紀要『山口学研究』
山口学研究センター紀要『山口学研究』
山口学研究センターでは、研究成果を広く国内外に発信するため、紀要『山口学研究』を発刊しています。
採録された各論文のPDF版は、山口大学学術機関リポジトリ(YUNOCA)、または以下のリンクより閲覧できます。
YUNOCA https://petit.lib.yamaguchi-u.ac.jp/journals/yunoca000057/
第5巻(2025年7月発行)
目次・巻頭言・投稿規定・編集後記
実践報告
格差なく楽しめるジオパークを目指してーユニバーサルツーリズムの取り組みに対する実践報告ー
西尾 建, 脇田 浩二, 岡本 純也
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高齢者や障がい者にとって都心の観光施設や宿泊施 設は設備やインフラが整備されているが、アウトドア観光地の場合、アクセスや観光地についてからのインフラが整備されておらず、十分に楽しめないなどの課題は多い。山口県は、自然資源が豊富で多くのアウトドア観光地があるが、高齢者や障がい者にとって十分な設備が整っているとはいえない。本研究では、Mine秋吉台ジオパークを中心にアウトドア観光におけるユ ニバーサルな取り組みについて考える。高齢者や障がい者対応の先進事例である、富士見高原リゾートや霧島ジオパーク・ユニバーサルデザインフォーラムでの取り組みの紹介を交えた実践報告からアウトドア観光地でのユニバーサルマーケティングについて考えていく。
研究論文(2019年度採択プロジェクト)
「萩市・南明寺 賓頭盧坐像3D スキャニング模型に関する研究
研究プロジェクト名:文化財修復の温故知新 日本画の新潮流及び山口型・文化財保存修復研究センタープロジェクト
上原 一明, 中野 良寿, 平川 和明, 堀川 裕加, 上利 英之, 城 裕喜, 岡崎 麻耶子, 永田 恭平
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本論文は、令和2年度山口大学の山口学プロジェクト「文化財修復の温故知新 日本画の新潮流及び山口型・文化財保存修復研究センタープロジェクト」で取り上げた、「萩市 南明寺 賓頭盧坐像の右手及び宝珠の復元」の継続研究である。前件は欠落した右手と宝珠を本体と同じ素材である樟(クスノキ)で復元した。同時に賓頭盧坐像の椅子も復元してはとの提案に対し、設置場所の広さの関係上縮小サイズの椅子が妥当となりその復元を試みることとなった。そしてそれに見合う模型像の製作も検討した結果、本研究のプロジェクトが開始された。 既に3Dプリントによる文化財再現の試みは多数の研究機関により実践されているが、本学の山口学文化財復元プロジェクトならではの方法を用いることにより、山口型文化財保存修復研究を行った。本論文は、椅子の復元を平川、3Dスキャニングとプリント作業を堀川研究室、3Dプリント像の造形調整を上原、彩色監修を中野と上利がそれぞれ担当し、その研究成果を論述したものである。
「商店街への公衆無線LAN 設置と蓄積データによる来街者行動分析」
研究プロジェクト名:無線LAN技術によるスマート商店街の構築と観光回遊データ連携分析に基づく活性化方針立案への展開
袁 麗暉, 占部 瑠美, 木下 真, 松野 浩嗣
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地方都市の商店街は衰退の一途を辿っており、その活性化が課題となっている。本研究では、山口市の商店街に独自の公衆無線 LAN を設置し、来街者の行動データを取得して解析した。年齢、来街頻度、交通手段など属性が取得できるシステムを開発し、来街者の周遊行動の分析を行った。この結果から、ターゲットを絞った広告やクーポンの配布など、より多くの顧客が訪れる魅力のある商店街とするための方策をいくつか 提案する。
研究論文(投稿分)
「地方の若者にとっての<結婚難>とは何か?ーWEB調査にもとづく山口県・福岡県・東京都の比較研究ー」
高橋 征仁
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現在、大都市圏において非婚化・少子化の問題が話 題となっている。ただし、地方においても、以前から、未婚女性の不足による非婚化・少子化が深刻化していた。この両者の非婚化・少子化問題は、理論的にみれば、女子上昇婚志向による人口の都市移動という点で接続しているものの、大都市と地方では問題の実相が大きく異なっていると考えられる。そこで、本研究では、山口県・福岡県・東京都でのWEB調査にもとづいて、大都市(福岡市と東京23区内)と地方(山口県、および上記以外の福岡県と東京都)の恋愛・結婚市場の特徴について、比較検討を行った。その結果、大都市の女性は、恋愛や結婚条件に対する自信が高く、外見や地位、性格に対する選り好みが 強いのに対し、地方の女性では、自信が低く選り好みも弱い傾向が見られた。また地方の男性では、年齢に伴って、結婚や子どもを持つことへの意欲が低下する傾向が見られた。
「地域における防災・気象・地図情報の利活用 第1 報 山口市徳地地域を事例として」
山本 晴彦
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佐波川上流域に位置する山口市徳地地域(旧徳地町)を対象に、地域の防災・減災活動における防災・気象・地図などに関する情報の利活用について紹介した。佐波川流域の気象・河川水位情報は、「川の防災情報」「山口県土木防災情報システム」「防府市防災気象情報」などで閲覧・利用が可 能で、地図情報は「地理院地図」「今昔マップ」の地形図・旧版地図・空中写真などの利活用について示した。ハザードマップは、「山口市防災ガイドブック」を基礎とし、「オープンマップやまぐち」の利活用について紹介した。ここでは徳地地域における避難所の課題について述べ、想定最大規模と計画規模の洪水ハザードマップを国土交通省の「重ねるハザードマップ」で示し、洪水浸水想定区域図を用いてハザードマップの課題について記した。地質図では徳地地域に分布する花崗岩によ る土石流災害の可能性について述べた。
「地域における防災・気象・地図情報の利活用 第2 報 山口市小郡地域を事例として」
山本 晴彦
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山口市小郡地域を対象に、地域の防災・減災活動における防災・気象・地図などに関する情報の利活用について紹介した。気象・河川水位情報は、「山口県土木防災情報システム」「道路情報提供システム」の閲覧・利用が可能で、地図情報は「今昔マップ」「御国廻行程記」の旧版地図・空中写真・ 絵地図などの利活用について示した。ハザードマップは「山口市防災ガイドブック」を基礎とし、「オープンマップやまぐち」「山口市防災ポータル」の利活用について紹介した。また、小郡地域を通る小郡断層について述べ、建物全壊危険度と ゆれやすさマップにより、地震防災の課題について記した。最後に、国土交通省の「重ねるハザードマップ」により小郡地域における想定最大規模と計画規模の洪水ハザードマップを紹介し、避難所における課題などについて記した。
「2013年7月に萩市須佐地域で発生した豪雨災害の特徴と被災後の復旧状況」
山本 晴彦, 兼光 直樹
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2013(平成25)年 7月28日の明け方から昼過ぎにかけて、山口県北部から島根県津和野地方では集中豪雨に見舞われ,最大1時間降水量は萩市の須佐アメダスでは138.5mm を観測して既往の記録を更新し、最大3時間降水量も301.5mmと、7月の月降水量の平年値(281.6mm)を上回る記録的な大雨となった。須佐地域(旧須佐町)の須佐地区では、須佐川の堤防が2ヶ所で決壊して氾濫流が市街地に流入し、人的被害は死者1人・行方不明者1人、住家被害は全壊10棟、大規模半壊30棟、半壊220棟、床下浸水150棟にも上り、国道191号の中津交差点付近では浸水深は最高2.5mにも達した。2024年7月の調査では、復興工事による移転も含めて建物の取り壊しにより約50ヶ所が更地となっており、加速する人口減少と高齢化社会における地域防災・減災への対応が喫緊の課題となっている。
第4巻以前はこちら
第4巻(2024年7月発行)
目次・巻頭言・投稿規定・編集後記
研究論文(2019年度採択プロジェクト)
「山口市・興隆寺 釈迦堂文殊菩薩坐像台座復元に関する研究‐様式編‐」
研究プロジェクト名:文化財修復の温故知新 日本画の新潮流及び山口型・文化財保存修復研究センタープロジェクト
上原 一明,馬場 良治
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本論文は、山口大学の山口学プロジェクト 「文化財修復の温故知新 日本画の新潮流及び山口型・文化財保存修復研究センタープロジェクト」の一案件として採用した、山口市大内氷上に建立された興隆寺釈迦堂の文殊菩薩坐像獅子台座と岩座の復元に関する研究であり、その復元を実践した研究者の共著である。本論の特徴は、両台座の復元をよりオリジナルに近い復元にするため、台座の粘土原型製作と木彫を彫刻家である上原、表面の彩色を国指定の選定技術保持者で日本画家の馬場が担当し、それぞれの専門分野を活かした分業として復元作業を行い、またそれを論述したものである。
「山口市・興隆寺 釈迦堂文殊菩薩坐像台座復元に関する研究‐分析編‐」
研究プロジェクト名:文化財修復の温故知新 日本画の新潮流及び山口型・文化財保存修復研究センタープロジェクト
中野 良寿,永嶌 真理子,平川 和明,森福 洋二
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本論文は、山口大学の山口学研究プロジェクト「山口から始める文化財修復と日本画の新潮流」(2016-2018研究代表者:堤 宏守)、「 文化財修復の温故知新:日本画の新潮流及び山口型・文化財保存修復研究センタープロジェクト」(2019-2021 研究代表者:中野 良寿)として2016年よりメンバーの研究者が所属する山口大学および山口県を起点に地域において文化財指定がされない等、修復の優先順位が低く見られ、放置されがちな文化財などへの素材分析や補修・修復などを行っており、萩市の南明寺賓頭盧坐像に続き行った修復である。様式編で紹介されているように山口市の興隆寺では釈迦堂の文殊菩薩像獅子台座と岩座が盗難により失われ、その欠損部分を再現的に修復したものである。 論文は様式編と分析編に分けて執筆しており本論の分析編では木材部分の分析を平川和明(木材加工)が行い、中野良寿(絵画)がカラーマッピングおよび研究グループ監修を行い、永嶌真理子(鉱物科学)、森福洋二(成分分析)が顔料成分分析などを行い論述したものである。
研究論文(投稿分)
「大学と地域が連携した地域学習イベントの実践:山口県防府市富海地域を対象として」
浜橋 真理,福井 清治,出穂 稔朗, 森重 泰信
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In recent years, the population outflow, declining birthrate and aging population in rural and sub-urban regions in Japan are leading to shrinkage of the regional economy and to various social issues. The Tonomi region in Hofu city, Yamaguchi prefecture, known for its beautiful ocean, is one of the regions that are aiming to revitalize their communities for regional development. In order to analyze the characteristics of the region and to enhance its recognition, the Yamaguchi University Faculty of Global and Science Studies and the Tonomi Region Community Revitalization Committee collaborated on a project in 2023 which involved 1) launching a geo-cultural seminar for university students inviting stakeholders and local residents from Tonomi as speakers, 2) hosting tour events and workshops in Tonomi targeting university students to learn about the region and develop ideas, and 3) implementing a competition inviting new ideas for regional revitalization initiatives utilizing resources such as the Tonomi beach and surrounding vacant lands. Through these implementations, we aimed to create an opportunity for students to explore and learn about the various challenges and issues faced in this diminishing part of Yamaguchi, and generate effective and exciting solutions. Here, we report on the activity for this year’s project.
「コロナ禍で低下した山口大学生の身体活動を回復する試み-本学関連部署と連携した PBL活動を通して-」
清野 良輔,泊 信吾,畑田 花歩,福島 成美,湯浅 日苗,中井 美奈,上田 真寿美
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本稿は、新型コロナウイルス感染症禍で低下した学生の身体活動の回復を目的として、提携パートナーである山口大学生活協同組合と実施したプロジェクト型課題解決研究(Project Based Learning:以下、PBL)の一部である。2020 年春に発生した新型コロナウイルス感染症により山口大学生の身体活動は顕著に低下したとみられる。そこで私たちは新型コロナウイルス感染症の分類が2類から5類に移行した2023年の9~11月に山口大学生活協同組合、総合図書館、保健管理センターと連携して以下の企画を実施した。①ヤマミィステッカーと健康キャンパスマップの作製、②体力測定イベントの実施、③図書館との共同企画、及び④保健管理センターとの共同企画の4つである。これらの取り組みによって山口大学生の健康や運動への意識を向上させたいと考えた。4企画を合わせて、のべ600名超の参加があった。これらの企画を通じて、身体活動が向上・定着した度合いを数値として判定はできなかったものの、アンケートを通じて「運動への意識を見直すきっかけになった」(45%)、あるいは「今後身体活動量を増やそうと思うきっかけになった」(55%)といった意見があり、山口大学生の健康や運動への意識の向上の一助にはなったと推察される。
「山口県の女性就労特性と活躍推進施策についての考察」
鍋山 祥子
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現在、政府が掲げている「女性活躍」は、2012年の 第2次安倍内閣以来、女性の労働力化を意図した経済政策として強力に推し進められてきた。一方、少子高齢化とともに急速な人口減少に直面している地方では、女性の労働力化は喫緊の課題であるのと同時に、地域の人口水準の維持という意味でも、地域で暮らし、定着する女性の増加を目指している。 そうした地方都市のなかで、女性の県内定着を政策課題に掲げる山口県をとりあげ、女性労働の特性を分析した。その結果、若年女性の労働力率の低さと壮年女性の旺盛な労働市場への再参入という2つの特性が明らかになった。山口県において、これら2つの特性に応じた女性活躍施策を取ることが有効であると指摘するとともに、具体的な方策について考察した。
「コロナ禍での政府支援策が山口県の観光・娯楽産業の雇用に与える効果の分析」
山本 周吾,諏訪 竜夫,加藤 真也
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2020 年初頭から発生した新型コロナウイルス感染症 によって、全国の観光・娯楽産業は大きな影響を受けた。そのため、政府は無担保・無利子融資(ゼロゼロ融資)や雇用調整助成金等の様々な企業支援策を実施してきた。本研究では、山口県の観光・娯楽産業に着目し、2020 年度及び2022年度に山口県内の観光・娯楽産業の企業に対してコロナ禍における政府の支援事業の利用実績と経営状況・雇用状況を把握するアンケート調査を実施した。この調査データに対し、内生性を考慮した多変量モデルを用いて、政府支援策が企業の雇用の維持に与える影響を推定した。その結果、政府支援事業は特にパート・契約社員等の非正社員の雇用の維持に効果があることが明らかとなった。さらにアンケート調査の自由記述回答より得たコロナ禍における政府支援策が企業に役立ったかどうかを尋ねた文章に対してテキストマイニングを行った。その結果、回帰分析の結果と整合的な結果を得ることができた。
「2023年の梅雨前線豪雨により山口市で発生した浸水被害の特徴」
山本 晴彦, 古場 杏奈
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2023年6月30日から7月1日にかけて、山口県内では梅雨前線の活動が活発となり、県中部の山口市では 300mm を超える豪雨に見舞われた。山口盆地を流れる椹野川の左岸に位置する平川地域では、椹野川と支流の九田川に挟まれた田屋島地区、九田川左岸の吉野・平野地区で外水・内水氾濫が生じ、住宅や商業施設などへの浸水被害が発生した。大歳地域では、椹野川と支流の吉敷川に挟まれた岩富地区、吉敷川右岸の坂東・鴨原・勝井・三作地区などで内水・外水氾濫による浸水被害が発生した。また、大内地域の仁保川と問田川が合流する地点に位置する下千坊地区、小郡町上郷の椹野川右岸に位置する仁保津地域でも甚大な浸水被害が発生した。浸水被害の範囲は2009年7月豪雨による範囲とほぼ一致しており、低平地の水田を転用した宅地や商業施設の開発などにより、被害が拡大していることが示唆された。
「2023年の梅雨前線豪雨により美祢市で発生した浸水被害の特徴と2010年豪雨との比較解析」
山本 晴彦, 古場 杏奈
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2023年6月30日から7月1日にかけて、梅雨前線の活動が活発となり、美祢市を流れる厚狭川流域の万光、美祢大橋、東厚保、西厚保の雨量局では累積雨量が250mmを超える豪雨を観測した。これにより厚狭川の水位が上昇し、支流の麦川川流域、厚狭川中流の下村大橋付近、南大嶺、四郎ケ原、東厚保、西厚保の地区では外水・内水氾濫が生じ、住宅をはじめ、学校、保育園、高齢者施設などに浸水被害が発生した。特に東厚保地区の東厚保水位局では氾濫危険水位の 5.10m を大きく超える8.40mを記録し、厚狭川の外水氾濫により最高2.5m の浸水深を観測するとともに、県道33 号を通行中の軽自動車が押し流され、行方不明者1人の人的被害も認められた。また、JR美祢 線の南大嶺駅-四郎ケ原駅間では、第六厚狭川橋梁や路盤の流失などの被害が発生した。
「2010年と2023年の梅雨前線豪雨により山陽小野田市の厚狭地区において発生した浸水被害の特徴と比較解析」
山本 晴彦, 古場 杏奈
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2023年6月30日から7月1日にかけて、梅雨前線の活動が活発となり、山口県西部を流れる厚狭川流域では降り始めからの累積雨量が250mmを超える豪雨に見舞われた。上流の美祢市では厚狭川や支流の麦川川などで外水・内水氾濫が発生して300棟に及ぶ住家の浸水被害が生じ、2010年水害に匹敵する被害となった。中流域の山陽小野田市の厚狭地区では、2010年豪雨による厚狭川の外水氾濫は生じなかったものの、JR厚狭駅の 西側を山麓から流れ下り、厚狭川に合流する桜川や大正川では溢水が生じ、住家や保育園、高齢者施設、商業施設などで浸水被害が発生した。2010年豪雨による水害を契機に、厚狭川・桜川の激特事業が2010年度に開始され、河道の掘削および 拡張、築堤、護岸・橋梁の整備、排水ポンプの増設等が2019年に完了しているが、2023年豪雨では厚狭川の水位が上昇することにより大正川排水機場の水門が閉鎖され、ポンプの排水能力を上回る雨水の滞留により、浸水被害が生じた。
第3巻(2023年7月発行)
研究論文(2019年度採択プロジェクト)
「山口県のオリジナルカンキツ 長門大酢(Citrus nagato-ozu)を使用したレシピの考案」
研究プロジェクト名:山口・食の温故知新〜長州食材・料理を復活し新たな価値を見出す〜
森永 八江,五島 淑子,岡崎 芳夫,西岡 真理,柴田 勝
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全国には未利用なオリジナルなカンキツ類が数多く存在している。山口県のオリジナルカンキツの一つに長門大酢(ながとおおず)があり、柑きつ振興センターに1本のみが現存していると考えられている。この幻のカンキツの果実は、大果で果汁が多く、隔年結果を起こしにくいなど、加工や栽培に適した形質を有している。しかし、このような未利用カンキツについて、その価値や有用性などの検討は行われていない。そこで、具体的な利用法を示すために、長門大酢の特徴を生かした料理や菓子、調味料の材料としたレシピの作成を行い、未利用カンキツの有効性について検討した。 香酸カンキツの長門大酢は上品で爽やかな香りがあり、ユズよりもレモンに近い酸度(4.8%)、糖度(9.4%)、糖酸比(1.97)を示した。一般加工品として、長門大酢胡椒、塩長門大酢、長門大酢のドレッシング、長門大酢ポン酢および長門大酢のはちみつ漬けのレシピを考案した。また、多くの世代に受け入れられるように菓子として、長門大酢ゼリー、長門大酢のレアチーズケーキおよび長門大酢のマドレーヌのレシピを考案した。さらに、より、飲食店でも利用可能な料理として、鶏の唐揚げ長門大酢ソース、アジの長門大酢エスカベッシュ、長門大酢とサーモンのヴァプール クリームソースおよび生搾り長門大酢サワーのレシピを考案した。これらは全て家庭でも作ることができるレシピである。これらの料理から、長門大酢は爽やかな香りと柔らかな酸味を生かした調理ができることが分かった。今後、より幅広いライフステージの人々に受け入れられるレシピの開発を通じて、地域の食材による食育や未利用の農産物の掘り起こしが可能性であることを示した。
「山口県の周防大島におけるハワイ移民のビッグデータ解析」
研究プロジェクト名:山口県におけるハワイ移民のビッグデータ解析と新規事業の創出
杉井 学,クルッツ ゲッラ クリスチヤン フランシスコ,永井 涼子,藤原 まみ
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山口県周防大島町にある日本ハワイ移民資料館には、明治初期にハワイに渡った日本人の記録を蓄積したデータベースがある。電子化された29,730 レコードに及ぶ記録内容を調査し、約4,000 人に及ぶ人々が、山口県の屋代島(以後、周防大島と呼ぶ)からハワイに渡った理由を考察した。また、渡航前住所をGIS(地理情報システム)を用いて周防大島町の地図上に配置し、年別の渡航者分布の拡大の様子や地理情報との関連についても考察した。
研究論文(投稿分)
「山口市大内地区において 2009 年 7 月豪雨により発生した 浸水被害の特徴と土地利用の変遷」
山本 晴彦,渡邉 祐香,山本 翔子,古場 杏奈
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山口市大内地区において 2009年7月の豪雨により発生した浸水被害の特徴と土地利用の変遷について解析を行った。本地区は条里型地割が行われている水田地帯で あったが、1898年から約100年の旧版地図・空中写真の解析から、終戦後の1950年頃から水田の転用による宅地や商業地の開発が進んでいた。2009年豪雨による浸水被害は地区全体で450戸に上り、問田川両岸や旧国道262号に挟まれた標高の低い平地で顕著あった。開発にともなう水田の減少は、大内地区における雨水貯留機能を低下させており、本豪雨の浸水被害を大きくした要因の一つとして考えられた。
「コロナ自粛下における山口大学生のコミュニティを促進する試み
-FAVO café とドリンクをキーとした PBL 活動を通して-」
山本 夏帆,向井 梨穂,寺内 隆人,海辺 陽香,有場 雪美,磯本 杏美花,上田 真寿美
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本稿は、コロナ自粛下で停滞した学生コミュニティを再活性化することを目的としたプロジェクト型課題解決研究(Project Based Learning:以下、PBL)の一部である。2021年度にコロナの影響で自宅学習を余儀なくされた現大学生は、地域や大学で自身のコミュニティを形成することが困難であった。そこで、2022年度、対面授業が主となった大学キャンパスを中心に学生の視点からコミュニティを再活性化したいと考えた。私たち学生にとって重要な食事及びコミュニケーションツールでもあるドリンクをキーとして、山口大学生活協同組合(以下、山大生協)の福利厚生施設「FAVO」のカフェ(以下、FAVO café)での試みが学生に与えた影響について報告する。
「モバイル LiDAR で捉えた洞窟 ― 秋芳洞・大正洞の事例」
楮原 京子
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秋芳洞などの鍾乳洞は、共有の財産として適切な保護・保全・活用が行なわなければならない。しかし、鍾乳洞の形状は凹凸に富んで複雑であり、自然光が届かない中でその全貌を把握するのは難しい。本稿では、小型化・低価格化したLiDAR装置を用いて、美祢市秋芳洞・大正洞を計測することを試み、その有効性について検討した。その結果、モバイルLiDAR(Livox社製Avia)による点群データ及び3Dモデルは1963年測量の実測図と整合的であり、その有効性は認められた。しかし、優れた3Dモデルには十分な点群密度が必要である。
「世界最大級の海底火山の衝突 ― 秋吉石灰岩の新たな理解」
脇田 浩二
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山口県中部の秋吉石灰岩においては、小澤(1923)が提案した層序の逆転について、決定的な形成モデルが提案されていない。本報告では、最近得られた知見に基づいて、形成モデル構築のための制限条件を検討する。それは、超巨大海山の衝突と生物礁の付加であり、逆転構造の広がりについての新たな地質情報である。また、海溝充填堆積物とされた常森層の形成場についての知見も重要である。これまで、確かな形成モデルが提案されなかったのは、現在の地球上に、秋吉石灰岩の逆転モデルに相当する地質イベントが存在しなかったことが関係している。斉一説に基づいた解釈が困難であったためである。今後は、新たな制約条件の下、新たな形成モデルの構築を図る必要がある。
第2巻(2022年3月発行)
研究論文(2019年度採択プロジェクト)
「CAPS マーカーを用いた山口県の幻のミカン クネンボ(九年母)の探索」
研究プロジェクト名:山口・食の温故知新 〜長州食材・料理を復活し新たな価値を見出す〜
柴田 勝,樋口 尚樹,元水 在斗,岡崎 芳夫,西岡 真理,五島 淑子
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農産物の多くは、その時代にあった新しい品種に置き換えられ栽培が行われてきた。その一つにカンキツがあり、現在、国内で最も栽培されているカンキツ品種はウンシュウであるが、明治初期にはミカン(蜜柑)、コウジ(柑子)に次いでクネンボ(九年母)が多く、クネンボの生産額は山口県が全国一であった。しかし、今ではクネンボ(Citrus nobilis varkunep)の名前を知る人もほとんどいない幻のミカンとなり、県内でクネンボの樹があるのかさえ分かっていない。このカンキツは、江戸から明治期の食文化を考える上で重要な農産物でもあり、当時の長州と英国との異文化交流などを知ることができる貴重な食材の一つなっている。クネンボを地域の資源として現代に復元させるために、県内の品種不明のカンキツからクネンボのスクリーニングを行った。天保期の長州藩の地誌『防長風土注進案』に記載されたカンキツの地理情報や史料、気象条件などからクネンボの探索地域を3 か所に絞り込み、次いでDNAマーカーであるCAPS(Cleaved Amplified PolymeraseSequence)を用いて農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)で保存されているクネンボ(NIAS Genebank, JP 117387)と県内に自生している品種不明カンキツのゲノムDNA の多型を比較することでクネンボの探索を行った。品種同定のために既存のカンキツ112 種を識別できる7 種のCAPS からなる最少マーカーセットを選抜し、次いでアレルの組合せが多様な交雑種からでもクネンボを識別させるために5CAPS を加えたマーカーセットを使用した。しかしながら、採取したすべてのサンプルにおいてクネンボを見出すことはできなかった。特に萩地域では、品種不明のカンキツの多くが小型のナツダイダイであり、長州藩家臣の屋敷跡地や植栽図で200 年以内に確実にクネンボが植えられていた園庭であっても、クネンボを見出すことはできなかった。一方、宗像大社の祭事で用いられてきたクネンボは、農研機構と同じ遺伝子型を示した。これらの結果は、ゲノムサイエンスにより、今まで曖昧であった地域の農産物などの品種を特定すると共に、かつてはその地域を代表する農産物でありながら現在では入手困難な農産物であっても、DNA 多型を調べることで「埋もれた地域資源」を掘り起こし、復活させることができることを示唆していた。
「SDGs による山口県のスポーツ観光講座とユニバーサルツーリズムの実践報告」
研究プロジェクト名:SDGs による山口県内スポーツ観光資源の開発
西尾 建,橋本 芙奈,木寺 航大,鳴尾 裕貴
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2019 年からスタートした山口学研究プロジェクト「SDGs によるスポーツ観光資源の開発」をベースとして、2020 年に応募した観光庁の中核人材育成事業「SDGs による山口県のスポーツ観光講座」が採択され、山口大学で講座を開講した。講座は山口県内の自然資源やスポーツ資源を活用して、アフターコロナでの観光およびスポーツの推進を目指す人材を育成するものである。ここでは、2年間の観光庁講座とスタッフで編成したユニットチームで実施した「ユニバーサルツーリズムと車いす」の実践報告も交え報告する。
「ジャック・ロンドンに雇われていた日本人、中田由松
―山口県大島郡周防大島町沖家室島(おきかむろじま)の機関誌『かむろ』の調査から―」
研究プロジェクト名:山口県におけるハワイ移民のビッグデータ解析と新規事業の創出
藤原 まみ
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本稿は山口大学研究推進体「人と移動研究推進体」、及び、山口大学山口学研究プロジェクト「山口県におけるハワイ移民のビックデータ解析と新規事業の創出」が、英語作家ジャック・ロンドン(Jack London)研究における謎を解明したことの報告である。 ロンドンは以下の3点から日本との関わりが深い作家である。(1)日本についての作品や記事を発表している。(2)日本関連の作品を発表したラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn, 小泉八雲)に関心を持ち、ロンドンの創作活動にその影響が伺える。(3)多くの日本人労働者を雇っていた。上記(2)はこれまでほとんど研究されていない。また、(3)は研究されてきたが、日本人労働者の中でロンドンと最も深く親交した中田由松については全く解明されていない。 上記2種研究プロジェクトにおいて、論者は山口県大島郡周防大島町沖家室島の機関誌『かむろ』の文学・文化表象について研究を進め、その過程で中田由松についての情報を入手した。この発見はロンドン作品における異文化表象の研究に、新たな知見をもたらすものである。さらに、これまで十分に考察されてこなかった、ロンドン作品の異文化表象における、ロンドンのハーン作品受容の影響を考察する上で、有効な視座となりうる。これらの点において、この発見は今後のロンドン作品研究に新たな展開をもたらすことが期待される。 また、『かむろ』の研究はこれまで(山口大学においては)十分になされてこなかった。さらに、散見するこれまでの『かむろ』研究では、『かむろ』を主に歴史・社会的資料として取り扱ってきた。今回の発見は『かむろ』が文化・文学的資源でもあることを示すものであると同時に、山口大学が山口の歴史・文化的資源に積極的に取り組んでいることを示すものでもある。
「山口の自然とジオパーク – 地球目線の学び – 」
研究プロジェクト名:SDGs による山口県内スポーツ観光資源の開発
脇田 浩二
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山口の自然は、約46億年の地球の歴史の産物であり、地球の記憶を蓄積している。自然を眺めるだけの存在から、その記憶をひもとき、未来へ役立てる存在へとする活動に、ジオパークがある。ジオパークはユネスコの正式プログラムであり、地球の遺産を学び、守り、活用する活動である。山口県には2つのジオパークがあり、地質遺産を活用し、教育・保全を実施しながら、持続可能な開発を模索している。この2つのジオパークを中心に、山口県の自然について地球の記憶をひもとき、地球目線で自然を学び、楽しむ意義について考察した。
第1巻(2021年3月発行)
研究論文(2016年度採択プロジェクト)
「文化財修復に用いられる特殊な膠の作用機序に関する一考察」
研究プロジェクト名:山口から始める文化財修復と日本画の新潮流
研究代表者 大学院創成科学研究科(工) 堤 宏守
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絵画は、描かれると同時にそれらを構成している材料である顔料、接着剤(膠)、基底材(紙、板、布など)の劣化が始まるとされ、その時点から保存や補修を考える必要があると言われている。特に文化財としての価値故に保存されている絵画の修復は、その絵画を後世に伝えるという大きな役割を果たす必要がある。この修復に際して、過去に行われた修復がかえって絵画の劣化を引き起こしている事例が報告されており、主に昭和20 年代から30 年代に行われた合成樹脂を用いた修復において大きな問題となっている。その原因である劣化あるいは白化した合成樹脂層を取り除きつつ、さらに確実な修復を実現する方法が求められている。本報告では、日本画家であり国の選定保存技術保持者である馬場良治氏が開発した特殊な膠による絵画修復の作用機序について、モデル実験を通じて考察を試みた結果について述べる。
「歴史的思考と地理的思考の融合を目指した地域学習ワークショップの実践」
研究プロジェクト名:グローカルな視点で考える山口県の歴史・文化・自然
研究代表者 教育学部 楮原 京子
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現代社会はグローバル化の影響を受けながらも、平和で持続可能なローカルとは何かを考えていく必要があり、学校教育においてもそうした課題に向き合える人材育成が求められている。また、新学習指導要領では高等学校において「歴史総合」・「地理総合」の必履修化が示され、それに対応する教材開発が求められている。本研究では、これらの課題を見据えながら、歴史的思考と地理的思考の両面とGIS 活用も含む学習活動について検討することとした。山口県の歴史事象を整理し、そのうち複数の題材をテーマとした座学とフィールドワーク、GIS 活用を組み込んだワークショップを開催した。座学とフィールドワークを一連とする学習形態は、参加者の主体的な学びを促すことに寄与し、身近な地域や生活の中に歴史があることが認識されると、関連する地域として世界を具体的に捉えることができるようになることが分かった。
研究論文(投稿分)
「学生企画ツアーによるインバウンド観光発展の可能性」
経済学部 朝水 宗彦
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本論は、ボランティア等の活動を通し、学生による様々な社会貢献について、文献と簡易な現地調査によって概観したものである。山口大学の場合、学生の学外での活動に対してサポートの歴史が長く、学生の活動内容も時代と共に変化してきている。学生の課外活動は単に変化しているだけでなく、次第に複合化し、高度化を遂げている。山口大学における学生による社会貢献の一例として、本論では2019 年度に実施されたインバウンド対応企画である「Mini Bus Tour」について紹介するが、従来型の異文化交流ツアーやモニターツアーよりも企画段階で良く練りあげられており、今後の継続次第では社会的・経済的な貢献も期待できる。
「山口県における観光需要の季節変動性とその要因について」
教育学部 森 朋也
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本研究は、山口県における観光需要の季節変動性について、19 の市町における2013 年から2018 年の6 年間のパネルデータを用いて分析するものである。分析では、季節変動性に影響を与える要因を、自然的要因である気象データと社会的要因である祭りやスポーツイベント、遺産や美術館・博物館などのデータを用いて推定を行った。分析結果、(1)国内観光では、自然的要因では、日照時間、風速、降水量という気象要因が、社会的要因としては、祭り、国宝・重要文化財、記念物・天然記念物、国立公園・国定公園、動物園・水族館が、それぞれ観光需要を刺激する作用を持っていること、(2)訪日観光客では、美術館・博物館のみが観光需要の誘因となっていることが明らかになった。