セミの声が遠くから静かに響くようになり, 秋の声が聞こえるかのようです. 9月3日, 出張先の神戸で読んだ神戸新聞の一面には, 神戸港のきれいなパンパスグラスの写真がありました. 私は出張先でその土地の「地方紙を買う男」です. インド出張のときは, 読めもしないインドの新聞を手に入れて持って帰ってきます. 松本清張の小説にあるのは「地方紙を買う女」です.
山口大学の学生は9月中は夏休みですが, 集中講義(一週間で半期分16コマの講義を行うもの)や部活動などで大学構内に学生が増えてきて, 賑やかになってきています. 私も4日から大学院生とのセミナーを再開しました. 高校生のみなさんはすでに学校の授業が正式に再開したと思います. 受験生の方々の中には「もう時間がない!」と焦っている人もいるかも知れません. 親御さんの心配・不安は計り知れないものと思います. それでも, 受験生の方々は焦らずに自分ができることを一つ一つ丁寧に取り組むのが良いと思います. 私の場合, 焦ると100パーセント失敗します. そもそも, 大学入試の問題はイジワルが過ぎるのではないかと思います. 性格悪い. 鬼手鬼心. 高校生の方には, のびのびと勉強を楽しんでほしいです.
私にとって, 8月はまさに「光陰矢の如し」, 驚く早さで過ぎ去っていきました. 神戸の小学校1年生の詩
1にち24じかん みじかすぎる だれがきめたんや
(「一年一組 せんせいあのね」絵本版p.34より抜粋.)
と同じ気分です. 8月5日まで, 講義(代数学の講義全32回など)と期末試験があり, その後試験の採点をしてから, 答案を見返しながら講義の反省をしました. 「もっと上手に講義できないものか」, 「来年度はコレを止めてアレを代わりに入れようか」など. 学生の答案を見ていると「先生の教え方が下手くそなんじゃないの」と学生の声が聞こえるようです. でも, 中には「俺の説明は良かったハズだ!勘違いしているのは君の方だ!」と思うこともあります. 途中, オープンキャンパスがあって, そのために高校の教科書を確認しながら参加者に配布するプリントを作りました. 私は焦って用意したので, 「左辺」と「右辺」を書き間違えてしまい, その上, 参加された高校生に指摘されてしまいました. 恥ずかしい限りですが, 他にも間違っているかも知れません. エラソーに大学で講義をしている私も失敗してますので, 受験生の方には焦らずに, 少し気楽に勉強してほしいと思います.
講義の反省は辛いので, 逃げ出して, 今年の4月に思いついたアイデアを定理にしようといろいろ計算してみました. アイデアは形になったのですが, 私が証明したこととすでに知られている定理との関係がハッキリわかっていないことに気が付いて, 悩み込んでしまいました. 時間は矢の如く過ぎる. 勉強は亀の如く進まない. まさに知るべし.
中年過老学難成 (ちゅうねんおいすぎてがくなりがたし)
時間がなくて困っているのに, 子供のときに読んだミヒャエル・エンデの童話「モモ」(大島かおり訳) をもう一度読みました. ラジオやテレビはあるけど, パソコンは普及していない時代の物語です. 古代の円形劇場の廃墟に住み着いた, 児童施設から逃げてきた10歳くらいの少女モモが, のんきな(?)カメと共に人々から時間を盗む灰色の男たちから社会を救う話です. 私が大学院生の終わりの頃に, ふとこの本を開いたとき, 心に留まったのは道路掃除のベッポじいさんの話です(第4章). 人がまだ寝ている夜明け前に, ベッポじいさんは道路掃除の仕事に取り掛かります.
ひとあし—ひと呼吸(いき)—ひと掃き
一度に道路全体の掃除を考えずに, 次のひと足, 次のひと呼吸, 次のひと掃きのことだけを考えて掃除をすると, 心が楽しくなってきて, 仕事がはかどって, いつの間にか道路全体の掃除が終わっている. 数学の勉強もこのように捉えるのが良いのかも知れないと思いました. 最初から, 「この難しい本を理解するぞ!」, 「この難しい論文を理解するぞ!」などと思わずに, 目の前の, 一行一行に書かれたことの理解に努めるのが良いのではないかと. 大学受験のための受験勉強も一行一行進むのも良いかと思います. もっとも, その一行がわからないときに, 次の行を読んでみることも大切だと思います. 次の行を読むと, 飛ばした前の行に書かれていることがよりハッキリと理解できることもあります.
私が大学に勤め始めたときにも「モモ」を少し読みました. 心に留まったのは, 少女モモの類まれな才能の話です (第2章). 彼女の才能は人の話を聞くことです. モモは人の話を黙って聞く. 口をはさんだり, 助言したり一切しません. 話をしている方は, 話しているうちに混乱した気持ちが自然に整理され, だんだんと自ずから見失っていた自分を取り戻します. 私は今でも学生の話を聞いていて, 彼らが何を言いたいのかわからずイライラすることが多いです. 黙って, 学生の話を聞くように心掛けてはいるのですが, 難しいです. 難中の難です. 子供のときに「モモ」を読んだときに, 少しも気にしていなかったと思います. 数理科学科の学生のみなさんは, イライラしている教員を恐れず, 沈黙せずに, 困っていることを近くの教員に伝えてください(イライラしているのは私だけ?). 山口大学には, 学生相談所, 学生特別支援室(SSR), 健康科学センターがあります. 自分一人で解決しようとせずに, 人の智慧を借りてください.
8月末に「モモ」を読んで以来, 6章「インチキで人をまるめこむ計算」のところが気になっています. 子供のときにこの部分を読んだことはよく覚えています. 仕事ばかりで, 心に余裕のない散髪屋が「人生に失敗した」と嘆いているところ, 灰色の男がやって来て,「ちゃんとしたくらしをする時間のゆとりがあれば、ちがうでしょうね。そのためには時間が必要ですね」と言います. そして, 先ず, 例えば70年の人生は, 2,207,520,000秒(70×365×24×60×60) だと秒で言い表し, それから一日8時間の睡眠を秒で, 一日のおしゃべりの時間も秒で, 食事の時間, インコの世話, 読書の時間までも秒で表し, これらの合計秒を時間の浪費だと詰め寄ります. 一時間単位を秒単位に言い換えただけで, 時間は変わっていません. バラの花を別の名で呼んでも花自体は変わりません. 数字を大きくして大げさに表現しているだけです. 散髪屋はそれに気が付きません. そして, 灰色の男は散髪屋に時間の倹約をせまり, 倹約した時間を時間貯蓄銀行に預けるように言います. 預けられた時間には利子が付くとも言います. 一体どうやって利子が付くのか?明らかにおかしいです. 乗せられた散髪屋は, 一人のお客の散髪にかける時間などを半分にしたり, 本を読むのを止めたり, 友人付き合いも止めて, 時間の倹約(?)に努めます. 時間を倹約(?)すればするほど, 毎日が早く過ぎ去っていきます. この散髪屋だけでなく, 多くの人が灰色の男たちに「秒による表現」に騙されて, 物事にかかる必要な時間を削るようになります. 人々はせわしなく生活するようになります.
この物語の, 時間を削るようになった人たちは, 静寂を恐れます.
「けれどいちばん耐えがたく思うようになったのは、しずけさでした。じぶんたちの生活がほんとうはどうなってしまったのかを心のどこかでかんじとっていましたから、しずかになると不安でたまらないのです。ですから、しずけさがやってきそうになると、そうぞうしい音をたてます。けれどもちろん子どもの遊び場のようにたのしげなさわぎではなく、怒りくるったような、ふゆかいな騒音です。この騒音は日ごとにはげしくなって、大都会にあふれるようになりました。」
(大島かおり訳「モモ」p.104 より抜粋.)
日本社会でも, 特に最近, 新幹線の中で, パソコンをパチパチやっている人が多いですが, 実は静寂を恐れているのかも知れません. 私が乗った神戸への行き帰りの新幹線, ひと車両にも5, 6名いました. けたたましくパチパチパチ!!「パソコンのタイプ悪魔の笑い声」です. イヤホンで独りショパンでも聞いて静かにしておいてほしいです. 車内全体を巻き込まないでほしい. 私は極力, パソコンを持たずに新幹線に乗ります. パソコンを持って行くとなると, お土産を貰ったときに入れるところがないかも知れません. 鞄の空きスペースは大切です.「モモ」6章の冒頭に, 人は時間を分け与えられているがそのことを不思議なことだと思っていない, というようなことが書かれています. また, 6章の冒頭にも終わりにも, 「時間とは、生きることそのものである」, 「人のいのちは心を住みかとする」と述べられています. 6章の終わりを書き抜きます.
「けれど時間とは、生きるということ、そのものなのです。そして人のいのちは心を住みかとしているのです。
人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。」
(大島かおり訳「モモ」p. 106 より抜粋.)
人それぞれに与えられた時間は, その人が生きることと同じであるとは難しい主張です. 子供のときの私は深く考えずに読んでいたと思います. 正直, 全然記憶にありません. 灰色の男が散髪屋に迫るところは, 子供向けの劇でも見た覚えがあり(京都市動物園の近くだったと思う), よく覚えているのですが. 今, これを読んで「時間=生きること」はなんとなくわかるような気もしますが, ちゃんと理解して人に明確に説明できません. 「命の住処は心」というのはサッパリわからず, 考え込んでいます. しかし, 忙しいと生活がやせ細る, 心が衰弱するのは経験からよくわかります. 受験生のみなさん, 保護者のみなさん, 焦らないでください. 心を衰弱させてはいけません. それに, 悠然と構えているとイイコトあります. 神戸のインドカレー屋さんに, 私は悠然と入りました. 先客は狭い小さい席でカレーを食べていましたが, 私は一人なのに大きい4人席に案内してもらいました. インドカレー(ダール(豆のカレー), アールークルチャ(ジャガイモ(アールー)の入ったクルチャ))はとてもおいしかったです. 全部右手で食べました. また行きたいです. (南出)
![]() |
![]() |
![]() |
参考文献
-
神戸新聞 2026. 9.3 第一面「潮風にゆらり 秋の気配」
- 松本清張 「傑作短編集(五) 張り込み」, 新潮文庫, 新潮社, 昭和40年.
(この中に, 「地方紙を買う女」があります. この中の「張り込み」には, 小郡駅(今の新山口駅)が登場します.) - 選 鹿島和夫 絵 ヨシタケシンスケ
「こどものつぶやきセレクション 一年一組 せんせいあのね」, 理論社, 2023年.
(姪に渡そうと思って買ったのに, いつまでも私の手元にあります.) - ミヒャエル・エンデ 作 大島かおり 訳 「モモ」, 岩波少年文庫127, 岩波書店, 2005.


