国立大学法人 山口大学

本学への寄付

感染症との闘い:毒を以て毒を制す

 

 山口大学共同獣医学部の西垣一男教授らの研究グループは、古代のレトロウイルスが宿主に感染したのち、宿主とウイルスの共進化によって、内在性レトロウイルス(Endogenous Retrovirus: ERV)が抗ウイルス因子として進化し、現代の動物においてウイルス感染から身を守っていることを解明しました。

発表のポイント

  1. ERVの短縮型エンベロープ遺伝子に由来する分泌性タンパク質が、ウイルスの受容体を介して感染を防御する仕組みを解明しました。
  2. ERVによる感染の防御は、ネコ科動物および霊長類に存在することを発見し、収斂進化により各動物種に出現していることが判明しました。
  3. 古代のレトロウイルス感染症の痕跡であるERVは、ヒトや動物のゲノムに散在していることから、同様の感染防御システムが普遍的に存在するものと推測されます。

詳細説明概要 

 人間や動物が持つ遺伝情報、つまりゲノムには、古代に水平伝播したレトロウイルスの残骸が散らばっており、内在性レトロウイルス(Endogenous Retrovirus: ERV)と呼ばれています。ERVは、ヒトゲノムの約8%を占めていることが明らかとなっています。ウイルスは、恐竜などのように化石となって残ることはありませんが、私たちのゲノムには、私たちの祖先が感染した古代のレトロウイルスの遺伝子配列が、化石のように存在しているのです(図1)。 

図1.ヒトや動物のゲノムには、内在性レトロウイルス(ERV)と呼ばれる、現代のレトロウイルスとよく似た配列が存在します。ERVは、ヒトや動物の祖先に感染したレトロウイルスであると考えられ、遺伝子で受け継がれています。つまり、ERVは古代レトロウイルスの化石のようなものです。

 

 ERVは人間だけでなく、動物にも存在します。古代のウイルスも現代のウイルスと同様に、人間や動物に病気を引き起こしたと想像できます。これら古代のウイルス感染が起きたのは数万~数百万年前です。このダイナミックな時間軸において、人間や動物がどのようにウイルスに打ち勝ってきたのか、古代のレトロウイルスを研究することによってその一端をうかがい知ることができます。本研究では、古代のレトロウイルスが宿主に感染したのち、宿主とウイルスの共進化によって、ERVがウイルスの感染を阻止するものに進化し、対抗していることを解明しました。古代のウイルスの残骸に由来するタンパク質が、ウイルスの感染を阻止します。特に、イエネコに存在するRefrex-1(リフレックスワン)として知られる分子は、イエネコのERVの一種であるERV-DCのエンベロープ遺伝子に由来します。今から280万年前にERV-DCがイエネコの祖先に感染し、そのあと共進化によってRefrex-1が生まれたと考えられます。この分子はウイルスのエンベロープに由来しますが、変異によって短縮型となり、細胞の外へ放出される、いわゆる分泌性のタンパク質という特徴を持つように進化しました。Refrex-1はウイルスの感染に必須の受容体に結合することによって、ウイルスの細胞への侵入(感染)を阻止すると考えられます(図2)。

図2.ウイルスはウイルス受容体に結合することにより細胞へ侵入(感染)します(図右)。しかし、イエネコにおけるRefrex-1のような抗ウイルス分子が存在すると、ウイルス感染の邪魔になるため、結果として感染が阻止されます(図左)。

 

 つまり、Refrex-1がウイルスの感染に対して物理的に邪魔をすることで、ウイルスの感染が起こらないようにします。また同様の感染防御システムが、チンパンジーや、ボノボ、ゴリラ、マカクザルなどの霊長類においても存在することが判明しました。これらの動物の祖先が古代のウイルス感染症との闘いの中で獲得したものと思われ、感染症に対抗する分子が、さまざまな動物における収斂進化を通じて出現したと考えられます。各動物種が古代のウイルス感染の痕跡をDNAレベルで記憶することで、新たなウイルスの脅威に対抗するのみならず、古代のウイルス感染症を絶滅させることにも一役買っていると考えられます。複数の異なる動物種が似たような感染防御システムを持つことにより、動物種の境界を越えて伝播するウイルスに対抗できるのかもしれません。
 本研究成果は米国の科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)に、2022年6月27日に掲載されました。なお、本研究は東海大学医学部および国立感染症研究所との共同研究として実施されました。

研究成果のプレスリリースはこちら

 

発表論文の情報

  • タイトル:Convergent evolution of antiviral machinery derived from endogenous retrovirus truncated envelope genes in multiple species
  • 著 者:三宅 在子*(山口大学), Minh Ha Ngo*(山口大学), Shelly Wulandari(山口大学), 下島 昌幸(国立感染症研究所), 中川 草(東海大学), 川崎 純菜(山口大学, 現・早稲田大学), 西垣 一男(山口大学)
    *筆頭著者
  • 掲 載 誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
  • D O I:https://doi.org/10.1073/pnas.2114441119

謝辞

本研究成果は、以下の研究費の支援を受けて得られました。

  • 科学研究費補助金・基盤研究(B)
    研究代表者:西垣 一男(山口大学 共同獣医学部)
    研究課題番号:20H03152
  • 科学研究費補助金・基盤研究(C)
    研究代表者:中川 草(東海大学 医学部)
    研究課題番号:20K06775
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