季節適応における松果体ホルモンの役割を遺伝子ノックアウトハムスターを用いて証明
地球の公転により自然環境はダイナミックに年周変動しており、この周期性へ高度に適応できる生物は生存競争において有利です。とりわけ、中高緯度における冬季の厳しい自然環境は生物の生存を強く脅かすものであり、生物がこの脅威の到来を予測して適切に備える能力を持つことは生存に不可欠だと考えられます。
この予測を可能にするメカニズムとして、多くの生物が「光周性」という生体機能を獲得しています。この機能により日長の変化を感知することが可能であり、その結果、生物は環境の季節変化に先んじて備えることができます。薬理学的な投与実験や脳組織の摘出実験により、日長感知を司る生体分子として松果体ホルモン「メラトニン」の関与が示唆されてきました。しかし、これらの手法で得られた結果の解釈には限界があり、内在メラトニンが季節適応に関与することを示す決定的な証拠が欠けたままでした。
この問題を解決するために、山口大学時間学研究所の明石真教授と理学部および大学院創成科学研究科の学生を中心とする研究グループは、メラトニン生合成経路の律速酵素である「AANAT」をコードする遺伝子を季節適応モデル哺乳類であるシリアンハムスターにおいてノックアウト(破壊)しました。この遺伝子ノックアウトハムスターを人工的な冬季環境(短日かつ寒冷環境)へ暴露すると、体温維持能力と冬眠成功率の低下が検出されました。また、これらの原因は不十分な褐色脂肪組織のリモデリング(体のつくり変え)にあることが示唆されました。さらに、光周性中枢の下垂体隆起部において日長応答性の低下が確認されました。
以上の結果から、メラトニン合成量が著しく低下したハムスターでは日長応答性が低下しており、冬季環境への適応に必要なリモデリングが遅れてしまった結果として、寒冷への適応に異常が生じたと考えられます。
この研究成果は、2025年5月20日、「PNAS nexus」誌に掲載されました。また、本研究は理化学研究所、近畿大学、立教大学、岐阜大学および佐賀大学との共同研究として実施されました。
研究のポイント
- 松果体ホルモン「メラトニン」を合成できないシリアンハムスターを作出しました
- 短日寒冷下において、このハムスターは低い体温維持能力と冬眠成功率を示しました
- 短日寒冷下において、このハムスターの褐色脂肪組織リモデリングは不十分でした
- このハムスターの下垂隆起部において、日長応答性の低下が確認されました
冬眠中のシリアンハムスター
論文情報
- 掲載誌:PNAS nexus
- 論文名:Targeted disruption of the aralkylamine N-acetyltransferase gene in a seasonal mammal, Mesocricetus auratus
- 著者名:Junko Kawabe, Natsumi Kawakami, Michiko Hirose, Yukari Kitamura, Mamoru Nagano, Yusuke Maruyama, Yohei Matsuyama, Teruki Hamano, Satoshi Koinuma, Takahiko Shiina, Momoko Kobayashi, Ritsuko Matsumura, Atsuhiko Hattori, Yasufumi Shigeyoshi, Atsuo Ogura, Koichi Node and Makoto Akashi(責任著者)
- 掲載日:2025年5月20日
- URL:https://academic.oup.com/pnasnexus/advance-article/doi/10.1093/pnasnexus/pgaf159/8138175?searchresult=1