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和泉式部の幽霊

地獄の炎であぶられるかのように残暑の太陽の光を受けながら, 地蔵堂の前で子供が頭を垂れる. その後, 子供は地蔵様に供えられたお菓子を頂くという「地蔵盆」と呼ばれる法事があります. 1650年ごろから行われているようで, 京都やその周辺で盛んなようです. 花園大学などの調査によると, 京都市内には一万体以上の「お地蔵さん」があるようです(「京都地蔵盆の歴史」p.13, p.45, p.48). 山口大学・吉田キャンパス近隣では見かけたことはありませんが, 8月22日, 23日, 24日あたりに地蔵盆が行われたところもあったと思います. 私は子供の頃に, 京都・京極の誓願寺さんの地蔵盆に参加した記憶があります. 本堂の巨大な阿弥陀様に, 幼心にも驚きました(お寺の横の建物で, 落語を聞いた記憶も少しあります.). 上に挙げた文献で知りましたが, 誓願寺の地蔵堂には言い伝えがあります. 西陣天道町のある人が夢の中で, 井戸の奥底に小さな僧の姿を見た. 何度も同じ夢を見るので, 自宅の井戸に入ってみると地蔵菩薩の石仏が見つかります. 石ではありますが, 仏様なのでそのまま放っておくわけにもいかず, その人は地蔵様を引き上げて, 家の中におきます. ある夜, 石の地蔵菩薩像がしゃべります.「こんな狭いところは嫌や. もっと広い誓願寺に連れて行ってほしい. 自分では歩けないから, よろしく頼む」と. それで, 西陣の人は石仏を誓願寺まで連れて行って寄附したという(「京都地蔵盆の歴史」p.59). 西陣から京極までの道のり, とても重かったと思います.

子供のときに暑い中, 誓願寺さんの地蔵堂の前で長い読経を聞き(子供にとってはなおさら長い), その後, 子供向けの法話も聞きました(これも長い!子供が地蔵に助けられるという話だったと思います.). 法話の締めくくりに, お坊さんが「お地蔵様は子供が大好きな仏様です. 町中でお地蔵様に出会ったら合掌してください. そして, 誓願寺の前を通ったときは、阿弥陀様に合掌してください」と言われているのに, 私の心の中は「早くお菓子ほしい, 早くジュースほしい, 早く終わってほしい」です. まさにガキ道です. お坊さんもそんなことはお見通しだったと思います. 「馬の耳に念仏」, 「ガキに地蔵」.

柳田國男が謡曲「誓願寺」に触れています. 一遍上人は「信・不信を選ばず, 浄・不浄を嫌わずその札を配るべし」と熊野権現に励まされて, 念仏布教に努めます. 誓願寺にやって来て布教しているとき, 見慣れぬ女がやって来て問答します. この女ずうずうしく「誓願寺の門にある「誓願寺」と書かれた額を「南無阿弥陀仏」と書いた額に変えた方がいいんじゃない?」と言います. 一遍上人が謎の女に「どこから来られた」と問うと女は「わらはが住かはかの石塔」と墓所を指さしたという. これが和泉式部の幽霊だったという. 事実, 誓願寺の直ぐ近くに, 和泉式部が住職を務めた誠心院があります. 和泉式部の幽霊の話など私が子供のときに知りませんでしたが, 誠心院の墓地が怖かった覚えがあります. と言っても当時のお寺の位置は現在とはだいぶ違うようです. 「源氏物語」の紫式部も負けていません. 地獄におちた紫式部, ある人の夢に現れます. 夢の中でその人が紫式部の幽霊に向かって「あなたはどちらさん?」と尋ねたら

「紫式部なり。そらことをのみ多く集めて、人の心をまどはすゆゑに、地獄におちて、責苦を受くる事、いとたへがたし。源氏の物語の名を具して、なもあみだ仏という歌を、巻(まき)ごとに人々に詠ませて、我が苦しみをとぶらひ給え」
(三木紀人「今物語」p.252より抜粋.)

と応えたという. 偽り事を書いて, 人々を惑わしたために地獄に堕ちて, 毎日獄卒に苦しめられている. とても耐えられないので, 「源氏物語」に南無阿弥陀仏の歌を挿入してほしい. その上供養してくれと. これはちょっとずうずうしいお願いだと思うのは私だけでしょうか.

幽霊譚や妖怪譚など数多あり, それらは実体のない作り話かも知れませんが, それに発展する事実があったものも中にはあると思います(本物もあるとは思いますけど.). 井戸を掘っているときに出てきた石で地蔵を彫ったが出来栄えが良かったので誓願寺に寄附した, 和泉式部の墓を熱心に参る女性がいた, 「源氏物語」をバカバカしいと常々怒っていた人がいたなどなど. 私が子供のときに読んだ漫画「釣りキチ三平」(矢口高雄著)に, 謎の魚を追う魚釣り大好きな三平くんに, 彼の祖父・一平じいさんが「迷信や伝説には, 科学的事実が潜んでいる」というようなことを言っていたように思います. 手元に漫画がなく詳細を思い出せませんが, イワナ釣りの話だったような気がします. 漫画を読みながら, 一平じいさんの言葉に「そう考えるのか!」と思った覚えがあります. 南方熊楠がツバメの巣にあるという石の伝説について論じた「燕石考」の最後は, 次のように締めくくられています.

「最後に、伝説の起原を天界ないし気象の現象に求められると主張して、伝説の解釈をする人に対しては、私は、ある老婆がギリシアの哲学者に忠告したように、次のように尋ねたい。「伝説について、地上にこのように(比較的)直接にたどることのできる諸原因があるのに、どうして私たちは、遠く離れた天界に、間接的で曖昧な起原を求めなければならないのですか?」」
(「南方熊楠文集2」p.374 より抜粋.)

数学の勉強は幽霊譚の探求みたいなところがあると私は思います. 数学の定理や命題に述べられている不思議な主張について, 何故そうなるのかと検証しながら, 証明の理解に努める. 証明が理解できないときは, その人にとって定理は幽霊のようなもののままですが, 証明が理解出来れば, 得体の知れない幽霊の正体を知ることになり, 数学の理解が進みます. 正体を知ると「なぁーんだ. そういうことか」とつまらなくなることもあるかも知れませんが, 追及しているときは楽しいと思います.

誰かに答えのみ教えてもらうよりも, 巧言に黙ってうなずくよりも, 自分で不思議な現象を検証するほうがはるかに面白いし, 楽しいと思います. (南出)

 

 

参考文献

    • 村上紀夫 「増訂 京都地蔵盆の歴史」, 法蔵館文庫, 法蔵館, 2025. (p.13, p.45, p.48, p.59)
    • 柳田國男 「定本 柳田國男集 第八巻」, 筑摩書房, 昭和37年.
    • 三木紀人 全訳注 「今物語」, 講談社学術文庫, 講談社, 1998. (p. 252)
    • 岩村 忍 編 「南方熊楠文集2」, 東洋文庫, 平凡社, 1979. (p.374)
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