国立大学法人 山口大学

本学への寄付

ギラン・バレー症候群の原因となる自己抗体を発見

 

発表のポイント

  • ギラン・バレー症候群の発症原因となる蛋白(自己抗体)として、患者さんの血液中にsnRNP抗体を同定しました。
  • 同抗体は血液神経関門を壊すことで、ギラン・バレー症候群の発症に関与すると考えられます。
  • 同抗体はギラン・バレー症候群の診断マーカーとしての利用が今後期待されます。
  • 血液神経関門を人為的に弱め、末梢神経を修復する薬剤(神経栄養因子やモノクローナル抗体)を末梢神経内に届けることを可能とする、新しい治療法開発につながる発見であると期待されます。

研究概要

 山口大学大学院医学系研究科(医学専攻)臨床神経学講座の清水文崇准教授、大学院医学系研究科(保健学専攻)臨床看護学講座の古賀道明教授、総合科学実験センター資源開発分野(遺伝子実験施設)の水上洋一教授、渡邊健司助教らの研究グループはギラン・バレー症候群注1から血液神経関門注2を破綻させる新規自己抗体であるsnRNP抗体注3を発見しました。

研究の背景と目的

 ギラン・バレー症候群(Guillain-Barré syndrome: GBS)は、下痢や上気道炎などの先行感染症状後に急性発症する免疫介在性ニューロパチーで、糖脂質(ガングリオシドなど)抗体などの末梢神経に発現する標的分子に対する自己抗体がGBSの病態に関わることが想定されています。GBSの発症には、末梢で産生された自己抗体が末梢神経内の標的に結合するために、血液と末梢神経の間のバリアーである血液神経関門(blood-nerve barrier: BNB)を通過する必要があります。これまでGBS患者さんでどのようにBNB破綻が生じるか、十分に解明されてこなかったため、私たちが世界に先駆けて独自に樹立したヒトBNB構成条件的不死化血管内皮細胞株と多数のGBS患者血清から精製した免疫グロブリンG(IgG)を用いて、GBSでのBNB破綻の詳細な分子メカニズムを解明する研究に着手しました。

研究結果のまとめ

 RNAシークエンス、ハイコンテントイメージング、BNB機能解析により、急性期GBS患者由来免疫グロブリンG(GBS-IgG)がヒトBNB構成内皮細胞株のsnRNPを低下させ、その後に炎症を誘導するNF-κBを活性化させ、タイトジャンクションであるclaudin-5の低下、 CXCR5の増加をきたし、BNBを破綻させることを明らかとしました。次に、snRNPを低下させるのはsnRNP抗体であるという仮説を立て、GBS患者さんの血清でのsnRNP抗体陽性率を確認すると、77例中28例(36%)にsnRNP抗体陽性が確認され、他疾患(CIDP、ADEM、多発性硬化症、視神経脊髄炎、髄膜炎、神経変性疾患)や健常者では陰性でした。snRNP抗体陽性GBSではsnRNP抗体陰性GBSと比べて脳関髄液蛋白値が高値、血液神経根関門破綻を反映するアルブミン透過率が増加しておりました。最後に、snRNP抗体陽性GBS-IgGとsnRNP抗体は、複数のBNB共培養モデルでBNB透過性を増加させること、GBS-IgGからsnRNP抗体を除去するとBNB透過性増加作用が減少することを示しました。

図1. snRNP抗体は77例中28例(36%)にsnRNP抗体陽性が確認され、他疾患(CIDP、ADEM、多発性硬化症、視神経脊髄炎、髄膜炎)や健常者では陰性、神経変性疾患では7%で陽性でした。

図2. (左図)ヒト血液神経関門単層共培養モデルにGBS患者さんから精製したIgG、RNP抗体を作用させると、健常者のIgGやコントロール抗体を作用させたものと比べて透過性増加が確認されました。(右図)GBS-IgGとsnRNP抗体を作用させるとヒト血液神経関門内皮細胞の核内snRNP発現が低下していました。

研究結果から得られたこと

 これらの結果から、GBS-IgGに含まれるsnRNP抗体がBNB内皮細胞のsnRNPを低下させ、NF-κBシグナル活性化により、claudin-5の低下、CXCR5の発現増多を惹起しBNBを破綻させる機序が示唆されました。snRNP抗体はGBSを引き起こす先行感染として知られているEBV、CMV、covid-19感染で上昇することが知られており、これらの先行感染を契機にsnRNP抗体が一過性に上昇しBNBを破綻させ、GBSを発症させる可能性が考えられました。snRNP抗体はGBSの診断マーカーとしての利用が今後期待されます。更に、snRNP抗体にBNB透過性を増加させる作用があることが証明されたことは、snRNPモノクローナル抗体を作製し、この抗体を利用して、人為的にBNBを弱め、末梢神経に末梢神経を修復する神経栄養因子やモノクローナル抗体を届けることを可能とする新しい治療法開発につながる発見だと考えられます。

 本成果は2025年5月20日午前5時(日本時間)に米国神経学会(American Academy of Neurology)の学術誌「Neurology Neuroimmunology & Neuroinflammation」(インパクトファクター8.3点)に掲載されました。

 

論文情報

  • 論文名:Small nuclear ribonucleoprotein autoantibody associated with blood-nerve barrier breakdown in Guillain-Barré syndrome(snRNP抗体はギラン・バレー症候群の血液神経関門破綻に関与する)
  • 著 者:Fumitaka Shimizu, Michiaki Koga, Yoichi Mizukami, Kenji Watanabe, Ryota Sato, Yukio Takeshita, Toshihiko Maeda, Takashi Kanda, Masayuki Nakamori(清水文崇、古賀道明、水上洋一、渡邊健司、佐藤亮太、竹下幸男、前田敏彦、神田 隆、中森雅之)
  • 掲載誌:Neurology Neuroimmunology & Neuroinflammation
  • 掲載日時:2025年5月19日
  • D O I:10.1212/NXI.0000000000200405

用語の説明

注1. ギラン・バレー症候群
下痢や上気道炎などの先行感染症状後に急性発症する免疫介在性末梢神経障害です。

注2. 血液神経関門
末梢神経内微小血管内皮細胞により構成される血液と末梢神経を隔てるバリアー構造物です。外部の有害物質や病原体から末梢神経内の神経細胞を守り、免疫細胞の侵入を防ぐと同時に末梢神経内の細胞に必要な栄養素を積極的に取り込む役割を果たしています。

注3. snRNP
核内低分子リボヌクレオタンパク質(snRNP)はRNA-タンパク質複合体であり、未修飾のpre-mRNAと結合し、他のさまざまなタンパク質とともにスプライソソームを形成してます。

謝辞

 本研究は科研費 (24K10621, 21K07416, 20H00529)、中学創薬科学財団、ライフサイエンス研究財団の支援を受けて行われました。また、山口大学総合科学実験センター資源開発分野(遺伝子実験施設)の水上洋一教授、渡邊健司助教との共同研究で行われました。

 

問い合わせ先

  • <研究に関すること>
    山口大学大学院医学系研究科臨床神経学講座
    准教授 清水 文崇(しみず ふみたか)
    TEL:0836-22-2719
    E-mail:fshimizu@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp )
    研究者情報:https://researchmap.jp/7000022012
  • <報道に関すること>
    山口大学医学部総務課広報・国際係
    TEL:0836-22-2009
    E-mail:me268@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp )
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