国立大学法人 山口大学

本学への寄付

魚の傷をあっという間に修復するのは細胞たちのホワイト企業!?
-魚の創傷治癒速度はヒトの皮膚の治癒速度の50倍-

 

 山口大学大学院創成科学研究科の沖村 千夏学術研究員、岩永 美咲大学院生と岩楯 好昭教授のグループは武蔵野大学 櫻井 建成教授、東京大学 上野 匡助教、浦野 泰照教授らのグループと共同で、魚の傷修復に関わる細胞集団のユニークな競合・協調行動を発見しました。
 魚のウロコを1枚カバーガラスに接着させると、ウロコからケラトサイトという上皮細胞が集団で這い出て擬似傷修復を開始します。集団の先頭ではリーダー細胞たちがアクトミオシンケーブルを介して横一列に連結し、フォロワー細胞たちを牽引します。個々の細胞の大きさは経時変化しないのに、集団は半円形状のまま相似拡大していきます。これは細胞の配置が時々刻々巧みに最適化され続けなければ不可能です。この未知の集団移動メカニズムが魚の高速な傷修復のカギと推察し、研究グループはこの相似拡大メカニズムの一端を解明しました。一般的なヒトなどの上皮細胞集団では、先頭のリーダー細胞が単独で集団を引っ張り、後続のフォロワー細胞同士がケーブルで連結されリーダー化が抑制されています(図1)。一方、ケラトサイト集団ではリーダー細胞たちはお互いをケーブルで繋いで集団形状を維持し(図2)、加えて、そのケーブルを後続のフォロワー細胞に切断させ、フォロワー細胞と新たにケーブルを接続してリーダーに昇進させて、集団を拡大させていたのです(図3)。

 この様式は社員思いのホワイト企業が急成長するさまを連想させます。ケラトサイト社には身勝手なリーダーはいません。働き者のリーダー達が協力して多くのフォロワーを引っ張っています。そして有能なフォロワーをどんどんリーダーに昇進させるのです。魚の傷修復がヒトより速いのもうなずけます。このユニークなメカニズムがヒトに医療応用され、近い将来、瞬く間に綺麗に傷が治るようになるのではないかとワクワクします。本研究成果は米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)に2022年4月27日に掲載されました。

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背景

 切り傷、擦り傷、やけどなど“創傷”は死に至るケースは少ないものの、治癒までの痛みや生活の不便さ、また、傷跡を残したくないという美容上の要求から、風邪と同様、常に治療法の開発が望まれています。創傷は周辺の上皮細胞が集団で損傷箇所に移動し傷を埋める自然治癒力によって治癒するため、有効な治療法の開発には細胞集団の移動メカニズムの理解が重要です。魚類の創傷治癒はヒトのそれより数十倍速いことが知られています。

発表のポイント

  • 一般的なヒトなどの上皮細胞集団では、先頭のリーダー細胞が単独で非効率に集団を引っ張ることが知られている(図1)。後続のフォロワー細胞同士がケーブルで連結されリーダー化が抑制されている。
  • ケラトサイト集団ではケーブルがリーダー細胞間を連結し、集団の形を維持していた(図2)。
  • その上、リーダー細胞たちはお互いを繋ぐケーブルを後続のフォロワー細胞に切断させ、そのフォロワーと新たにケーブルで連結しリーダーに昇進させることで集団を拡大させていた(図3)。

発表論文の情報

  • タイトル:Leading edge elongation by follower cell interruption in advancing epithelial cell sheets
  • 著 者:沖村 千夏(山口大学),岩永 美咲(山口大学),櫻井 建成(武蔵野大学),上野 匡(東京大学),浦野 泰照(東京大学),岩楯 好昭(山口大学)
  • 掲 載 誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(2022)
  • D O I:10.1073/pnas.2119903119
  • U R L:https://doi.org/10.1073/pnas.2119903119

謝辞

 本研究は、MEXT科研費 21K15055, 17K07366, 19H04935, 20H03227, 21K19228, 16H06574並びにJSPS拠点形成事業 JPJSCCA20170007の助成を受けたものです。

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