国立大学法人 山口大学

本学への寄付

がんの悪役c-Mycを制御する新たな仕組みを解明 ―がん抑制因子PP2Aを減らしても増やしても、c-Mycを減らすことができる―

 

 山口大学共同獣医学部の大浜剛教授(細胞デザイン医科学研究所・所員)、大学院共同獣医学研究科博士課程の安藤紗奈大学院生らを中心とした研究グループは、がんの進行に深く関わるタンパク質「c-Myc」の分解メカニズムが、がん抑制因子「PP2A」の量によって切り替わることを明らかにしました。本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』に掲載されました。

 研究の背景

 c-Mycは、全遺伝子の約15%以上を制御する“マスター転写因子”であり、多くのがんで発現が上昇しています。そのため、c-Mycタンパク質の量を適切に制御することは、細胞の生存やがんの進行を左右する極めて重要な課題です。
 これまで、がん抑制因子である「PP2A(Protein Phosphatase 2A)」を活性化するとc-Mycが分解されることが知られていました。しかし近年の研究では、c-Mycの分解には特定のリン酸化状態が必要であることが示され、PP2Aがc-Mycを脱リン酸化するにもかかわらず分解が促進される理由は、長年の“パラドックス(矛盾)”とされてきました。

研究の成果

 本研究では、PP2Aの中でも「B55α」という調節サブユニットを含む複合体(PP2A-B55α)が、c-Mycの分解経路を状況に応じて切り替える“分子スイッチ”として働くことを明らかにしました。具体的には、

  • PP2A-B55αの量が低い場合
    → c-Mycは「FBXW7」という酵素を介した古典的な分解経路で処理される
  • PP2A-B55αの量が高い場合
    → 別の酵素「UBR5」を介した、c-Mycのリン酸化に依存しない新たな分解経路が活性化する

という二相性制御が存在することを示しました。

 さらに、PP2A-B55αはUBR5そのものを脱リン酸化することで活性化し、c-Myc分解を促進することも明らかにしました。この発見により、「PP2Aがc-Mycを脱リン酸化すると安定化するはずなのに、なぜ分解が進むのか?」という疑問を統一的に説明できるようになりました。

 
図:c-Mycは、がんマスターレギュレーターとも呼ばれるがん促進タンパク質です。PP2Aは、重要ながん抑制タンパク質で、PP2Aを活性化させるとc-Mycが分解されることが知られています。(上) 古典的なFBXW7を介したc-Myc分解経路では、PP2Aがc-Mycに付いているリン酸基(P)を取ると、FBXW7はc-Mycの分解を誘導することができなくなります。がん抑制因子であるPP2Aが、がんのマスターレギュレーターであるc-Mycを“助ける”ことになり矛盾します。(下) 今回の研究で、PP2AはUBR5を活性化することで、リン酸基の付いていないc-Mycの分解を誘導していることが明らかになり、矛盾が解消されました。

医療応用への可能性

 近年、がん抑制因子であるPP2Aを活性化する薬剤の抗がん剤としての応用が期待されていますが、反対にPP2Aを阻害する薬剤が臨床試験で一定の効果を上げており、一見矛盾する現象として注目されています。本研究は、「PP2A-B55αの量が“適度”な状態を外れるとc-Mycが分解される」、つまり「がん細胞はPP2A活性を“適温”に維持する必要がある」という新しい概念を提示しました。この知見は、c-Myc依存性がんに対する新たな治療戦略の基盤となる可能性があります。

今後の展望

 近年の研究は、PP2Aを活性化する化合物も阻害する化合物も抗がん剤になり得ることを示していますが、PP2A活性の制御機構は複雑で、その分子機構はまだ十分に理解されていません。今後は、PP2A活性の制御機構の理解を深めるとともに、これを標的とした抗がん剤の実現を目指します。

掲載誌情報

  • 論文題目:Switching of the c-Myc protein degradation pathway depending on the PP2A-B55α complex levels
  • 雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
  • 著者:Ando S, Ikeda S, Tanaka K, Tomabechi Y, Yamagata A, Shirouzu M, Tsunedomi R, Nagano H, Tsuji S, Sato K, Ohama T
  • 掲載日:2026年3月17日
  • DOI:10.1073/pnas.2509374123

 

お問い合わせ先

  • <研究に関すること>
    山口大学共同獣医学部生体機能学講座
    教授 大浜 剛(オオハマ タカシ)
    TEL:083-933-5906
    E-mail:t.ohama@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)

  • <報道に関すること>
    山口大学総務企画部総務課広報室
    Tel:083-933-5007
    E-mail:sh011@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)

TOP