと思います. また, この辞書には, kumuda naatha が月, kumuda sakhiが月光を意味すると書かれていますので, やはり kumuda には月の意があるのだと思います. 月の輝きが, 夜に咲く白いスイレンkumuda を黄蓮と訳させたのでしょうか. 黄蓮と訳した中国人僧は, インドで実際に kumuda を見たのかも知れません.

黄蓮の英語による説明で, esculent とありますので, どうやらインド人はスイレンを食べるようです. これについて, 何か書かれている本はないかと研究室を探しましたら, どこで買ってきたのか, 西岡直樹著「インド花綴り」が出てきました. この本は山口大学総合図書館には蔵書されていないようです (私の研究室もスゴイ!). この本によると, 少なくとも, ベンガルの人はスイレンを食べるようです.

「ベンガル地方では蓮根を食べる習慣はあまり一般的ではないが、スイレンの塊茎や種子は農村などで食べることがある。むしろスイレンの花茎のほうがよく食べられている。滑らかでつるんとしたコードのような花茎が輪に束ねられて、市場の八百屋で売られている。」
(西岡直樹「インド花綴り」p.224 より抜粋.)

私はインドのコルカタ (インド・西ベンガル州・州都, 農村ではないです) に行ったことがありますが, そこでご飯を戴いたとき, 米一粒が日本のものより5倍くらい大きいので, これは本当にお米なのかと驚いたことをよく覚えています. そのときに出てきた料理にスイレンがあったのかどうかわかないので残念です. スイレンを一度食べてみたいです. 黄蓮 kumuda についても, この「インド花綴り」に言及がありました. 黄蓮とは書かれていませんが, 次の記述があります.

Nymphaea lotus エジプト・ロータス、インド・ロータスの名でしられるスイレンで、旧大陸の熱帯に広く分布する。葉には鋭い鋸歯があり、花は大形で径十五センチから二十五センチ。夜行性で夜七時から翌朝十一時ぐらいまで開花。花弁の内側は白で外側の基部は赤みがかる。白花のスイレンを表すサンスクリット語のクムダ Kumuda はこれをさしているようである。」
(同書, p.225 より抜粋.)

黄蓮は, やはり黄色のハスではなく, 夜行性の白いスイレンだと思われます. 大昔の事は誰にも明確にはわかりませんので, もしかすると桃色のkumuda と呼ばれるハスが咲いていたかも知れません. しかし, 数学の講義に出てくる定義や定理は明確に述べられています. 演習問題と教科書に書かれている定義や定理を見比べながら勉強すると, 理解が深まると思いますので, 数理科学科の学生には, 面倒くさいと思わずに双方の勉強に努めて欲しいと思います. 理解が深まると数学はより楽しくなると思います.

共通教育棟の隣の池に黄色のスイレンが咲いていますので, 勉強の合間に見てください. (南出)

 

参考文献

  • 中村 元 訳 「ブッダ 悪魔との対話」岩波文庫 青329-2, 岩波書店, 1986. (p.110, p.346)
  • Monier-Williams, A Sanskrit-English Dictionary, Oxford University Press, 1956. (p.292)
  • Oxford Hindi-English Dictionary, Oxford University Press, 1993. (p.209)
  • 荻原雲来 編纂 辻直四郎 協力 「漢訳対照 梵和大辞典」増補改訂版 鈴木学術財団刊, 講談社, 1979. (p.358)
  • 西岡直樹 「インド花綴り」木犀社, 1988. (p.224, p.225)
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