国立大学法人 山口大学

本学への寄付

犬の口腔内悪性黒色腫に対する抗PD-1抗体の大規模臨床試験を実施〜150頭のデータ解析により有効性と効果予測バイオマーカーを特定〜

 

 国立大学法人山口大学〔所在地:山口県山口市、学長:谷澤 幸生〕は「抗犬PD-1犬化抗体(ca-4F12-E6)」を用いて、進行性の犬口腔内悪性黒色腫(メラノーマ)を対象とした世界最大規模の獣医師主導臨床研究を実施しました。

発表のポイント

  • 犬の口腔内悪性黒色腫(メラノーマ)150頭を対象とした、抗犬PD-1犬化抗体(ca-4F12-E6)の多施設共同前向き臨床研究を実施。獣医師主導の抗PD-1抗体臨床研究としては世界最大規模。
  • 進行期の悪性黒色腫において16.7%の最良総合奏効率(ORR)を確認し、副作用の多くは軽度で管理可能であり、本抗体の有用性と安全性が大規模データで裏付けられた。
  • 探索的バイオマーカー解析により、遺伝子変異の蓄積指標である「マイクロサテライト不安定性(MSI)」が高い腫瘍(MSI-High)では、生存期間が有意に延長することを世界で初めて明らかにした。
  • 治療前の血液検査における炎症マーカー(白血球数、CRP等)の上昇が、治療反応性の低さと関連することも特定した。これらは、投与前に効果を予測するバイオマーカーとして期待される。

概要

 山口大学共同獣医学部 獣医臨床病理学研究室の水野拓也教授(山口大学細胞デザイン医科学研究所・副所長)および伊賀瀨雅也准教授(山口大学細胞デザイン医科学研究所・所員)と京都動物医療センターの萩森健二獣医師の研究グループは、以前に獣医臨床病理学研究室および日本全薬工業株式会社が樹立した「抗犬PD-1犬化抗体(ca-4F12-E6)」を用いて、進行性の犬口腔内悪性黒色腫(メラノーマ)を対象とした世界最大規模の獣医師主導臨床研究を実施しました。
 本研究では、山口大学共同獣医学部附属動物医療センターおよび京都動物医療センターを含む多施設において150頭の犬を登録し、本抗体の有効性と安全性を評価しました。その結果、既存の治療法に抵抗性を示す進行がんであるにもかかわらず、16.7%の症例で腫瘍の縮小(奏効)が認められ、一部の症例では長期的な生存が得られました。
 さらに、本研究の重要な成果として、治療効果を予測する「バイオマーカー」の探索を行いました。その結果、腫瘍組織のゲノム解析において「マイクロサテライト不安定性(MSI)※1」が高いという特徴を持つ症例では、生存期間が有意に延長することが判明しました。また、治療開始前の血液検査で炎症反応が高い症例は、治療効果が得られにくい傾向があることも分かりました。
 この研究成果は、犬の免疫療法における科学的根拠(エビデンス)を確立するとともに、治療効果が見込める犬を事前に選別する「個別化医療」への道を拓くものです。
 本研究成果は、2026年1月23日10時(日本時間)に、がん免疫療法の専門誌である「Journal for ImmunoTherapy of Cancer」に掲載されました。また本研究は、文部科学省の科学研究費助成事業によって支援されました。

 ※1:マイクロサテライト不安定性(MSI)
DNAの複製ミスを修復する機能が低下することで、遺伝子の中に「マイクロサテライト」と呼ばれる繰り返し配列の長さが変わってしまう状態。これが高い(MSI-High)がんは、免疫原性が高く、免疫療法の効果が出やすいことがヒトで知られている。

研究の背景と経緯

 犬の口腔内悪性黒色腫1)は、進行が早く転移しやすい悪性度の高いがんです。手術や放射線治療が効かない進行例に対する有効な全身療法は限られており、新たな治療法が切望されていました。ヒトの医療では、免疫チェックポイント阻害薬2)(抗PD-1抗体など)がメラノーマを含む多くのがんで画期的な効果を上げています。
 したがってこのような治療法は、がんの犬に対しても画期的な治療法になる可能性がありますが、残念ながら現時点において、市販されている犬の免疫チェックポイント分子阻害抗体は日本国内には存在していません。
 本研究グループはこれまでに、犬用の抗PD-1抗体 ca-4F12-E6 を樹立し、パイロット臨床試験でその可能性を示してきましたが、より大規模な症例数での検証と、効果がある症例を見分けるためのバイオマーカー3)の特定が課題でした。

研究成果の内容

 本研究では、ステージ4)3または4を含む進行した口腔内悪性黒色腫の犬150頭に対し、ca-4F12-E6を2週間に1回投与しました。

1.有効性と安全性
 最良総合奏効率5)は16.7%であり、過去の小規模試験と同等の有効性が大規模コホートで確認されました。また、副作用の発現率は40%でしたが、その多くは軽度から中等度(下痢や食欲不振など)であり、重篤な副作用は極めて稀でした。

2.バイオマーカーの発見
 本研究の最大の成果は、治療効果に関連する因子の特定です。腫瘍組織を用いた解析の結果、DNAの修復ミスにより遺伝子変異が蓄積しやすい「マイクロサテライト不安定性(MSI)」が高い(MSI-High)腫瘍を持つ犬では、そうでない犬(MSI-Low/MSS)に比べて、全生存期間が有意に延長していました(中央値:200日 vs 95日)。これはヒトのがん免疫療法でも知られる現象ですが、犬のメラノーマにおいて大規模に実証されたのは初めてです。また、一般的な血液検査で測定可能な白血球数や炎症反応を示すC反応性蛋白(CRP)が高い症例では、予後が悪いことが明らかになりました。

今後の展開

 本研究により、抗犬PD-1犬化抗体(ca-4F12-E6)は犬の悪性黒色腫に対する有望な治療選択肢であることが再確認されました。特に、MSI検査や血液検査を行うことで、この薬が効きやすい症例を事前に予測できる可能性が示されました。これにより、効果の期待できる患犬へ適切なタイミングで投与する「プレシジョン・メディシン(精密医療)」の獣医療への導入が加速すると期待されます。
 山口大学共同獣医学部附属動物医療センターでは、引き続き様々な腫瘍に対して本獣医師主導の臨床研究を継続しています。なお、国内の二次診療施設(京都動物医療センター、日本小動物医療センター附属日本小動物がんセンター)においても臨床研究を実施しています。


図1.本治療の有効性の評価:投与開始時(ベースライン)からの腫瘍縮小率

抗犬PD-1犬化抗体を投与された150例のうち、治療前後で腫瘍の大きさを測定できた95例の結果を示す。最良総合奏効率は16.7%であった。


図2.本治療におけるマイクロサテライト不安定性(MSI)が高い症例(MSI-High)28例とそうでない症例(MSI-Low/MSS)48例の全生存期間の比較
MSI-Highの症例では、本治療によって有意な生存期間の延長効果が認められた。


図3.口腔内悪性黒色腫ステージ4(症例25と症例35)の口腔原発病変の肉眼的変化
治療前に認められた口腔内の腫瘤は本治療によって著しい縮小を認めた。また、ここでは示していないが、口腔内原発部位だけでなく、肺転移についても縮小が認められた。

用語解説

  • 1)犬の口腔内悪性黒色腫
    犬の悪性黒色腫は、犬で好発する悪性度の高い腫瘍であり、口腔、皮膚、眼などさまざまな場所に発生する。なかでも口腔内に発生する悪性黒色腫は、非常に悪性度が高く、高侵襲性であり、一般的に生存期間は短い。
  • 2)免疫チェックポイント分子とその阻害療法
    免疫チェックポイント分子とは、免疫系を調節する分子群の総称で、腫瘍を攻撃するリンパ球上に存在するPD-1分子や腫瘍細胞や免疫細胞などに存在するPD-L1分子などを代表に多くの分子が知られている。2018年にノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑先生が発見されたのがこれら分子である。このうちPD-1分子とPD-L1分子の結合は、腫瘍細胞がリンパ球からの攻撃を免れる一つの機序であり、この結合のために腫瘍に集まってきたリンパ球は腫瘍を攻撃できなくなっている。したがって、このPD-1とPD-L1分子の結合を妨げるような抗体薬を投与することで、腫瘍を攻撃するリンパ球を再度働くことができるようにする方法が免疫チェックポイント分子阻害療法である。この治療法に用いられる抗体薬としては、抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体などが知られている。
  • 3)バイオマーカー
    病気の状態や治療効果の予測などの目安となる生体内の物質や指標のこと。
  • 4)ステージ
    WHOの分類では犬の悪性黒色腫のステージは、ステージ1から4に分類され、ステージ4が最も進行している。ステージ3は、腫瘍の大きさが4cm以上もしくはリンパ節転移がある場合、ステージ4は、肺を含め遠隔転移を起こしている場合を指す。ステージ4の場合、生存期間の中央値は、3ヶ月以下であると考えられている。
  • 5)最良総合奏効率
    がんの治療において、治療開始時から終了または中止までに認められた効果のうち、最も良かった時点での完全奏効と部分奏効の割合を指す。安全奏効とは、治療により腫瘍が完全に消失し新たな病変も認められない場合、部分奏効とは、腫瘍の大きさが全体で30%以上縮小した場合を指す。

論文情報

  • タイトル:Caninized PD-1 monoclonal antibody in oral malignant melanoma: Efficacy and exploratory biomarker analysis
  • 著者:Masaya Igase, Kenji Hagimori, Sakuya Inanaga, Hiroki Mizoguchi, Kazuhito Itamoto, Masashi Sakurai, Tomoki Motegi, Hiroka Yamamoto, Masahiro Kato, Toshinori Shiga, Toshihiro Tsukui, Tetsuya Kobayashi, Takuya Mizuno
  • 掲載雑誌:Journal for ImmunoTherapy of Cancer
  • 公表日:2026年1月23日(オンライン公開)
  • URL:https://jitc.bmj.com/lookup/doi/10.1136/jitc-2025-013623

 

お問い合わせ先

  • <研究および獣医師主導臨床試験に関すること>
    山口大学共同獣医学部 獣医臨床病理学研究室
    細胞デザイン医科学研究所 医・獣トランスレーショナル臨床研究部門
    〒753-8515 山口市吉田1677-1
    教授 水野 拓也
    TEL:083-933-5894
    E-mail:mizutaku@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)
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