透析患者のQOL向上に新たな光、副作用を抑える革新的な「高濃度水素水透析システム」を開発
―体外循環回路内で水素を直接作用させる、安全でより安価な新技術を確立―
発表のポイント
- 血液透析に伴う疲労感や合併症の原因とされる「酸化ストレス」を軽減するため、高濃度の水素を透析液に供給する画期的なシステムを開発しました。
- 独自開発のユニットは、透析用水(RO水)中に約1,600 ppb、最終的な透析液中に230~280 ppbという安定した高濃度で水素を供給可能です。
- 動物実験により、血液への水素の移行は良好でしたが、動脈血での濃度はごく微量(0.5 ppb以下)で、水素の主たる作用部位は体外の透析回路とダイアライザー(人工腎臓)内であることが特定され、体内への過剰な水素蓄積のリスクが低い、安全性の高いシステムであることが示唆されました。
- 新システムは、既存の透析用水作製装置に後付けできるコンパクトな設計で、導入コストの面でも優れており、幅広い臨床応用が期待されます。
概 要
- 日本の血液透析患者さんは依然として多く、特に高齢化に伴う重症患者さんの増加が医療現場の課題となっています。透析治療は生命維持に必須ですが、人工臓器を用いることによる非生理的な性質から、体内で慢性的な炎症や「酸化ストレス」が発生します。これが、患者さんを悩ませる倦怠感や様々な合併症の一因となっていました。
- この課題に対し、山口大学大学院医学系研究科器官病態内科学講座の佐野元昭教授、澁谷正樹講師を中心とする研究グループは、有害な活性酸素を選択的に除去する能力を持つ水素に着目し、透析治療中に水素を効率的に供給するための全く新しい技術を開発しました。
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新技術の仕組みと卓越した性能
本システムは、水を直接電気分解する従来の方式とは異なり、株式会社ドクターズ・マンとの共同研究で独自に開発した「ガス分離中空糸膜」を用いた吸引溶解方式(中空糸膜コンタクター方式)を採用しています(図1)。従来の加圧溶解方式と比べて気泡を形成しにくいなどの特徴があります(表1)。この「飽和水素水道水」から、透析治療の原水となる「水素添加RO水」を作製します。
図1
表1
本研究で達成された主な業績
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安定した高濃度水素の供給を実現
本システムは、透析用水(RO水)の段階で約1,600 ppb、そして最終的に患者さんに使用される透析液においても230~280 ppbという安定した高濃度の水素を維持することに成功しました。これは、十分な抗酸化作用を発揮させる上で重要な成果です。
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水素の体内動態を解明し、作用部位を特定
ビーグル犬を用いた透析実験で、水素の血中濃度を詳細に測定しました。その結果、ダイアライザーを出た直後の血液では、水素濃度が透析液の54.0~67.7%に達する高い値(定常状態で139.7~192.6 ppb)を示しました。一方、全身循環に入った後の肺動脈での濃度は3.4~7.4 ppbと著しく低下し、さらに頸動脈に至っては0.1~0.5 ppbと、ごくわずかでした(図2)。この結果は、ダイアライザーを介して血液中に取り込まれた水素が、体内へ戻った際に肺での呼吸を通じて速やかに排出されることを強く示唆しています。これにより、本透析法における水素の主な作用部位が、「体外循環回路内(血液回路とダイアライザー)に限定される」ことが示唆されました。
図2
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優れた実用性と経済性
本システムは、既存の個人用透析用水作製装置に接続して使用できるコンパクトなユニットとして設計されています。これにより、大掛かりな設備更新が不要で、導入コストを抑えながら高機能な水素水透析を実現できるため、多くの医療機関への普及が期待されます。
研究代表者のコメント(山口大学大学院医学系研究科 佐野元昭教授)
「透析治療は患者さんの命を繋ぎますが、同時に酸化ストレスによる倦怠感などのQOL低下が長年の課題でした。我々が開発した新システムは、独自の吸引溶解方式で高濃度の水素を安定供給し、その作用部位が体外循環回路内に限定されることを動物実験で突き止めました。導入も容易なため、この技術が広く普及し、一人でも多くの患者さんの負担を和らげることを願っています」
本研究成果は、アメリカ人工臓器学会(ASAIO)の公式学術誌『ASAIO Journal』に2025年7月15日にオンライン掲載されました 。
用語解説
酸化ストレス:体内で過剰に発生した「活性酸素」が、細胞を傷つけ、老化や病気の原因となる状態です。透析患者では、この状態が慢性的に続くことが知られています。
RO水:水道水に含まれる不純物をRO膜(逆浸透膜)で徹底的に除去した純水のことです。透析液のベースとして使用されます。
ダイアライザー:血液透析に使われる「人工腎臓」のことです。半透膜を介して血液中から老廃物や余分な水分を取り除きます。
吸引溶解:研究グループは透析分野でこのシステムを構築したことにより、高効率、無気泡操作、スケーラビリティーを可能にする水素透析システムの開発に成功しました。
論文題目と著者
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タイトル:High-Concentration Hydrogen Delivery During Dialysis Using an Innovative Direct Dissolution Technique: In Vivo Kinetics in a Canine Model.
「革新的な直接溶解技術を用いた透析中の高濃度水素供給法―イヌモデルにおける体内動態」 - 著 者:Masaki Shibuya, Masafumi Fujinaka, Mako Yonezawa, Natsumi Nishimura, Hitoshi Uchinoumi, Kenji Tani, Yukihiro Hitaka, Kimihiko Nakamura, Naohito Isoyama, Zenzo Fujii, and Motoaki Sano.
澁谷正樹(責任著者)、藤中理史、米澤眞子、西村夏実、内海仁志、谷健二、日髙幸浩、中村公彦、磯山直仁、藤井善藏、佐野元昭 - 掲載誌:ASAIO Journal
- 掲載日:2025年7月15日
- DOI:10.1097/MAT.0000000000002508
お問い合わせ先
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水素水透析に関すること
山口大学大学院医学系研究科器官病態内科学講座
講師 澁谷 正樹(しぶや まさき)
電話番号:0836-22-2248
Eメール:mshibuya@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp) -
水素医療全般に関すること
山口大学大学院医学系研究科器官病態内科学講座
教授 佐野 元昭(さの もとあき)
電話番号:0836-22-2244
Eメール:msano@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp) -
ビーグル犬の実験に関すること
山口大学共同獣医学部臨床獣医学講座獣医外科学研究室
教授 谷 健二(たに けんじ)
電話番号:083-933-5908
Eメール:ktani@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp) -
報道に関すること
山口大学医学部総務課広報・国際係
電話番号:0836-22-2009
Eメール:me268@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)