植物の乾燥防御の鍵:気孔閉鎖シグナル伝達を担う新規因子MAP4K1/2を発見 ~長年未解明であったカルシウム制御の謎に迫る~
山口大学大学院創成科学研究科の武宮淳史教授、国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院の梅澤泰史教授、同大学大学院生物システム応用科学府博士後期課程(研究当時)の山下昂太氏らを中心とする国際共同研究グループは、植物が乾燥にさらされた際に水分損失を防ぐために行う気孔[1]の閉鎖メカニズムの一端を明らかにしました。
植物の気孔は、光合成に必要な二酸化炭素の取り込みを担うとともに、蒸散[2]を通じて葉面温度を調節する等の重要な役割を果たしています。しかし、乾燥ストレス下では水分損失の抑制が最優先となるため、植物ホルモンであるアブシジン酸(ABA)[3]がはたらいて気孔を閉鎖します。この重要な防御反応についてはこれまで多くの研究が進められてきましたが、依然として未解明な点が残されていました。特に、ABA処理後に孔辺細胞内でカルシウムイオン(Ca2+)濃度が一過的に上昇し、それが気孔閉鎖につながることは四半世紀も前から知られていたものの、その仕組みは明らかになっていませんでした。
今回、共同研究グループは、ABAによる気孔閉鎖シグナル伝達に関わる新たなプロテインキナーゼ[4] MAP4K[5]を同定し、このMAP4Kが孔辺細胞内におけるCa2+濃度の上昇を制御することを見出しました(図1)。これにより、長年未解明であったABAによるCa2+濃度の制御メカニズムに光を当てることになりました。本成果は、乾燥条件下で迅速に気孔を閉鎖し、水利用効率を向上させる耐乾性作物の開発など、農業分野への応用が期待されます。
本研究成果は、12月19日付で米国科学誌「Science Advances」に掲載されました。
図1.SnRK2キナーゼとMAP4KキナーゼによるABA誘導性気孔閉鎖のシグナル伝達モデル
植物の葉の表面には「気孔」と呼ばれる小さな穴があり、開閉することで水分の蒸発を調節しています。乾燥などの環境ストレスを受けると、植物ホルモンの一種であるアブシジン酸(ABA)が働き、気孔を閉じて水分の過剰な損失を防ぎます。気孔では、ABAの合図を受け取ったタンパク質が次々と別のタンパク質を活性化し、最終的に細胞膜にあるカルシウムチャネルが開きます。このとき細胞内に流入するカルシウムが、気孔を閉じるきっかけとなります。本研究で明らかになったMAP4K1/2は、この気孔閉鎖の仕組みの中で重要な役割を担っていることが示されました。
現状
植物は、葉にある「気孔」を通して二酸化炭素の取り込みや酸素の放出、蒸散などのガス交換を行います。一方で、植物が乾燥ストレスにさらされると、植物ホルモン「アブシジン酸(ABA)」が作用し、気孔の閉鎖が誘導されます。ABA誘導性気孔閉鎖は、蒸散による水分損失を物理的に防ぐ初期反応として極めて重要です。ABA誘導性気孔閉鎖の中で、中心的な役割を果たすのがSnRK2[6] プロテインキナーゼです。ABAは気孔を構成する「孔辺細胞」内のSnRK2プロテインキナーゼを活性化し、SnRK2が下流の基質をリン酸化します。その結果、活性酸素種(ROS)[7]の生産やCa2+の流入が引き起こされ、最終的に水分が孔辺細胞外へ移動することで気孔が閉鎖されます。このように、SnRK2によるリン酸化がABA誘導性気孔閉鎖の起点であるにもかかわらず、孔辺細胞におけるSnRK2基質を包括的に探索した研究はこれまで存在せず、下流の分子メカニズムには未解明の領域が残されていました。特に、Ca2+流入のメカニズムについては詳細がわかっておらず、長年の謎とされてきました。
研究体制
本研究は東京農工大学大学院農学研究院生物システム科学部門の梅澤泰史教授、同大学大学院生物システム応用科学府の山下昂太氏(研究当時)、片桐壮太郎氏、高瀬緋奈乃氏、李揚丹氏、神山佳明氏、乙黒愛理氏、大石杏氏、東京理科大学創域理工学部の山内翔太助教、山口大学大学院創成科学研究科(理学系学域)の武宮淳史教授、岡山大学資源植物科学研究所の森泉准教授、エストニア・タルトゥ大学のYuh-Shuh Wang准教授およびHannes Kollist教授から構成される国際共同研究グループによって実施されました。
なお本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業[JP25840103, JP19H03240, JP21H05654, JP21J10962]、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業「さきがけ」[JPMJPR13B3]および先端国際共同研究推進プログラム「ASPIRE」[JPMJAP24A1]、ムーンショット型研究開発制度[20350427]などの支援を受けて行われました。
研究成果
研究グループは、植物が乾燥ストレス下でABAによって気孔を閉鎖する仕組みを解き明かすため、陸上植物のモデル生物であるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)[8]を用い、気孔を構成する孔辺細胞を高純度に単離し、リン酸化プロテオーム解析[9]を実施しました。その結果、シロイヌナズナMAP4K遺伝子ファミリーの一つであるMAP4K1が、孔辺細胞の中でABAに応答してリン酸化されることを見出しました。MAP4K1は、SnRK2が直接リン酸化する「基質」であることを見出しました(図2)。MAP4K1の働きはまだ報告されていませんでしたが、私たちの遺伝学的解析により、MAP4K1とその近縁であるMAP4K2が、ABA誘導性気孔閉鎖を促進する新しい因子であることが示されました。MAP4K1が気孔を閉鎖するためには、SnRK2によってリン酸化されることが必要です(図3)。
さらに、研究グループはMAP4K1/2による制御メカニズムについて詳細な解析を進めました。MAP4K1/2の欠損変異体にABA処理や活性酸素種(ROS)のH2O2処理をしても気孔閉鎖は抑制されますが、驚いたことにCaCl2(Ca2+)処理を行うと野生株と同様に気孔が閉じました(図4)。この結果は、MAP4K1/2が孔辺細胞のCa2+流入に関与することを鮮やかに示しています。さらに、電気生理学的実験からMAP4K1/2がABAによる細胞膜Ca2+チャネル[10]の活性化に関与することが示されました(図4)。以上の結果から、ABAはSnRK2キナーゼを介してMAP4K1/2–Ca2+シグナル経路を駆動し、これが気孔閉鎖を促進するメカニズムの一つであるとの結論に達しました。この仕組みは高等植物において広く保存されており、植物はこのメカニズムを備えることで、乾燥ストレス時に迅速な気孔閉鎖を実現し、水分損失を防ぐことで耐乾性を向上させていると考えられます。
図2.リン酸化プロテオーム解析によるMAP4K1の同定
シロイヌナズナから精製した孔辺細胞プロトプラスト(GCPs)を用いたリン酸化プロテオーム解析により、MAP4K1の479番目のセリン(S479)が、ABAおよびSnRK2に依存してリン酸化されることが明らかになりました。
図3.MAP4K1/2はABA誘導性気孔閉鎖を正に制御する
MAP4K1と、それとよく似た働きをもつMAP4K2の両方が欠けた植物では、植物ホルモンABAが働いても気孔をうまく閉じることができません。そのため、葉から水分が多く失われ、植物は萎れやすくなります(図左)。また、この変異体に、働きが不完全なMAP4K1(リン酸化できない型や、酵素として働かない型)を戻しても、気孔を閉じる能力は回復しませんでした(図右)。このことから、MAP4K1が正しくリン酸化され、酵素として機能することが、気孔を閉じて水分を守るために重要であることが分かりました。
図4.MAP4K1/2とCa2+シグナルの関係性
MAP4K1とMAP4K2の両方が欠けた植物では、塩化カルシウム(CaCl₂)を与えて外部からカルシウムを補うと、気孔を閉じる能力が回復し、その程度は野生型の植物とほぼ同じになりました(図左)。また、ABAの刺激によって本来働くはずの細胞膜のカルシウムチャネルがうまく機能せず(図右)、その結果、気孔を閉じる反応が抑制されることが分かりました。このことから、MAP4K1/2は、ABAによるカルシウムの流入を介した気孔閉鎖に重要な役割を果たしていると考えられます。
今後の展開
本研究により、孔辺細胞においてSnRK2がリン酸化制御するタンパク質群が包括的に同定され、新たにMAP4K1およびMAP4K2が、ABA誘導性気孔閉鎖の正の制御因子として同定されました。さらに、MAP4K1/2は、ABAによるCa2+チャネルの活性化に関わる新しいシグナル伝達経路を構成することもわかりました。今後は、MAP4K1/2が制御するCa2+チャネルの同定や、Ca2+シグナルとの詳細な関係性を解明することで、気孔閉鎖における分子メカニズムのより一層の理解が期待されます。また、将来的には、本研究で同定されたMAP4K1/2を含むリン酸化タンパク質群の詳細な解析を進めることで、迅速な気孔開閉を介してガス交換と水分損失のバランスを両立する技術が開発され、劣悪な環境下でも生産性が向上する作物の実現につながる可能性があります。
用語解説
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[1] 気孔
植物の葉にたくさんある小さな「穴」で、空気の通り道として働きます。植物はこの穴を通して二酸化炭素を取り込んで光合成を行い、逆に酸素や水蒸気を外へ出します。気孔は2つの「孔辺細胞」に囲まれており、これらの細胞がふくらんだり縮んだりすることで、気孔が開閉します。 -
[2] 蒸散
気孔から水が水蒸気として出ていく現象です。蒸散には、植物の体を冷やす、根から水や養分を吸い上げる力を生み出すなど、大切な役割があります。ただし乾燥ストレスのときは、水が失われすぎないように蒸散を抑える必要があります。 -
[3] アブシジン酸(ABA)
植物ホルモンの一つで、植物がストレスを受けたとき(乾燥・塩分・寒さなど)に特に重要な役割を果たします。ABAが増えると、気孔を閉じて水分の蒸発を防いだり、種がすぐに発芽しないように休眠を保ったりします。「ストレスホルモン」と呼ばれることもあります。 -
[4] プロテインキナーゼ
タンパク質のリン酸化は、タンパク質に「リン酸」という目印をつけて、その働きをオン・オフする翻訳後修飾の一つです。プロテインキナーゼは、タンパク質をリン酸化する酵素の総称です。細胞の中で情報を伝えたり、さまざまな活動を調整するためのスイッチ役をしています。 -
[5] MAP4K(Mitogen-activated protein kinase kinase kinase kinase)
真核生物に広く存在するプロテインキナーゼの一種です。動物や酵母では、細胞の中で情報を段階的に伝える経路の最上流で働くことが知られています。植物にも10種類があり、そのうちMAP4K1とMAP4K2は、研究が始まった当初はどんな働きをしているかよくわかっていませんでした。 -
[6] SnRK2(SNF1-related protein kinase 2)
植物に特有のプロテインキナーゼで、乾燥ストレス応答の中心的な役割を担います。ABAの刺激を受けて活性化し、気孔を閉じるなどのストレス応答を実行します。3つの主要なSnRK2がすべて働かなくなると、植物はABAに応答できず、乾燥や塩ストレスに非常に弱くなります。 -
[7] 活性酸素種(ROS)
酸素がとても反応しやすい形になった分子の総称です。大量にできると細胞にダメージを与えますが、逆に「細胞の中で何か異常が起きている」という信号を伝える大切な役割も持っています。 -
[8] シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)
世界中の植物研究で最も広く使われているモデル植物です。小さくて育てやすく、遺伝子の情報が詳細にわかっているため、遺伝学・分子生物学の研究にとても適しています。 -
[9] リン酸化プロテオーム解析
細胞の中の「リン酸化されたタンパク質」を一度にまとめて調べる分析手法です。高精度の質量分析装置を使い、どのタンパク質のどの部分にリン酸の目印がついたかを特定します。細胞がどのような情報を受け取り、どのスイッチを入れているのかがわかります。 -
[10] 細胞膜Ca2+チャネル
細胞の内側と外側を隔てる細胞膜にある、カルシウムイオン(Ca2+)が通るための小さな通路です。ABAなどの刺激を受けるとチャネルが開き、Ca2+が細胞内へ流れ込むことで「Ca2+シグナル」が始まり、その後の細胞の反応が決まっていきます。
論文情報
- 論文名:MAP4K1 and MAP4K2 regulate ABA-induced and Ca2+-mediated stomatal closure in Arabidopsis
- 掲載雑誌:Science Advances
- 掲載日:2025年12月19日
- URL:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adt4916
お問い合わせ先
- 東京農工大学大学院農学研究院 生物システム科学部門
教授 梅澤 泰史(うめざわ たいし)
TEL/FAX:042-388-7364
E-mail:taishi@(アドレス@以下→cc.tuat.ac.jp)
- 東京農工大学 総務課広報室
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E-mail:koho2@(アドレス@以下→cc.tuat.ac.jp) - 山口大学 総務企画部総務課広報室
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