国立大学法人 山口大学

本学への寄付

新規基材CY-1を使用した他家 “凍結保管” 線維芽細胞シート移植による治療効果をマウス皮膚潰瘍モデルとラット食道縫合モデルで証明 ~山口大学とセントラル硝子株式会社との共同研究~

 

ポイント

  • 共同開発した新規基材CY-1を使用して作製した他家 “凍結保管” 線維芽細胞シートを、解凍後に動物モデルに移植しても治療効果を示すことが確認されました。
  • ヒト歯肉由来の “凍結保管” ヒト線維芽細胞シートが免疫不全マウスによる皮膚潰瘍モデルで治療効果を示すことが確認されました。
  • 他家 “凍結保管” 線維芽細胞シートを移植したラット食道縫合モデルにおいて、組織再生が早く起こることが確認されました。

概 要

 山口大学大学院医学系研究科(医学専攻)器官病態外科学講座の濱野公一 教授、上野耕司 助教、須藤優太郎 大学院生(研究当時)、消化器内科学講座の高見太郎 教授、山口大学医学部組織再生治療学講座(セントラル硝子株式会社による共同研究講座)の坂本龍之介 助教(特命)らの研究グループは、セントラル硝子株式会社と共同開発した新規基材CY-1を使用した他家 “凍結保管” 線維芽細胞シートが、マウス皮膚潰瘍モデルとラット食道縫合モデルで治療効果を示すことを報告しました。
 細胞シート移植は再生医療の細胞移植の一つの方法ですが、これまでの細胞シートの作製は、移植を考慮したものではなく、作製後に様々な器具・方法を用いて移植を行ってきました。また、再生医療の普及の課題の一つはコストです。そのため、山口大学およびセントラル硝子株式会社は、他家線維芽細胞シートを大量製造後、その細胞シートを凍結保管し、移植が必要な時に解凍して移植することで、細胞シート治療のコストをこれまでの方法よりも抑えることが出来ると考え、研究開発を行っています。
 山口大学およびセントラル硝子株式会社が共同開発した新規基材CY-1を細胞培養容器にセットし、CY-1上に細胞を培養後、培養液を細胞保存液に置換し、細胞培養容器を再生医療向け3Dフリーザーで凍結した後、低温フリーザーに移して保管します。移植が必要な時に、細胞培養容器を取り出して、細胞シートを解凍後に、移植部位に貼付します。その後、CY-1は容易に細胞シートから剥がれるため、移植目的部位には細胞シートのみを貼付でき、CY-1は回収されます。山口大学およびセントラル硝子株式会社は、CY-1を使用することで、細胞シートの作製・凍結・保管・移植までの工程をシームレスに実施する方法を開発しました。山口大学およびセントラル硝子株式会社は、この方法を使用して、CY-1を使用した他家 “凍結保管” 線維芽細胞シート移植による治療効果をマウス皮膚潰瘍モデルとラット食道縫合モデルで報告しました。
 山口大学およびセントラル硝子株式会社は、CY-1を使用した他家 “凍結保管” 線維芽細胞シート移植治療を臨床現場に少しでも早く届けるために、現在、共同で研究開発を行っています。
 本研究成果は、2025年3月28日に科学雑誌「Tissue and Cell」および、2025年7月12日に科学雑誌「Surgery」に掲載されました。

本研究のコンセプト

研究の背景

 山口大学大学院医学系研究科器官病態外科学講座は、1999年に世界で初めて、血管新生を目的に、虚血性の心不全患者、および、重症下肢虚血患者に、自家骨髄細胞を移植する臨床研究を実施しました。また、山口大学大学院医学系研究科器官病態外科学講座は、2018年から2021年まで、静脈不全に起因する難治性皮膚潰瘍患者を対象に自家細胞シート移植の臨床研究を実施しました。その後、実用化のためには、他家線維芽細胞シート移植の開発が必要であると考え、現在は、若く健康なドナーの歯肉由来の他家線維芽細胞シートを凍結保管し、解凍して、移植する細胞シート治療の開発を、セントラル硝子株式会社と共同で実施しています。
 研究グループの現在の治療の対象は、難治性皮膚潰瘍治療および縫合部組織再生治療です(図1)。難治性皮膚潰瘍治療とは、傷ができたあとに、治らなかったり、治癒が遅い疾患に対する治療です。研究グループは、現在、静脈不全などに起因して下腿にできる難治性潰瘍を治療対象としており、他家線維芽細胞シートを移植することで、難治性皮膚潰瘍を治癒させたいと考え、研究開発をしています。縫合部組織再生治療とは、手術時に縫合した組織の組織再生が進まずに、縫合部が破綻する組織を治療することを目的にしています。手術部位により、縫合部が破綻する割合は異なりますが、手術した後に数パーセントから十数パーセントで縫合部の破綻が起きることが報告されています。研究グループは、縫合時に他家線維芽細胞シートを移植し、縫合部組織の再生を誘導することで、術後に起こる縫合部破綻の割合を下げることを目指しています。

図1:他家線維芽細胞シートの治療対象

研究の結果

    マウス皮膚潰瘍モデル

     マウス他家細胞移植のモデルとして、C57BL/6マウスの背部に作製した皮膚欠損部位に、C3Hマウスから作製した他家 “凍結保管” 線維芽細胞シートを、解凍して移植する治療モデル実験を行ったところ、他家 “凍結保管” 線維芽細胞シート移植群は、コントロール群よりも、有意に創傷面積治癒率がよい結果となりました。
     ヒト歯肉由来線維芽細胞シートの凍結前後での細胞生存率を評価したところ、凍結前のヒト歯肉由来線維芽細胞シートの細胞生存率と比較して、解凍して24時間培養したヒト歯肉由来線維芽細胞シートの細胞生存率は同等である結果となりました(図2左)。次に、免疫不全マウスの背部に作製した皮膚欠損部位に、“凍結保管” ヒト線維芽細胞シートを、解凍して移植する治療モデル実験を行ったところ、“凍結保管” ヒト線維芽細胞シート移植群は、コントロール群よりも、有意に創傷面積治癒率がよい結果となりました(図2右)。

     

    図2:免疫不全マウスに対するヒト歯肉由来線維芽細胞シートの治療効果

    ラット食道縫合モデル

     ラット他家細胞移植のモデルとして、Wistar/STラット食道縫合不全モデルに、SDラットから作製した他家 “凍結保管” 線維芽細胞シートを、解凍して移植する治療モデル実験を行ったところ、他家 “凍結保管” 線維芽細胞シート移植群は、コントロール群よりも、有意に縫合不全発生率が低く、また、有意に耐圧能が高い結果となりました(図3)。他家 “凍結保管” 線維芽細胞シート移植群とコントロール群の病理学的解析をday3およびday5で実施したところ、コントロール群と比較して、他家 “凍結保管” 線維芽細胞シート移植群は、縫合組織の組織層のズレが元に戻る過程が早くなっている結果となりました。これは、他家 “凍結保管” 線維芽細胞シートが、組織再生の過程を早める効果があるものであると考えられました。

    図3:他家線維芽細胞シートのラット食道不全モデルに対する治療効果

    今後の展望

     山口大学は、セントラル硝子株式会社と共に、ヒト歯肉由来の他家 “凍結保管” 線維芽細胞シートの非臨床安全性試験、臨床試験を進め、出来るだけ早く、難治性皮膚潰瘍治療および縫合部組織再生治療を患者さんに届けるために、研究開発を共同で実施していきます。

    謝 辞

     本研究は、やまぐち再生医療等実用化・産業化推進補助金事業、宇部市再生医療等先端的研究開発実用化推進補助金事業、および、科学研究費助成事業による資金提供を受けて実施されました。

    論文情報

    マウス皮膚潰瘍モデル

    • タイトル:Wound-healing effects of frozen-thawed allogeneic fibroblast sheet transplantation and xenogeneic fibroblast cell sheet transplantation cultured on a new substrate
    • 著 者:Yutaro Suto, Koji Ueno, Hiroshi Kurazumi, Wataru Kawai, Keita Yoshida, Koji Harada, Tomoko Kondo, Tomoaki Murata, Taro Takami, Kimikazu Hamano
    • 掲載誌:Tissue and Cell
    • 掲載日:2025年3月28日
    • DOI:https://doi.org/10.1016/j.tice.2025.102888

    ラット食道縫合モデル

    • タイトル:Development of Frozen-thawed Allogeneic Fibroblast Sheets for Esophageal Anastomotic Leakage
    • 著 者:Ryunosuke Sakamoto, Koji Ueno, Yoshihiro Takemoto, Hiroshi Kurazumi, Yuya Tanaka, Keita Yoshida, Wataru Kawai, Atsunori Oga, Taro Takami, Kimikazu Hamano
    • 掲載誌:Surgery
    • 掲載日:2025年7月12日
    • DOI:https://doi.org/10.1016/j.surg.2025.109538

    用語の説明

    • 細胞シート
      細胞シートとは、個々で単独で存在する細胞同士をくっつけてシート状態にしたものです。
    • 再生医療向け3Dフリーザー
      3Dフリーザーは、株式会社コガサン(山口県下関市)が、食品凍結装置として製造販売している凍結機です。山口大学大学院医学系研究科器官病態外科学講座は、細胞シートなどの細胞立体構造物を凍結することを目的に、2018年度から2020年度の期間に「やまぐち産業イノベーション促進補助金」により、株式会社コガサンと、再生医療向け3Dフリーザーを共同で開発しました。下記は、3Dフリーザーを使用したヒト線維芽細胞シートの論文です。
      Freezing of cell sheets using a 3D freezer produces high cell viability after thawing.
      Ueno K, Ike S, Yamamoto N, Matsuno Y, Kurazumi H, Suzuki R, Katsura S, Shirasawa B, Hamano K.
      Biochem Biophys Rep. 2021;28:101169. doi: 10.1016/j.bbrep.2021.101169.
    • 共同研究講座
      山口大学では、学外資金で学内に設置する講座として、寄附講座、社会連携講座、共同研究講座の3つがあります。共同研究講座とは、大学内に研究組織を設置し,大学と企業等の研究者が組織的な連携を行う講座の制度であり、優れた研究成果の創出及びこれを通じた教育・研究・社会貢献活動の活性化を促進しています。山口大学とセントラル硝子株式会社は、2024年9月に山口大学医学部に組織再生治療学講座と命名した共同研究講座を設置しました。

     

    お問い合わせ先

    • <研究に関すること>
      山口大学大学院医学系研究科器官病態外科学講座
      助教 上野 耕司(うえの こうじ)
      Tel:0836-22-2261
      E-mail:kjueno@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)
      研究者情報:https://researchmap.jp/7000022357

    • <報道に関すること>
      山口大学医学部総務課広報・国際係
      Tel:0836-22-2009
      E-mail:me268@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)

    TOP