国立大学法人 山口大学

本学への寄付

ミドリゾウリムシでは受精核から次世代の大核が分化する際に細胞内共生藻の維持に関連する遺伝子をもつミニクロモソームが選択的に増幅されることが明らかになりました

 

 山口大学共同獣医学部の藤島政博教授(特命)と台湾のJun-Yi Leu博士(Academia Sinica, Institute of Molecular Biology)らの研究グループは、4株のミドリゾウリムシ(Paramecium bursaria)(図1)の大核ゲノムの全塩基配列を解読し、ゲノムの特徴を明らかにしました。4株のうちの3株は野外採集されてから山口大学で30年以上培養している株でした。 株Dd1gのゲノム全体のサイズは26.8 Mb、GC%は28.8、遺伝子数は15,101個でした。この内、他種のゾウリムシ(ゾウリムシとヨツヒメゾウリムシ)に存在しない遺伝子数は3,773でした(図2)。
 受精核から新大核が分化する過程で作製される断片化されたゲノム(ミニクロモソーム)の長さは8~16kbでしたが、ヨツヒメゾウリムシではミニクロモソームのコピー数がほぼ均一であるのに、ミドリゾウリムシでは不均一でした。交雑して作製した若いミドリゾウリムシでも同様でしたので、コピー数の不均一性は老化による損傷ではなく、長期間細胞分裂を繰り返しても安定して維持される不可逆的な現象でした。エネルギー代謝や基本的な細胞機能の維持に必要なハウスキーピング遺伝子のコピー数は一定でしたが、環境適応に関与する遺伝子のコピー数は著しく多様であったため、ミニクロモソームのコピー数の不均一性は、ミドリゾウリムシ特有の機能と関係した現象であることが示唆されました。遺伝子のコピー数を他種ゾウリムシと比較したところ、6種の遺伝子のコピー数がミドリゾウリムシで増大していました。これらには、細胞内共生に関係する細胞内輸送と活性酸素無毒化機能を持つタンパク質遺伝子、根粒細菌の共生に関与する遺伝子、細胞表層タンパク質とタンパク質リン酸化酵素遺伝子が含まれていました。
 藤島教授(特命)らは2014年に共生藻の有無で発現が変化するミドリゾウリムシの遺伝子を特定しましたが(BMC Genomics, 2014, Doi: 10.1186/1471-2164-15-183)、今回の研究では、細胞内共生の維持に必要な遺伝子の発現量の変化だけでなく、特定遺伝子を含むミニクロモソームのコピー数を選択的に増加させる仕組みの存在が明らかになりました。この研究成果は、細胞内共生による真核細胞の進化と生物多様性の創出の仕組みの解明だけでなく、生物が環境に適応して進化するためのゲノムの可塑性を生み出す仕組みの解明にも貢献すると期待されます。
 山口大学共同獣医学部のNBRPゾウリムシ研究室では世界最大級のゾウリムシ種数と株数(24種、約1050株)を維持し、国内外の研究者に提供しています(http://nbrpcms.nig.ac.jp/paramecium/)。今回の研究では、その株が用いられました。
 本研究成果は、2020年11月30日に、英国のオンライン科学誌BMC Biologyに掲載されました。

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図1.ミドリゾウリムシ(Paramecium bursaria)の微分干渉顕微鏡写真

細胞質に緑色の多数のクロレラが細胞内共生している。各クロレラは個別に宿主の食胞膜由来の膜小胞で包まれ、その膜が宿主細胞表層直下のミトコンドリアの外膜と結合することで細胞に固定されている。細胞の中心には大核が存在している(写真撮影:藤島政博教授(特命))。

 

 

図2.3種のゾウリムシの相同遺伝子数の比較

異なる色の数字は種ごとの遺伝子数を示す。ヨツヒメゾウリムシの遺伝子数は他の2種より多い。ミドリゾウリムシの総遺伝子数15,101 の75%は、他の種にも存在し、ミドリゾウリムシ特異的遺伝子数は3,773。

 

発表のポイント

  • ミドリゾウリムシの大核ゲノムを4種の株で解読し、ゲノムサイズ、GC%、全遺伝子数、ミドリゾウリムシ特有の遺伝子数、受精核から新大核の分化過程で作製されるミニクロモソームのサイズとそのコピー数が明らかにされました。
  • ヨツヒメゾウリムシでは大核内のミニクロモソームのコピー数はその長さに関係なくほぼ均一でしたが、ミドリゾウリムシのミニクロモソームのコピー数は多様で不均一でした。また、コピー数の不均一性は、若い細胞と30年以上の老化した細胞とで差がなく、老化の影響を受けない不可逆的な現象であることが明らかになりました。
  • ミドリゾウリムシはクロレラ等の藻類を細胞内に共生させる能力を持ちます。クロレラの維持には宿主リソソーム融合阻止能力を持つクロレラ包膜の形成と宿主細胞表層直下へのクロレラの移動、クロレラによって産生される活性酸素の無毒化が必要です。それらの機能に関係する宿主遺伝子の発現量がクロレラの有無で変動することは2014年に山口大学の藤島教授(特命)らがトランスクリプトーム解析で明らかにしました。今回の研究では、受精核から大核が分化する時にゲノムの断片化で作られるミニクロモソームのコピー数が、細胞内共生の維持に関与する遺伝子を持つミニクロモソームでは高いことが明らかになりました。
  • 藻類との細胞内共生能力の獲得と密接に関連して生じるゲノムの可塑性が初めて示されました。

 

研究論文

  • タイトル:Genome plasticity in Paramecium bursaria revealed by population genomics.
  • 著者:Yu-Hsuan Cheng, Chien-Fu Jeff Liu, Yen-Hsin Yu, Yu-Ting Jhou, Masahiro Fujishima, Isheng Jason Tsai, Jun-Yi Leu.
  • 公表雑誌:BMC Biology
  • 公表日:2020年11月30日(オンライン公開)
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