国産ヨウ素の安定供給に貢献—海水からヨウ素を選択的に回収できる新材料を開発—
発表のポイント
- 海水・かん水など、高濃度の塩水から「ヨウ化物イオンだけ」を回収できる新材料を開発
- 材料内部に形成される層状空間と有機カチオンが「選択性の鍵」であることを実証
- 吸着されたヨウ化物イオンは電圧の印加により脱離できるため、材料の繰り返し使用(再生)が可能
- ペロブスカイト型太陽電池の材料サプライチェーンに直結
- 日本が世界有数のヨウ素生産国である利点を最大化する「新たな資源循環技術」
山口大学大学院創成科学研究科の吉田 航助教らの研究グループは、海水など、高濃度の塩水に含まれる微量のヨウ化物イオン(I–)を高効率かつ高選択的に回収できる新材料「CTAC/MnO2薄膜」の開発に成功しました。海水中のI–濃度はわずか約0.1 mg L–1と極めて低く、さらに多量に共存する塩化物イオン(Cl–)や、硫酸イオン(SO42–)などのイオンが競合するため、従来技術では高い選択性と回収効率を両立することが困難でした。
今回開発したCTAC/MnO2薄膜は、積層二酸化マンガン(MnO2)の層内にカチオン性界面活性剤(CTAC)を分子レベルで整列させることで「疎水性ナノ空間」を形成し、I–との親和性を高めることで選択的吸着を実現。人工海水のような高濃度の競合イオンが共存する条件下でも高い吸着能を維持しました。さらに、吸着されたI–は電圧の印加により水中へ脱離し、CTAC/MnO2薄膜が再びI–を吸着可能になることから、材料の繰り返し使用(再生)が可能であることを実証しました。
本研究成果は、2025年11月21日にアメリカ化学会の界面・表面科学の専門誌「Langmuir」のオンライン版で公開されました。
開発した吸着材によるヨウ素回収のイメージ図
研究の背景
ヨウ素はペロブスカイト型太陽電池の材料など、付加価値の高い用途を持つ重要元素です。近年は医療分野やエレクトロニクス産業の拡大に伴い、世界的な需要は増加傾向を示しています。一方で、ヨウ素は地殻中にごく微量(約0.5 ppm)しか存在せず、海水や地下かん水に希薄な濃度で溶存していることが知られています。このため、広域に存在する海水からヨウ素を回収可能にする技術の確立は、資源安定供給の観点から重要と考えられています。
現在、地下資源や天然ガスかん水由来のヨウ素生産は産業的に確立していますが、資源偏在性の問題は依然として残っています。また、放射性ヨウ素の環境中移行を防ぐ観点からも、より選択的かつ環境調和型の水中ヨウ素回収技術への需要は高まっています。こうした背景のもと、海水のような複雑な塩類組成の中からヨウ化物イオン(I–)※用語1を高効率で分離・回収し、薬品使用を最小化しながら繰り返し利用できる吸着材の開発が強く求められています。
しかし、海水中のI–濃度は0.1 mg L–1程度と非常に低く、さらに塩化物イオン(Cl–)や、硫酸イオン(SO42–)などのイオンが高濃度で共存しています。このような「超低濃度 × 多成分の競合イオン存在下」でI–のみを選択的に取り出すことは容易ではありません。
従来研究の限界
海水などの多成分環境からI–を効率的に回収する技術として、これまでに凝集沈殿法やイオン交換法といった、様々な手法が検討されてきました。しかし、いずれの方法にも技術展開上の課題が残されています。
凝集沈殿法は処理速度に優れるものの、化学薬品の投入と廃液処理が不可避であり、連続運転や環境負荷の観点で制約があります。イオン交換法※用語2は装置構成が比較的簡便である一方、吸着選択性が静電相互作用に依存するため、Cl–やSO42–のような高濃度陰イオンが共存すると、目的成分の吸着量が大幅に低下します。また、再生処理に薬品を必要とする場合が多く、材料劣化や吸着容量の低下が避けられない場合があります。
このように、既存手法にはそれぞれ利点があるものの、海水のようなI–が低濃度かつ多成分の環境において、「選択性と吸着容量が維持できること」、「酸化剤や薬品処理を伴わず材料が再生できること」、「材料を繰り返し使用できること」を同時に満たす技術は確立していませんでした。
今回の研究で実現したこと
- 積層二酸化マンガン(MnO2)※用語3の層間にカチオン性の界面活性剤であるセチルトリメチルアンモニウムクロリド(CTAC)※用語4を配向させることで疎水性ナノ空間※用語5を形成し、6000倍のCl–が共存する環境でもI–を選択的に吸着した(図1)。
- CTAC/MnO2薄膜によるI–吸着等温線はLangmuir型吸着モデル※用語6に適合し、MnO2質量基準で211 mg g–1の飽和吸着容量※用語7を示した(図2a)。
- I–吸着後のCTAC/MnO2薄膜に電圧を印加することで吸着したI–を脱離させることができ、薬品処理を行うことなく吸着・脱着※用語8を繰り返すことができた(図2b)。
- X線光電子分光法(XPS)※用語9により、CTAC/MnO2薄膜によるI–吸着はMnの価数変化を伴わず、溶液中のI–とMnO2層間のCl–とのイオン交換によって進行することを明らかにした(図3)。
- 溶媒抽出法※用語10によるカルシウムイオン(Ca2+)と炭酸水素イオン(HCO3–)の除去工程を組み合わせることで、人工海水※用語11条件下でも選択的にI⁻を吸着できる(図4)。

図1.(a) 二酸化マンガンの層間にカチオン性界面活性剤が配向し、疎水性ナノ空間を形成しているイメージ図.層間距離は約3 nm.
(b) CTAC/MnO2薄膜によるI–の吸着挙動.高濃度のCl–が共存する溶液からも同様の吸着が行えたことから、開発した吸着材が高い選択性を有することがわかる.
図2.(a) CTAC/MnO2薄膜によるI–の吸着等温線.Langmuir型吸着モデルに適合し、飽和吸着容量211 mg g–1を示す.
(b) I–の吸脱着挙動.1回目の吸着後+0.35 Vの電圧を印加することで吸着したI–が脱離される.
その後、+1.0 Vの電圧を印加することでCTAC/MnO2薄膜が再生され、再びI–を吸着することができる.
図3.X線光電子分光法スペクトル.I–吸着前後でマンガン(a)の価数変化は起きていない。一方、吸着前に層間に存在したCl–由来のピーク(b)は吸着後に消失しており、代わりにI–由来のピーク(c)が観測された.
図4. (a) 人工海水からのI–吸着.前処理を行うことで良好なI–吸着挙動を示す.(b) 開発したCTAC/MnO2薄膜を用いたヨウ素回収のフローシート
今後の展望
今回開発したCTAC/MnO2薄膜は、低濃度・多成分環境におけるI–の選択的吸着と、電気化学的脱着による繰り返し利用性を併せ持つ点に特徴があります。海水からのヨウ素回収に向けた新しい技術選択肢となり得ます。今後は、天然海水を用いたスケールアップ検証を進め、実運転を想定した条件下での処理性能と耐久性を評価していきます。
用語解説
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※1 ヨウ化物イオン(I⁻)
ヨウ素が水中で存在する形態の一つであり、海水中では約0.1 mg L–1という極めて低濃度で溶存している。海水中ではCl–やSO42–といった他のイオンが高濃度に共存しているため、溶液から選択的に分離・回収することは困難である。本研究では、このI–を海水などの高濃度塩水中から効率的に回収することを目的としている。 -
※2 イオン交換法
固体内部に存在するイオンが、溶液中のイオンと置換される現象(イオン交換)を利用した、イオンの分離回収手法。特に層状化合物では層間のイオンが交換に関与する場合が多い。本研究では、I–吸着がMnO2の層間に存在するCl–との交換により進行することを明らかにし、吸着機構を定量的に裏付けた。 -
※3 積層二酸化マンガン(MnO2)
二酸化マンガンの中でも層状構造を持つものであり、電極材料、触媒、吸着材などとして利用される。マンガン–酸素八面体が規則的に連なった構造をもつことが特徴で、化学修飾やイオン挿入により物性が大きく変化する。本研究では、CTACを層間に挿入することでI–を選択的に吸着できる新しい材料の骨格として機能する。 -
※4 セチルトリメチルアンモニウムクロリド(CTAC)
長鎖アルキル基を持つ第四級アンモニウム塩であり、カチオン性界面活性剤として利用される化合物。分子内の疎水性部分と親水性部分が明確に分かれているため、固体表面や層状物質内部に整列しやすい。本研究ではMnO2の層間に規則的に配向することで、I–と親和性の高い疎水性ナノ空間を形成する役割を担う。 -
※5 疎水性ナノ空間
層状物質のシートとシートの間に形成されるナノメートルスケールの空間。層間に存在させる分子やイオンの種類・配向・密度によって、物質認識能やイオン輸送性を付与できる点が特徴である。本研究では、層間にCTACを高密度で整列させることで、I–を選択的に取り込むための疎水性ナノ空間を構築している。 -
※6 Langmuir型吸着モデル
吸着が単分子層で進行し、すべての吸着サイトが等価かつ独立であると仮定した吸着モデル。吸着材の性能評価において最も普遍的に用いられるモデルの一つであり、飽和吸着容量を定量的に得ることができる。本研究で得られたI–吸着挙動が本モデルに適合することから、吸着が層間ナノ空間で単層吸着として進行していることを示す根拠となった。 -
※7 飽和吸着容量
吸着材が単位質量あたりに保持できるイオンの量を示す指標であり、一般に mg g–1で表される。材料の性能比較に不可欠で、吸着構造の最適化や吸着サイト量の評価に利用される。 -
※8 脱着
吸着した物質を脱離させること。本研究で開発したCTAC/MnO2薄膜は、外部電圧を印加することで脱着を行うことができ、薬品による再生処理を必要としない。 -
※9 X線光電子分光法(XPS)
固体表面付近の元素組成と化学状態を解析するための分光法。物質表面にX線を照射し、放出される光電子の運動エネルギーを測定することで、元素の結合状態を明らかにできる。本研究では、CTAC/MnO2薄膜によるI–吸着機構の検証に用いた。 -
※10 溶媒抽出法
水相中の目的物質を有機相へ選択的に移行させることで物質の分離を行う手法。本研究では、ジ2-エチルヘキシルリン酸(D2EHPA)という抽出剤を用い人工海水に含まれるCa2+を選択的に抽出し、また、その際の水相のpH変化を利用してHCO3–を除去した。 -
※11 人工海水
天然海水の主要イオン組成を模して調製された水溶液。成分比が一定であるため、海水条件下での材料性能評価や阻害因子の特定を再現性高く行うことができる。本研究では、I–の吸着特性評価やCa2+とHCO3–による影響の検証に用いている。
論文情報
- 雑誌名:Langmuir
- 論文名:Selective Iodide Recovery from Saline Water Using Electrodeposited Layered Organo-MnO2: Elucidation of the Sorption Mechanism
- 執筆者名:Wataru Yoshida, Saki Tanaka, Kanon Amita, Sena Sugimoto, Hisaki Ito, Masaharu Nakayama*
- 掲載日:2025年11月21日
- 掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.langmuir.5c03530
- DOI:10.1021/acs.langmuir.5c03530
お問い合わせ
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山口大学大学院創成科学研究科 助教 吉田 航
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E-mail:w-yoshida@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)
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E-mail:sh011@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)

