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「妖怪ひだる神」対策

山口大学は8月のお盆前から9月中は講義がなく, 在学生は夏休みです. 長い夏休みですが, 私がひと講義16コマ分の準備をするには, ひと夏休みだけでは時間が足りません. み夏休みぐらいほしいです. 先日, 来年度の講義の準備をしていましたら, 定理一つを理解するのに丸一日かかってしまいました. やっと定理を理解したので, 帰宅しようと思ったら, 突然, 頭はふらふら, 靴は重いし, 足はもつれる, 歩く気力はない状態になりました. これは, 妖怪ひだる神の仕業ですね. ひだる神の話は普通, 山の中ですが, どこにいても, やはり, ご飯はしっかり食べないといけません.

柳田國男が「妖怪談義」の中でひだる神について書いています. 

「大和十津川の山村などでは、この事をダルがつくというそうである。山路をあるいている者が、突然と烈しい飢渇疲労を感じて、一足も進めなくなってしまう。誰かが来合わせ救助せぬと、そのまま倒れて死んでしまう者さえある。何か僅かな食べ物を口に入れと、始めて人心地がついて次第に元に復する。普通はその原因をダルという目に見えぬ悪い霊の所為と解したらしい。」
(柳田國男「妖怪談義」p.113)

ダルがつく, 以外にも, ダリがつく, ヒダル神がつく, 餓鬼がつくなど, 色々な言い方がありますが, 柳田は便宜のために「ヒダル神」の名を用いると言っていますが, 文章の題目を「ひだる神のこと」とひらがなで書いています.

柳田はこの文中で「和歌山県誌」に書かれた「ある書に書いてある話」を紹介しています.

「熊野の大雲取小雲取の山中に、幾らとも知れぬ深い穴が幾つかあって、それを飢渇穴と呼んでいた。旅するものがこの穴を覗くと、たちまち前に述べたような症状を感ずるとて、ある旅僧の実歴談を記している。道行く人に教えられて、口に木の葉を咬みつつ、漸く十町ばかりある山寺に駆け付けて助かったとある。」
(同書, p.114 より抜粋.)

「ゲゲゲの鬼太郎」の作者・水木しげるは, エッセイ集「妖怪天国」の中で, 柳田の文を読んで「バカバカしい」と思った直ぐ後で, 自身もひだる神を経験したことを回想しています. 小学6年生のとき, 快晴に誘われて, 2, 30キロも歩いたそうです. あたりが薄暗くなり, 空腹に襲われ, 冷や汗がたらたらと顔に流れる. しげる少年は通りかかったバスに乗せてもらって帰宅しますが, バスから降りると体調は戻っていたという. 空腹に襲われた場所に, 目に見えない霊がいたのではと述べています. この経験は「餓鬼憑(がきつき)」として, 「妖怪画談」(岩波新書, p.50, p.51) にも描かれています. 大人でも2, 30キロも歩いたら倒れてしまうと思います. また, 水木は戦争中, 鳥取で行軍中に, 急に歩けなくなって, 失神したことを述べています. まさに, 柳田國男が書いている通りだったそうです. そして, 次のように述べています.

「こうして自分がその時気づかずにいたことを(昔の不思議なことなども)、あとになってよく考えてみると、案外体験していながら本当の意味を知らずにいるものだと思った。」
(水木しげる「妖怪天国」p.26 より抜粋.)

数学の勉強でもこういうことはあります. 一生懸命, 命題の証明を読んで, 何とか理解したぞ! , としばらくの間, 気分よく過ごしていると, あの証明の考え方は, 前に勉強したアレと考え方はほとんど同じや, と気が付くことがあります. 気が付くのは嬉しいけど, なんでもっと早くその根本的な考え方に気が付かなかったのかと落ち込みます.

柳田の「ひだる神」に応じて, 南方熊楠もひだる神について書いています. 上で引用した和歌山にある覗くとひだる神に憑かれる穴について書かれた「ある書」ですが, 和歌山の南方は「ある書」とは, 菊岡沾涼の「本朝俗諺誌」であると述べ, 該当する部分を引用しています. 

「紀伊国熊野に大雲取、小雲取という二つの大山あり。この辺に深き穴数ヵ所あり、手ごろなる石をこの穴へ投げ込めば鳴り渡りて落つるなり。二、三町があいだ行くうち石の転げる音聞こえ鳴る、限りなき穴なり。その穴に餓鬼穴というあり。ある旅僧、この所にてにわかにひだるくなりて、一足も引かれぬほどの難儀に及べり。折から里人の来かかるに出あい、この辺にて食求むべき所やある、ことのほか飢え労(つか)れたりといえば、跡の茶屋にて何か食せずや、という。団子を飽くまで食せり、という。しからば道傍の穴を覗きつらん、という。いかにも覗きたりといえば、さればこそその穴を覗けば必ず飢えを起こすなり、ここより七町ばかり行かば小寺あり、油断あらば餓死すべし、木葉を口に含みて行くべし、と。教えのごとくして、辛うじてかの寺へ辿りつき命助かる、となり」
(「南方熊楠全集3」p.567 より「本朝俗諺誌」の抜粋を抜粋.)

「和歌山県誌」も「本朝俗諺志」も山口大学総合図書館においてありませんが, 「南方熊楠全集」はあります. 南方引用文を読むと, 柳田が引用した「寺までの距離が十町ばかり」というのはやや誇張だとわかりますね. 数理科学科の4年生のみなさん, 卒業論文で, 原典を確認してから引用した方がいいですよ. まぁ, 私も「和歌山県誌」, 「本朝俗諺志」を確認したわけではありませんが.

那智山麓にいた南方自身もひだる神にあっています. 寒い日に, 山中の道で, 急に脳貧血を起こし, 精神茫然となり, 仰向けに倒れたことがあるそうです. 植物採集のために背負っていた胴乱(どうらん)が枕になって, 頭が直接, 岩にぶつかるのを免れたという. その後, 彼は山に入るときには, 握り飯と香の物を携えた, と書いています. やはり, 勉強する人はしっかり食べないといけませんね. 南方はオストアンデル(あんぱん)が好きだったとか.

ひだる神の住処であるこの穴ですが, 南方は雲取にあるとは聞いた事がないが, 那智から雲取を越えて請川(うけがわ)に出て川湯に行くと「ホコの窟」という穴があると書いています. この穴の入り口近くに, 握り飯を置くと, 消えてなくなるそうです. そして, この穴こそが「本朝俗諺志」に書かれている餓鬼穴ではないかと述べています. 置かれた握り飯を餓鬼が穴からそっと手を出して取って食べているのかも知れません.

マレー半島にもひだる神に似た話があるようです. さらに, 南方は仏典「正法念処経」の十六にある人の気力を食う餓鬼が日本のひだる神に近いようだと, この経典を引用して, 紹介しています. 次のような内容です. 貪りや嫉みの心を隠して, 人を欺き痛めつけたり, 人と争ったり, 人のものを取ったりする者は餓鬼になる. この餓鬼, 全身の毛孔から火が出て, 身が焼かれ呻き声を上げる. 自らを救うために, 人の体に入りその人の気力を食うという.

このような餓鬼に憑かれて, 気力を奪われては困りますので, 数理科学科の学生のみなさん, 毎日ご飯をしっかり食べましょう. 暑くて食べる気力が少ないかも知れませんが. 十分な睡眠も大切です. 小さいペットボトルに水を入れて凍らせたものを抱えて寝るとちょっと楽です. (南出)

参考文献

  • 柳田國男 「妖怪談義」講談社学術文庫, 講談社, 1977. (p.113—p.116「ひだる神のこと」, 初出は大正15年ではないかと思われる.)
  • 水木しげる 「妖怪天国」ちくま文庫, 筑摩書房, 1996. (p.24—p.26「「妖怪ひだる神」のこと」初出は 1973年か?)
  • 水木しげる 「妖怪画談」岩波新書 238, 岩波書店, 1992. (p.50, p.51「餓鬼憑」)
  • 南方熊楠 「南方熊楠全集3」, 平凡社, 昭和46年. (p.567—p.571「ひだる神」, 初出は大正15年, 昭和2年.)
  • 山邊習學 訳「国訳 一切経 経集部 八」大東出版社, 昭和8年. (p.317)

 

(「南方熊楠全集3」, 「国訳 一切経 経集部 八」は山口大学の総合図書館にあります. 正法念処経は漢和辞典を引かないと読めない漢字ばかり書かれているので, 本文中に該当部分を書き写すことを諦めました. パソコンで漢字を出力するのは大変です. 上の餓鬼は蚩陀羅餓鬼という名前ですが, 蚩陀羅を南方はシダラと, 一切経の方はテンダラとふりがなを書いています.) 

 

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