アルツハイマー病とがんに関与するタンパク質の二重の役割を解き明かす
タンパク質脱メチル化酵素であるPME-1(Protein Phosphatase Methylesterase 1)※1は、アルツハイマー病やがんにおいて発現の上昇が観察されているタンパク質です。PME-1は、細胞内シグナル伝達を担う酵素PP2A(Protein Phosphatase 2A)を、2つの異なるメカニズムで制御します。
山口大学共同獣医学部・細胞デザイン医科学研究所の大浜剛准教授を中心とした研究グループは、理化学研究所および長崎大学との共同研究により、2種類の異なるPME-1変異マウスを用いて、PME-1 の両機能がいずれもマウスの正常な発生に欠かせないことを明らかにしました。本研究成果は、2025年5月15日号の「The FASEB Journal」に掲載されました。
PME-1には、PP2AのC末端メチル基を除去する「脱メチル化酵素」としての機能に加え、PP2Aの触媒サブユニットと直接結合してその活性を抑制する「タンパク質間結合を介した阻害因子」としての機能があります。これらの2つの機能は、認知症やがんとの関連が示唆されていましたが、生体内でそれぞれ独立して重要な役割を果たしているかは不明でした。
本研究では、PME-1の2つの機能をそれぞれ個別に欠損させたマウスを作製し、発生過程への影響を詳細に解析しました。その結果、脱メチル化酵素の機能を欠損したマウスでは、脳を中心とした多くの組織・器官に重篤な異常が見られ、全例が死産となることが明らかになりました。一方で、PP2A阻害因子としての機能を欠損したマウスは一見正常に見えるものの、生後48時間以内にすべて死亡しました。詳細な解析の結果、このマウスでは嗅覚異常により母親の乳首を認識できず、栄養摂取ができない可能性が示唆されました。
本研究は、PP2Aという細胞機能の鍵を握る酵素の制御機構を理解する上で新たな知見を提供するだけでなく、認知症やがんに対する新たな治療戦略の開発にも貢献することが期待されます。また、従来のノックアウトマウス解析では見落とされてきた、酵素活性に依存しない酵素の機能の重要性を明らかにした点でも大きな意義があります。
発表論文の情報
- 論文名:Two distinct mechanisms of PP2A regulation by methylesterase PME-1 are both essential for mouse development
- 著 者:Shunta Ikeda, Sana Ando, Nana Kishida, Keiko Tanaka, Masashi Sakurai, Yusuke Sakai, Shinya Ayabe, Saori Mizuno-Iijima, Atsushi Yoshiki, Kenichi Nakashima, Shunya Tsuji, Masataka Asagiri, Taiki Baba, Kohsuke Takeda, Koichi Sato, Takashi Ohama
- 掲載誌:The FASEB Journal(2025年5月15日号)
- 掲載日:2025年5月6日
- D O I:https://doi.org/10.1096/fj.202402617RR
用語説明
※1 PME-1は、PP2Aタンパク質の唯一の脱メチル化酵素であり、PP2A複合体の活性を調整することで、細胞の成長や分化、アポトーシスなど多くの生命活動に関与する。
謝 辞
本研究成果は、以下の研究費等の支援を受けて得られました。
- 科学研究費補助金・基盤研究(B)、挑戦的研究(萌芽)、特別研究員奨励費
研究代表者:大浜 剛(20H03151、22K19249、23H02384)
研究代表者:池田 俊太(22KJ2341)
お問い合せ先
山口大学 共同獣医学部 獣医薬理学研究室
准教授 大浜 剛
E-mail:t.ohama@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)