国立大学法人 山口大学

本学への寄付

筋強直性ジストロフィーに対する世界初の根本的治療薬開発 ~医師主導第二相治験により有効性を支持する成果~

 

発表のポイント

  • 治療薬のない厚生労働省の指定難病である筋強直性ジストロフィーに対し、すでに他疾患で使用されているエリスロマイシンの有用性を検証する医師主導治験を実施しました。
  • 筋強直性ジストロフィーの疾患の本態となるスプライシング異常を改善させる有効性を世界で初めて報告しました。
  • 世界初の筋強直性ジストロフィー治療薬として、今後のエリスロマイシンの治療開発に期待されます。

 

概要

 厚生労働省の指定難病である筋強直性ジストロフィーは、成人で最も多い遺伝性筋疾患で、全身の筋力低下や不整脈、認知機能障害をおこす難病です。患者さんやご家族は、徐々に進行する症状だけでなく、根本的な治療薬は全くないという、二重の苦しみを背負っておられます。この病気の本態は、変異遺伝子から生成される異常RNAの毒性によるスプライシング異常により正常な機能をもつタンパク質の合成が阻害されることであるとわかっています。山口大学大学院医学系研究科の中森雅之教授(臨床神経学)、大阪大学医学部附属病院未来医療開発部 国際共同臨床研究支援グループ長/医学系研究科(循環器内科学)の中谷大作准教授らの研究グループは、他の疾患に長年使用されている薬剤エリスロマイシンが、筋強直性ジストロフィーのスプライシング異常を改善する可能性を見出しており、今回、多施設共同医師主導治験(プラセボ対照無作為化二重盲検比較試験、治験調整医師:中森雅之)により、その安全性と有効性を検証しました。この治験の結果、筋強直性ジストロフィーに対するエリスロマイシン治療の安全性を確認し、病態に直結するスプライシング異常を改善する有効性を世界で初めて示しました。今後世界初の筋強直性ジストロフィー治療薬として、エリスロマイシンの治療開発がすすむことが期待されます。
 本研究成果は、英国の国際学術誌 「eClinicalMedicine」 に12月27日(水)午前8時30分(日本時間)に公開されました。

1.背景

 筋強直性ジストロフィーは、有病率が約2,100人に一人と頻度の高い遺伝性疾患で、骨格筋の症状による筋力低下だけでなく、心臓の症状として不整脈や心不全、脳の症状として認知機能低下や性格変化、ほかにも糖尿病や白内障など、多様な全身症状を呈します。筋強直性ジストロフィー患者の方は、進行する筋力低下により寝たきり状態となり、嚥下・呼吸障害や致死性不整脈・心不全で不幸な転帰をとります。現在に至るまで有効な根本的治療薬はない難病です。
 筋強直性ジストロフィーでは、変異のある遺伝子から生成された異常RNAがスプライシング制御因子を凝集する結果、体内のスプライシング調節機構が破綻します。このため様々な遺伝子のスプライシング異常が引き起こされ、多様な全身症状の原因となります(図1)。また、こうしたスプライシング異常が筋強直性ジストロフィーの病気の本態であり、疾患の重症度を示す指標(バイオマーカー)であることもわかっています(Nakamori et al, Annals of Neurology, 2013;74:862-72)。
 われわれの研究グループでは、一刻も早く患者さんにお薬を届けるため、既存薬のなかに筋強直性ジストロフィーに効果があるものを探索するドラッグリポジショニングアプローチにより、抗生物質エリスロマイシンを候補化合物として見出しました(Nakamori et al, Annals of Clinical and Translational Neurology, 2015;3:42-54)(図1)。また、すでに他疾患で使用されている用法用量で、筋強直性ジストロフィーモデルマウスで有効性を示すことも実証しています。
 こうした基礎研究によって見出された新しい治療法の安全性と有効性を科学的に証明し、保険診療で使えるようにするためには、治験と呼ばれる厳密に管理された環境下で行われる臨床試験を行う必要があります。

2.研究の成果

 今回、われわれは筋強直性ジストロフィー患者さんに対して実際にエリスロマイシンによる治療をおこない、その安全性と有効性を検証する医師主導第二相治験(多施設共同プラセボ対照無作為化二重盲検比較試験)を実施しました。この治験は、中森雅之山口大学教授を調整医師として、NHO青森病院、NHO大阪刀根山医療センターを含めた3施設で、大阪大学医学部附属病院未来医療開発部と国立精神・神経医療研究センターの協力のもと、医師主導治験として2019年に開始されました(jRCT2051190069)。30名の筋強直性ジストロフィー患者さんが参加され、24週間にわたりプラセボもしくはエリスロマイシンを内服し、治療の安全性と有効性を検証しました(図2)。主要評価項目として設定された安全性については、エリスロマイシン投与群で消化器症状と関連する有害事象がやや多くみられたものの、重篤なものはなく、全例で軽快しました。このほか重篤な有害事象はみられませんでした。また、有効性を示す副次評価指標として、スプライシング異常がエリスロマイシン投与群で統計学的有意に改善していることが示されました(p = 0.042)(図3)。また、筋障害の指標となるクレアチンキナーゼ(CK)値も、エリスロマイシン投与群で低く抑えられる傾向がみられました。

3.研究の意義と今後の展望

 これまで筋強直性ジストロフィーに対して、さまざまな治療薬の候補が開発されてきましたが、実際に患者さんで病気の本態であるスプライシング異常を統計学的有意に改善したものはエリスロマイシンが世界初となります。また安全性にも特に問題がみられなかったことから、今後の第三相治験でより多くの患者さんに対するエリスロマイシンの安全性と有効性が実証されれば、世界初の筋強直性ジストロフィー治療薬としての薬事承認につながることが期待されます。

4.研究プロジェクトについて

 本研究は山口大学、大阪大学、NHO青森病院、NHO大阪刀根山医療センター、国立精神・神経医療研究センターと共同で行われたものです。また、本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の臨床研究・治験推進研究事業の支援を受け、治験は大阪大学医学部附属病院治験審査委員会の承認のもと実施されました。

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図1.筋強直性ジストロフィーの病態とエリスロマイシン治療
 筋強直性ジストロフィーでは、変異DMPK遺伝子から生成された、異常RNAがスプライシング制御因子を凝集する。この結果、細胞内のスプライシング制御因子が枯渇して、スプライシング制御機構が破綻し、さまざまな遺伝子のスプライシング異常が障害される。骨格筋型塩化物チャネル(CLCN1)のスプライシング異常が筋強直症状を、インスリン受容体(INSR)のスプライシング異常が糖尿病を、心筋ナトリウムチャネル(SCN5A)のスプライシング異常が不整脈を起こすなど、これらのスプライシング異常が全身の多様な症状の原因とされている。
 筋強直性ジストロフィーでのこうした異常RNAによる毒性に対して、エリスロマイシンは異常RNAに結合することでスプライシング制御因子の凝集を防ぎ、スプライシング調節機能を回復させる作用がある。

図2.本治験の割り付けとデザイン
 本治験では、筋強直性ジストロフィー患者さん30例を無作為にプラセボ群6例、エリスロマイシン低用量投与群12例、エリスロマイシン高用量投与群12例に割り付け、24週間の内服を行った。投与前、投与開始4週後、16週後、24週後に評価を行った。

図3.本治験での有効性評価指標の結果
 筋強直性ジストロフィーの病気の本態であるスプライシング異常(CACNA1Sスプライシングバイオマーカー)に、エリスロマイシン投与群で有意な改善がみられた。また、筋障害の指標である血清クレアチンキナーゼ(CK)値も、エリスロマイシン投与群で低く抑えられる傾向がみられた。

論文タイトルと著者

  • タイトル:Erythromycin for myotonic dystrophy type 1: a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 2 trial
    (エリスロマイシンによる筋強直性ジストロフィー治療:多施設共同無作為化プラセボ対象二重盲検比較試験)
  • 著 者:Nakamori M1,2, Nakatani D3, Sato T4, Hasuike Y2, Kon S5, Saito T6, Nakamura H7, Takahashi MP8, Hida E4, Komaki H7, Matsumura T6, Takada H5, and Mochizuki H2
  • 所 属:
    1. 山口大学 大学院医学系研究科 臨床神経学講座
    2. 大阪大学 大学院医学系研究科 神経内科学講座
    3. 大阪大学 医学部附属病院 未来医療開発部
    4. 大阪大学 大学院医学系研究科 医療データ科学共同研究講座
    5. NHO青森病院
    6. NHO大阪刀根山医療センター
    7. 国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター
    8. 大阪大学 大学院医学系研究科 臨床神経生理学講座
  • 掲載誌:eClinicalMedicine (2024)
  • D O I:doi.org/10.1016/j.eclinm.2023.102390
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